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魔王の左手  作者: 蜜柑缶
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9 川へ行きましょう

 昨日町へ到着した時は日暮れ間近で、疲れもあり周辺を見る余裕がありませんでした。

 今は少しずつ日が昇り始め薄く朝靄がかかった森はひんやりとした空気を漂わせ何故か大きく息を吸い込みたくなります。森の奥へ目をやれば鳥の囀りや数種類の生き物が動く気配がします。きっとここは恵み豊かな土地なのでしょう。

 取り敢えずエアハルトが門番のカルロから聞いたそれほど大きく無いという川を目指すことにしました。道すがら獲物を捕らえる事も出来るでしょう、って、私はまだ魔法が上手く使えるようになっていない設定でした。どうすれ良いでしょうか?

 

「ロータルはどうやって狩りをしてたんだ?」

 

 川に向かって歩きながらエアハルトがちょうどその事を質問してきました。

 どう答えましょう?一人の時は気配を消して近寄り拘束魔法で動きを止めて捕らえていたんですけどありのままを話すのは問題ありそうです。

 

「えっと、村にいた時は狩りは兄達の仕事だったんだ。俺はずっと下働きばっかりで」

 

 村では狩りは大人の男の仕事でした。貧しい村でしたから狩りの腕前はそのまま生活の豊かさにも直結し腕が悪いと結婚も出来ません。土地があれば農業も出来ますがそもそもロータルの家は貧乏でしたから父親は小作人として働きながら兄達が森で狩りをして生計を立てていました。母親は早くに亡くしていたので家事はロータルに押し付けられしかも女の仕事しかできないと罵られていました。

 

「だから狩りの仕方がわからなくて」

 

 そう言うとエアハルトが不思議そうに首を傾けます。

 

「だったら最初に会った時に持っていた獲物は……そうか、拘束魔法!」

 

 納得したようにエアハルトが頷きました。泥棒を捕まえた時も拘束魔法で捕らえていたのでそこは誤魔化せません。

 

「そうなんだろうな。俺もよく分かっていなかったけど、コウソク魔法っていうのか?多分それを使って獲物を捕まえていたみたいだ」

 

 どうやったか分からないけど使っちゃってたんだよね、って感じでネーポムクに肩をすくめて見せた。

 

「なるほど、無詠唱ならありえるか。その時の状況は?」 

「腹が減って最初は木ノ実とかを採って食べてた。でも逃げなきゃって焦ってたから兎に角逃げてて。だけどやっぱり段々と腹が減って、そしたら目の前に野ウサギがいて、どうにかして捕まえられたらって思った瞬間に逃げられそうになって、動かないでくれって思った」

 

 実際に魔王が魔法を使うときも念じるというか願うというか、思えばそうなるという感じです。難しく考えた事はありませんが、人類にとって魔法は高度な技術を必要とする難しい事なのでしょうね。フフン♪


「ふむ、生き残りたい必死さから生まれたということか。環境の劣悪さが返って魔法師として開花する手助けとなったか。皮肉なものよの」

 

 ネーポムクがいい具合に勘違いしてくれているようです。これで少しずつ使える魔法を増やしていけば怪しまれないでしょう。



 それほど大きく無いと聞いていた川についたのですがちょっと思ってたのと違いました。

 少し手前から何となく響いてくる川の流れが穏やかなせせらぎとは違うなと感じていたのですが、目の前にあるそれはかなりの激流の濁流でとても体を洗える状態ではありません。


「これは……きっと山で大雨が降ったんだな」


 エアハルトが川上の方へ目をやり遠くにある山脈を残念そうに眺めていました。平地で雨が降っていなくても山からの雨が集まってまとまり下流で溢れることは時折起こることです。

 余程の降雨量だったのかうねる水流に川岸は削られて拡大し、木々も流されていきます。恐らく土手にあったであろう大岩がもう少しで流れに飲み込まれそうになりながらぶつかった勢いで水飛沫を上げていました。このままここにいても危険ですね。

 ここでは何をするにしても無理だなと諦めて他へ行くことにしました。エアハルトはよっぽど体が洗いたかったのか、さっさと先頭を歩いてその後ろをネーポムクが行き、私も遅れてついて行こうとしましたが、ふと遠くで人が叫ぶ声が聞こえた気がしました。咄嗟に川を振り返り辺りを見まわします。


