23 硬いんです
エアハルトがスッと息を吸い込むのがわかりました。腰を低くしバランスの良い構えで真っ直ぐに剣を振り上げひと呼吸置くと素早く振り下ろしました。
ガキィーンっと先程までの軽い音ではなく、重く響く金属音にパウラがビクリと体を震わせました。
「マジか、お前本当に優秀なんだな。次は目一杯行くぞ!」
自分の剣をこれほど受けてもビクともしない私の盾を見てエアハルトは益々気合を入れ始めました。
「俺はいつでもいいよ」
少し怖いほどの真剣な様子に見学しているパウラとネーポムクも息をつめて見ているようです。
「タァーーー!!」
さっきまでとは比べ物にならないほどの速さと重量感で袈裟懸けに剣が振り下ろされました。
硬い物同士がぶつかり合う衝撃と飛び散る火花にパウラが悲鳴を上げました。
「キャー!」
盾が剣を弾いた勢いで後ろにひっくり返ったエアハルトがぐるぐると後転しましたが直ぐにザザッと足を滑らせて数メートル先で地面に手をついて止まりました。言わなくてもいいでしょうけど私の盾は無傷です。
「……エ、エアハルト大丈夫?!」
駆け寄ろうとしたパウラをネーポムクが腕を掴んで止めました。
「見事だな、ロータル、もういいぞ。ご苦労だったエアハルト」
極めて事務的に話すネーポムクが立ち上がるエアハルトから視線を外しました。私は盾を解除すると俯くエアハルトの様子を窺いました。彼は少し顔を上げて呆然と私を見たあとまた俯き、剣を鞘に収めそのまま私達から離れていきました。
「エアハルト……」
またパウラが名を呼びましたが振り返らず町と反対方向へ見えなくなりました。
「他人にかまっている暇はないぞパウラ。次は"凍てつけ"だ」
ネーポムクがそう言うとパウラが「でも……」と口ごもりながらエアハルトが行った方向を気にしています。
「儂が訓練をするのはお前達二人だけだ。エアハルトは元々上を目指す気のないやつなんだから放っておけ。すぐ戻るであろう」
ネーポムクはエアハルトが勇者候補とは知りません。彼はこれからどんどん強くなる予定ですが、あくまで予定であり決定ではありません。
魔王が今回の計画を立てた時に最初にやったことは大陸全土に探索をかけることでした。
長い眠りから覚めて最初に思ったこと、次は誰だ?ということです。
誰が魔王を殺すのか?
誰がディストピアまで来るのか?
誰が勇者パーティに入っているのか?
誰が勇者になるのか?
勿論ただ思いつきで人間が魔王を倒そうなんて到底無理な話です。いくら数百年毎に倒されるからと言ってもアチラにだって相当手酷い目に合わせてやっているんですから。パーティ全員が生きていたこともありませんし、勇者だって無傷ではありません。最後の最期に何故か殺られてしまう……という状態だったはず、です。あまりハッキリとは覚えていませんが。
「"凍てつけ"……"凍てつけ"……"凍てつけ"……"凍てつけ"」
パウラの詠唱がさっきの"燃えろ"よりいくらかスムーズに唱えられているようです。慣れてきたせいもあるでしょうが。
「これか?」
「まだわからないよ、風か土か水かも」
ネーポムクの視線の先に彼女が放った小さな矢じりのような氷が次々と積み上がっています。さっきの火魔法よりも安定して繰り出される様子に満足気なネーポムク。
「儂が火魔法を得意とするからそれ以外なら何でも良い」
一緒に旅するなら使える魔法は多岐にわたる方が便利ですもんね。
氷魔法を四十回ほど繰り返したあたりでまたパウラがふぅと息をつきました。
「良し、休憩だ」
「はい」
今度は逆らわずに素直に腰をおろしたパウラが何故か私をじっと見てきます。
「どうした?水か?」
水筒を持ち彼女に差し出すと素直に受け取ります。
「エアハルトはどうするの?」
「どうするって?」
「このまま居なくなるかも」
「どうして?」
「だって、ロータルの盾を……」
「盾を?」
「壊せなくて……」
「て?」
そこまでいってパウラは口ごもりました。
