うちの聖騎士が追放されてくれない
「お前、今日でうちのパーティー、クビな」
「え?」
俺は意を決して、目の前に座る全身鎧に向かって宣言した。
これは何も衝動的に決めたことではない。ずっと悩んで悩んで、考え抜いて、やっと決心したことだった。
そんなこととは夢にも思わなかったようで、鎧の主……ナツキが慌てふためいた情けない声を出す。
「な、何で?」
「何でも何も、お前自分のレベルいくつか分かってんのか?」
「レベル?」
ナツキが首を傾げる。
ガチャガチャと鎧の擦れ合う音がした。
何でギルドの中でも全身鎧なんだよコイツ。いや別にいいけど。
「えっと、70くらい、かな?」
「違うわ」
違うわ。
全っ然違うわ。
無自覚そうなナツキを前に、俺はわなわなと唇を震わせながら大きく息を吸って、答える。
「99999だよ!!!!!!!」
「わぁ〜」
「『わぁ〜』じゃないんだよ!!!」
どん、と両手の拳で机を叩いた。
何だその呑気な声。ふざけんな。
「何だその数字! こういうの99か999でカンストなんじゃないのかよ!! 何だよ9万って!! バグ技でしか見たことないわ!!」
「僕、筋肉つきやすい体質みたいで」
「体質でレベル9万にはならんのよ」
体質でレベルがカンストしたら苦労はせんのよ。
食べても食べても太らない体質みたいに言うな。
あと9999を切り捨てさすな。切り捨てた分がすでにとんでもないわ。
出会った頃は普通だった。
俺もナツキもレベル30かそこらで、まだまだやっと初心者を脱したくらいだった。
初めて自分でパーティーを組もうと思って、ギルドの隅っこでぽつねんと座っていたコイツに、まぁレベルも同じくらいだし、聖騎士って壁役も回復もできて便利だよなーって程度で声をかけた。それだけだった。
それがあれよあれよという間に実力差が開き、開くどころか恐ろしく周回遅れの気配を感じて、いくら何でもおかしいだろうと思ってレベルを確認したら、ナツキだけ999とかいう見たことのないレベルになっていたのだ。
内心ヤベェコイツと思いつつも、まぁそこでカンストだろう、仲間は強いに越したことないしなと思って目を逸らしていたらこのザマである。
そこからさらに99000増えるとか予想外にも程がある。なんならまだカンストしていない可能性も多分にある。可能性の化け物である。伸び代しかない。
他のパーティーメンバーたちも、最初はナツキのことを頼りになると慕ったり強さに憧れたりしていたようだが、やがてそのあまりの実力差に絶望して、冒険者を辞めて家業を継いだり、ほかのパーティーに移ったりして、長くは居つかなかった。
ただひとり、リーダーが故にパーティーを抜けられない俺を除いて。
ひとつ息をついて、言葉を続ける。
「俺のレベル知ってるか?」
ナツキが首を横に振る。
パーティーメンバーのレベルも知らずによく今まで過ごしてきたなと思う。
いや、そんなものを気にする必要すらなかったのだろうが。
俺は唇を噛み締めて、言う。
「72だよ!!!!!」
「わぁ〜」
「『わぁ〜』じゃないんだよ!!!」
「かわいい〜」
「ぶっ飛ばすぞ!!!」
また机を両手で叩く。
ぶっ飛ばすとは言ったものの、72の俺には99999の人間をぶっ飛ばすことなど不可能である。机に八つ当たりをするのが関の山だ。
というかそんな人間誰にもぶっ飛ばせるものか。ドラゴンでもスペースシャトルでも無理だろう。
「だからもう解散しよう! な!」
「そんな! 嫌だよ、なんで!」
「お荷物なんだよ! 俺が! お前の!! 言わすな! 泣くぞ!!」
言いながらもう半泣きだった。
強いやつに頼ってキャリーしてもらえば楽でいいやと思っていた時期もあったのだが、それは誤りだったとすぐに気づいた。
モンスターを倒すと経験値が入るが、それはモンスターのレベルと冒険者のレベルによって比率が変わる。
たとえばレベル3のスライムをレベル99の冒険者が倒しても、ほとんど経験値は入らない。逆にレベル99のドラゴンをレベル3の冒険者が倒したりすれば莫大な経験値が一気に手に入る。
そして冒険者のレベルは、パーティーを組んでいる場合その平均値を基準に比率が算出されることになっている。
つまり、99999のやつがパーティーにいると、他のパーティーメンバー含めてモンスターを倒した時の経験値がほとんど入ってこなくなるのだ。
結果、俺のレベルは上がらない。クエストをこなした時の報酬は入ってくるが、それだけだ。
強くもならなければ、新しいスキルも覚えられない。
ああ、俺ってずっとこのままなのか。
そう思ったら、途端に日々が虚しくなった。
冒険者とか、チートスキルで無双とか、一攫千金とか。そういうのに憧れてこっちの世界に飛び込んだのに……このまま俺は一生、ナツキのお荷物として小銭を稼いで終わるのか。
いや、まだだ。まだ遅くないはず。
とりあえずナツキとさえ離れれば、他のパーティーにさえ入れれば、十分通用するレベルなのだ。
俺はやり直すぞ。まっとうな冒険者生活を!