「どうした?ロータル……っ!」


 ネーポムクが私が足を止めた事に気づき声をかけた瞬間、再び叫びが聞こえました。今度はハッキリと女性の声だとわかりました。


「流されたのか?!」


 すごい勢いでエアハルトが戻ってくると私を追い越し激流を見渡せる様に大岩の上に駆け上がりました。


「……あれだ!」


 エアハルトが指差した激流の中、赤い何かが浮かんでは沈む。見えなくなったかと思ったが再び水から覗いた顔はやはり女性で、水面ギリギリの高さの岩か何かにしがみつき辛うじて流されることなく留まっていました。


「助け、ゴボッ……お願、い」


 必死の形相に力が尽きかけていることが窺えます。ですが女性がいる場所はちょうど流れが激しい川の中央付近で近付ける手掛かりは何も見当たりません。お気の毒ですね。


「クソッ!何か無いか?」


 エアハルトが素早く周辺を探りますが何もありません。


「ネーポムク!できるか?」


 思い出した様に私の隣にいるネーポムクを振り返り答えを待ちます。


「むぅ、少し遠過ぎるか」


 ネーポムクは崩れかけた川の側の近づき自分の足元に力を込めたように呟く。


「"構築"」


 足場を固め次に女性目掛けて橋を作ろうとしたのかじわりと地面から土が盛り上がるように道が出来て長く突き出していきます。


「いけるか?頑張れ!もうすぐだ!」


 エアハルトが女性を励ましながらネーポムクの様子を窺っています。

 もちろん魔法は素晴らしい力ですが万能というわけではありません。魔力量はもちろんですが、現場の状況、魔法師の技量により全く結果が違ってきます。

 ネーポムクはかなり腕のいい魔法師ですが、土魔法で橋を作る腕前はそれを感じさせません。きっと彼の得意とする魔法では無いのでしょう。これは危ういですね、どうするんでしょう?弟子としては師匠の活躍が楽しみです。


 ネーポムクの橋は少しのんびりとした速さで伸びていき女性までもう少しという所で急に止まりました。これは作り上げる魔力と維持する魔力の兼ね合いを考えこれ以上伸ばすことが困難だと見極めたのでしょう。いい判断ですね。


「くっ、もたんか?仕方ない、エアハルト!ちょっと足場が悪くなるがお前に任せるぞ!」


 ネーポムクは今作っていた橋を半分の幅に替えそれによって足りない距離を補いました。伊達に年はとってないようですが、それだけではまだ不安ですね。橋の下部分がボロボロと崩れているのが見えます。


「ロータル!橋を強化しろ!」


 突然名前を呼ばれ一瞬反応出来ませんでした。


「橋を強化?何を言ってるんだ、そんな事出来るわけが……」


 まぁ、出来るんですけどね。ほら、設定では私はまだ初心者なので。


「いいからやれ!橋に身体強化をかけるんだ、お前が思い込めば使えるはずだ!」


 話している間にも橋は崩れていきますし、女性ももう見えなくなりそうです。


「ロータル、頼む!やってくれ!」


 エアハルトまでが叫び、まるで女性を助ける為に私が魔法を使わないと責任を押し付けられそうです。

 はぁ、やりますか。ここで活躍すれば感謝され今後の三人の関係も良好に進む気がしますね。


「わ、わかった。やってみる」


 必死に魔法を使うというふりをする為にうぅ~んっと唸りながらネーポムクの橋にサクッと強化魔法をかけました。先程ネーポムクが言っていたように身体強化魔法の応用で他の生物や物質の防御力をあげる感じです。

 橋は間違いなく強化され微かにキンッという音がしました。


「今だ行け!」


 ネーポムクの叫びにエアハルトが迷うこと無く橋に飛び乗りそのまま女性がいる川の真ん中辺りまで走って行きます。長さを重視した橋は足の幅ほどしか無く私ならふらついて落ちてしまいそうです。

 ですけどエアハルトはバランスを崩すこと無く女性の所へ駆けつけ体の半分ほどを濁流に浸かりながら沈みかけていた彼女を引き上げると肩に担ぎ上げそのまま引き返してきました。








 

 

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