「壊せなくて初心者の俺に負けて気分が悪いから俺達とつるむのを止めるって?それって格好悪くね?」
勇者候補だからといって最初から優秀なわけじゃないでしょう。
最初から勇者になろうって思っている訳でも無いでしょう。
こんな初っ端で投げ出すようならやはりエアハルトについた私はハズレを引いたって事です。
「ロータル、次は儂に魔法をかけろ。先ずは"攻撃力上昇"からだ」
そこからはネーポムクを戦いの場に向かわせる時を想定した補助魔法を実装させていきました。
「"攻撃力上昇"と"魔法攻撃力上昇"と防御力上昇。それから、行動速度をあげる"はやぶさ"」
どうして急に恥ずかしい感じの詠唱なのでしょう……敏捷とかで良くないですか?それもギリですけど。
ネーポムクは私が使える魔法を探っていくという名目で次々と自ら私の魔法を実体験していきました。
「なるほどな、これは凄いぞ……恐らく膨大な魔力を元に……規定の工程を無視した……」
完璧な戦闘態勢を纏ったネーポムクがぶつぶつと言いながら一人で考え込んでいます。パウラがいる目の前で私から魔法を教えてもらうわけにはいかないので取り敢えず私の魔法を味わい魔力の濃度や流れを感じたかったのでしょう。目がちょっと怖いです。
「ロータルって本当に優秀だったんだね」
流石にパウラも魔法初心者とはいえ私が桁外れな事は読み取ったようです。自分は一つの初級魔法を繰り返し数回使うだけで感じる疲れが、様々な魔法を使った私には見られないからでしょう。
「そうだな、俺も初めて気づいたよ。皆とは少し違うみたいだな」
魔王が人類に紛れ込むのは結構骨が折れます。
「大丈夫だよ、ロータル。優秀って事は良い事なんだから。心配しなくていいよ」
「うん?心配って……」
「だから、人と違うからって気にしなくてもいいってこと」
パウラは心配しなくていいと言いながら心配そうに私を見ています。何を心配しなくてはいけないのでしょうか?他の人と違う事は気にしなくてはいけない事だったのでしょうか?
そう言えば私がボロボロの服を着ていた時にやたらと他の人がチラチラ見てきて気分が悪かった事を思い出しました。あれですかね。ああいう他人の視線は落ち着きません。どこか魔王だとバレるような部分があるのかと思ってしまいましたから。
人類は自分と異なるものを排除したがる傾向があるのかも知れませんね。ですけど私とそっくり同じ人もいるわけありませんし、逆に魔王から見ればどんな人類もほぼ同じ様に見えます。
魔物からすれば手が何本生えているかとか、頭がどこについているかなんて些細な事ですからね。人類は些細な事を気にする些細な存在だということなんでしょう。
パウラは二種類の魔法を使った後、体の怠さが回復しなかったので今日の訓練はここまでとなりました。
本来の魔力量からすればもう少し頑張れるはずですから、慣れるまでは仕方がありませんね。暴走した魔力は私が吸引しちゃってますしね。
そろそろ町へ引き返そうかと思っていると遠くから誰かが呼んできました。
「お〜い、待ってくれ!」
声は小高い丘の上から聞こえ、見上げるとエアハルトが初めて出会ったときぐらいドロドロに汚れて元気一杯に手を振っています。
「エアハルト!どこに行ってたのよ、心配したんだから」
パウラが嬉しそうな顔で彼に近付こうとしてピタッと足を止めました。
「何アレ?」
エアハルトは肩に縄をかけズルズルと重そうな何かを引きずっています。かなり重量がありそうですが下り坂も手伝いなんとか私達の側までやって来ました。
「なんだよコレ?!」
「凄いだろ?これとやり合って随分時間を取られた。中々のデカさだろ?」
横倒しで引きずられてきたそれは体高およそ二メートルほど、全長三メートル以上はある硬い毛に体が包まれたパイアという魔獣だでした。口からはみ出る二本の牙の鋭さからでもわかりますが、かなり凶暴で突進力がある。通常の人類では複数人で立ち向かう相手でしょう。
「これ……一人で?」
パウラが頬を引き攣らせながらエアハルトを見ています。




