19 ちょっと変わった奴ですね
また深夜に目が覚めてしまいました。今夜は昼間の体力作りのせいで身体中が痛み眠れないというのが理由ですが起きたついでに水でも飲みに行くことにしました。
少し離れた場所にある水飲み場に静かに向かいます。手押しポンプのレバーを押して流れ出る冷たい水を直接蛇口から飲むと顔にも少しかかり余計に目が冴えてきました。
「ネーポムクも飲むか?」
寝床から黙って後をつけて来ていましたが便所に一人で行くのが怖いって訳じゃ無いですよね。
「あぁ……そうだな」
ポンプのレバーを押してやると同じ様にかがんで直接水を飲みました。
「やはり気づいておったか」
口を拭いながら油断ない目で私を見ています。
「気配を消している方法は魔法じゃないよね?」
つけてくるネーポムクには最初から気づいていましたが魔力を感じませんでした。魔法でなければ私に気づかれないかもと思っていたのでしょうか?
「年の功というやつだな。魔力がなくても手練の者なら使える」
なるほど、人類も進化するのですね。
「何か用だったのか?」
便所では無さそうです。
ネーポムクは手近な石に腰掛けふぅと息を吐きました。
「長く生きていると珍しい物も時々目にする機会がある」
「それって俺の事?」
残念です。ネーポムクの事は結構気に入っていたのですけどね。彼は昨日の口臭大男とは別格ですので少し慎重に行動しなければいけません。ゆらりと魔力を練り出すと彼は私を抑えるように手を上げました。
「まぁ、話を聞け」
私が魔力を操作し始めた事はわかっているはずなのにネーポムクは全く抵抗を見せません。既に力の差を見極め諦めたのでしょうか?
「手短にね。早く戻らないとエアハルトに不審がられる」
「ふむ、では端的に。儂に魔法を教えてもらえんか?」
思ってもみなかった言葉に本気でビックリしてしまいました。
「は?何言ってんの?教えてもらうのは俺の方だったよね」
「ロータルは教えんでも使えるだろ。あぁ、詠唱の言葉はおしえてやれる」
ネーポムクが鼻で笑っています。確かに私はどの魔法が何という詠唱をして使うのかイマイチわかっていませんからね。だって詠唱しなくても使えますから。
「ネーポムクはそこそこ使える魔法師だろ。なんで今更俺に魔法を教えろなんて言うのさ」
「そりゃお前の方が儂より上だからだ」
ニヤリとして私を見上げる顔は斜陽を迎えた老魔法師ではなく、これからも上を目指す血気盛んな若造のように双眸をギラつかせています。
嫌いじゃないですね、こういう瞳は。
「俺は別にネーポムクから詠唱を教えて貰う必要はない。もし本当に魔法を教えるというなら俺のほうが与え過ぎじゃないか?A級魔法師なんだろ」
既にある程度の魔法の腕を持っている彼に魔法を教えるとなるとかなり高等な技術となるでしょう。それって人類史上初の魔王の技術を持った最強魔法師になる可能性がある。
「やはりあるのか!今より上の段階が!」
ネーポムクは立ち上がり頬を紅潮させました。
そりゃね、魔王ですから。人類のそれとは比べ物にならない威力を持っているのは確かです。
「まだ応じるとは言ってないけど、あるのはある。だけど」
「エアハルトが狙いなのだろう?」
流石に私がエアハルトに執着していることも見抜いているようです。
「だったら?」
「人としての生活や振る舞うべき行動を教える。エアハルトと一緒にいたいなら必要な事であろう。先日のように軽い気持ちでつまらん男を殺してはいずれ周りにも気づかれる。あいつは公平でいい奴だが融通がきかない厄介な性格でもありそうだからな。お前が目に余る言動を続ければ離れて行くぞ」
「ふんっ、なるほどね……まぁ、今のところはそれで良いだろう」
距離も時間も十分に取っていたつもりでしたが口臭大男から私の魔力を感じたのかも知れませんね。
ムカつけば切り捨てればいい。そんなの何時でも出来ることです。それより思わぬ展開になんだか面白くなって来ましたよ。
「では成立だな。自然に振る舞うほうが良いだろうから態度は今まで通りで儂が教えている体で行くぞ」
ネーポムクは何とか興奮を抑えながら寝床へ向かい歩き出しました。
「待て、早速だけど回復は使っていいだろ?体中痛くて眠れん」
「悪いが駄目だ。筋力は回復させると鍛えられんのだ」
最悪だ……人類はよくこんな面倒な体で魔王に勝とうなんて考えますね。私ならとっくに諦めてますよ。
気持ちよく目が覚めました。先に起きていたパウラが朝食用のスープを準備してくれています。いい匂いに誘われて起きあがろうとした体がきしみます。
「イタタッ……」
「わかるぅ〜筋肉痛でしょう?私もなの」
パウラがうんうん頷きながら足を擦っています。同じ筋肉痛なのに食事を作ってくれているなんて有り難い事ですね。
「おはようパウラ。ごめんな、明日は俺が作るから」
痛みに耐えながら立ち上がり毛布を片付けると何とか焚き火の側まで行きました。
「情けないのう。若いクセに」
生き生きとした笑顔がちょっと気持ち悪いネーポムクは先に食事を済ませたようです。
魔法を教えると約束したせいか昨日より若返って見える気がします。なんとなくそれにムカついていると向こうから頭をタオルで拭きながらエアハルトが歩いて来ました。どうやら水浴びをしてきたようですね。
「見てよあのキラキラしいお姿。朝一に剣の鍛錬をしていたらしいわ」
パウラがケッて感じでエアハルトを見ています。わかりますその気持ち。こっちは筋肉痛で動きたくないというのに、同じ様に、いや私達よりも激しく動いていた人が昨日の疲れを全く見せずしかも今日の鍛錬も終えているとかウザすぎます。
「おぉ、起きたか。あぁスープまで作ってくれたのか。パウラ悪いな、ありがとう」
そう言ってわざわざ買って来てくれたのか袋からパンを取り出している。
「体が辛いだろ、今日はゆっくりとすればいいよ」
はぁ~これが勇者候補ですか。あれですか、自分に厳しく人に優しいとかですか。
「自分の醜さがあらわになる思いだわ」
頬を引きつらせるパウラとは以心伝心です。魔王なんで醜くたって良いんですけどエアハルトの眩しさにうへぇと目を逸らしてしまいます。
「早く食事をすませろ。森へ行くぞ」
やる気満々のネーポムクの口を拘束魔法で閉じさせてやろうかと思いましたがエアハルトの前ではいけませんね。パウラもあからさまに顔を歪めます。
「えぇ~今日はゆっくりすれば良いってエアハルトが……」
「お前は誰に魔法を教えてもらうのだ?」
「……ネーポムクです。はい、直ぐに食べます」
瞬殺される彼女とは立場が違いますからね。私は今日はここでゆっくりと……
「アハハッ、ネーポムクは厳しいな。だったらロータルも行くだろ?今日は体がキツイだろうからパウラと一緒に魔法を中心に訓練すればいいさ」
「まぁそれでよかろう、今日は魔力の出力の仕方を中心にやっていくか」
一応気を遣ってくれて体に負担が少ない訓練をするようです。本当は森へ行くのも億劫ですけど仕方ないですね。
後片付けをネーポムク以外でサッと済ませ森へ向かうために門の方へ行きます。年齢を理由に片付けが免除されるなら私が一番高齢なんですけどね。