「……嫌だよ」
ナツキが小さな声で言う。
「僕、アキトくんと一緒がいい」
「あのなぁ」
我儘を言うナツキにため息をつく。
ナツキがぎゅっとガントレットに包まれた手を握りしめる。鎧がガチャリと音を立てた。
「強いんだから、俺に拘らなくても他にいくらでも」
「だって僕人見知りだもん」
レベル9万の人見知りは扱いづらいわ。
というかレベル9万あれば別にソロでも十分やっていけるだろう。やっていけるというか、魔王討伐だって余裕だろう。
聖騎士だし。攻撃も防御も回復も全部一人で出来るし。
考えれば考えるほど、「いや俺いらなくね?」という気がしてくる。一人の方がいいだろ、むしろ。
それがお互いのためなのに、コイツは何故それを拒むのか。
「僕、人と目とか合わせられないし」
「……まさかお前、それでギルドでも鎧外さないわけ?」
ナツキがこくりと頷いた。
マジかよ。
もうあまりに外さないもんだから、実は呪いの装備なんじゃないかと思っていたのに。
そしてその呪いの装備のせいで99999とかいうあり得ないレベルになっているならまだ救いがあったのに。
ナチュラルボーンチート野郎だった。残念だ。
「適性があったから、お父さんに勧められて冒険者になっただけで……本当は戦うのも、ダンジョンも好きじゃないし」
「え?」
「モンスター怖いし、お風呂入れないし、鎧暑いし」
ナツキが拗ねたような口調でぶつぶつと文句を言う。
こいつがそんな風に思っていたのは意外だった。だってレベル99999だし。
鎧は脱いだらいいじゃないか。
割と話しているといつも楽しそうだったから、そんなに不満があったことを初めて知った。
そもそも他のメンバーが一緒にいると割と無口だったかもしれない、と思い出した。
人見知りだからか、二人の時に話すことが多かった。
「じゃあお前、なんで冒険者やってんの?」
「…………」
思わず疑問をこぼした俺に、ナツキがじろりとこちらを睨む。
いや、別にナツキの人生だし、嫌なら無理に冒険者を続けろとか言うつもりはない。
レベル99999の冒険者を失うというのはギルドにとっては損失だろうが、今だって72の俺に合わせて大したクエストはこなしていないのだ。即座に困るというものでもないだろう。
曲がりなりにもずっと一緒に冒険をしてきた身としては少しばかり寂しくはあるが、……俺も新しいパーティーを組むのだ。
ナツキだって、新しい一歩を踏み出したっていいはずだ。
「アキトくんが一緒じゃなかったら、僕、冒険者してなかったよ」
「え」
「アキトくんが、一人だった僕に話しかけて……やさしくしてくれたから。だから、アキトくんと一緒なら、って、やってただけで」
ナツキの言葉に、目を見開く。
やさしく、と言われても、何か特別なことをした記憶はない。
ただ長い付き合いの仲間として、仲良くやってきたというだけでそんなことを言われると……何となくむずむずする。
「僕がうまく話せなくても、急かさず待ってくれるし」
「そんなの普通だろ」
「小さい頃ケーキ屋さんになりたかったって言っても馬鹿にしないし」
「冒険者より安定した職業じゃん」
「ギルドで全身鎧でいても変なやつって笑わないし」
「正直若干周りの目は痛いよ」
「アキトくんがやさしくしてくれたから、もっと頑張ろうってコソ練してたのに」
コソ練の成果がレベル99999ということだろうか。どういうコソ練をしたのか本を出せばいいと思う。
全国を回って「これであなたもレベル99999で友達に差をつけよう」みたいな講演会とかしたらいいと思う。
だいたいやさしいと言われても、どれもたいしたことのないことばかりだ。
とてもじゃないが、レベル99999になってしまうまでコソ練するほどのこととは思えない。
そんなふうに言われると、解散しようとした俺がとてもひどい奴のように思えてくる。
照れくさいやら気まずいやらで、何と言っていいものか分からずもごもごしている俺に焦れたのか、今度はナツキが机にばんと手をついた。
「もー! アキトくんのにぶちん! とーへんぼく!!」
「は!?」
「普通ここまで言ったら分かるじゃん!」
鎧をガチャガチャ言わせながらナツキが机を何度も叩く。
その度に机が徐々に床に埋まっていった。
不要なところでレベル99999を実感する。いや、だとしたら机、丈夫すぎだろ。
「アキトくんと一緒にいたいから! 冒険者やってたの!」
「え?」
え?
最後の一撃で、机が完全に床の上に乗った一枚板になってしまった。
だがそんな机の惨状よりも、ナツキのセリフは衝撃的だった。
俺と一緒にいることが目的って、……そんなの、まるで。
いや、いやいや、でも、ただの仲間だし。パーティーメンバーだし。男同士だし。
あれ。
そこで、ふと気づく。
俺はこいつが鎧外したところを、マジで一度も見たことない。
つまりはその中身を俺は、まったくと言っていいほど知らないわけで。
つまりはシュレディンガーの聖騎士と言ってもいいような状態なわけで。
その鈍く光る白銀のガッチャガッチャうるさい鎧の中が、果たして人間なのか、空洞なのか。
いやまぁさすがに空洞ってわけはないだろうが……年齢どころか、男か女か、すら、俺は。
恐る恐る、ステータスウィンドウを開く。普段は他人のステータスなどじろじろ見るものじゃない。
特にコイツの場合、レベルという突出しすぎた見所があるせいで……他をよく確認していなかった。俺のレベルを知らなかったコイツのことをとやかくいう権利はなさそうだ。
種族、人間。年齢、17。職業、聖騎士。性別……
「あのー……ナツキ、さん?」
「なに」
「その鎧って、外してみたりとか」
「……嫌」
ナツキがぷいと顔を背ける。
何だろう。意識した途端にその仕草が可愛く思えてくると言うか。
ガチャガチャうるさい鎧すら、どうでも良くなってくると言うか。
「ぜったい顔、赤くなってるもん」