おととしの桜
ふとお茶を入れているとおととしに買った春限定の桜茶が出てきた。
茶に賞味期限はないと思っている私だが、なんとなく今飲む気にはならない。
腐っているかもとかそういうことを気にしているわけではない。
ただ本当に飲む気が起きないだけなのである。
今は秋の中盤、肌寒くなってきて外の桜は葉を散らしている。
去年の春はなにをしていただろう、思いだせない。
おととしの春はなにをしていただろう。
あぁそうだ、おととしの春は自動車教習に行っていた。
40分かかる道をえんやこらと自転車をこぎ、冬から春になる風を感じながら通っていた。
その道中寄り道するのが日課だった。
私の懐にお金があったことなんてなかったはずだから、ただ見るだけの冷やかしが多かった。
ただそのお茶を買った日のことはなぜか鮮明に覚えている。
確か仮免か何かに受かってそのお祝いであんみつを食べに行ったのだ。
想像以上に高い値段を見てしり込みしながらも、頑張ったのだからといって一番高いメニューを頼んだ。
抹茶を入れる器を選んでと店員さんに言われ、ゆっくりと棚を吟味する。
待たせているのだから急がなくてはと思いながらもどれも美しくて迷ってしまう。
ふと2つの茶碗が目に入った。
桜満開の桃色の器と桜が大きく描かれた白の器。
悩んだ結果確か満開のほうを選んだ気がする。
平日だから人が来ない店内でお茶をたてる音に耳を澄ませる。
このまま誰も来なければと思った矢先に昼下がりのいかにもお金を持っていそうなマダムたちがやってきた。
ちょっとだけ落胆しながらも、気分を切り替えてそのマダムたちの会話をBGMにあんみつがくるのを待った。
お通しの茶だと言われて桜の茶を渡された。
これが本当においしくて、口の中で桜が咲いたような気がしたくらいだった。
「そこで売ってますよ」
としっかり宣伝されてしっかり買っていくことを心に決めた。
いいカモである。
あんみつと抹茶が来るとうろ覚えのマナーで抹茶を飲む。
別に誰も見ていないのだからさっさと飲めばいいものを。
うろ覚えのマナーをなぞって満足げに器を置き、あんみつにスプーンを入れた。
昔ながらというよりは最近のおしゃれなあんみつだ。
ワッフルに抹茶アイス、さくらんぼに寒天、わらび餅にチョコレート。
なんとも贅沢セットである。
しかしおいしかったのは覚えているのだが、そこまで印象にのこっているわけではない。
それよりも印象が強かったのはやはりあの桜茶だった。
あんみつを食べ終えて会計を済ませ、足早にお茶売り場に向かった。
5パック入りか、少ないなーなんて思いながらこちらも会計に持っていく。
まぁその少ないと言っていたパックはまだ4パックも残っているのだが。
見つけた桜茶が持ってきたその記憶、おととしの春の記憶。
これを飲んでしまえば、またこの記憶は薄れていくのだろうか。
去年の春みたいになにも思い出せなくなってしまうのだろうか。
たまたま残っていた記憶の断片のふちをなぞりながらどこかホッとしている自分がいる。
安物茶を啜りながら、私はここでパソコンを打つ。
飲む気はない。
でもきっとあと数か月したら飲むだろう。
もしかしたらあと一年後にまた見つけてあぁそういえばと思いだすのだろうか。
だがきっと今まで飲まなかったのは――
私はあの時間に恋してしまったのかもしれない。
もう二度とめぐってこないあの春は、きっと私の初恋だった。




