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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第三部 彼と彼女の再会と別れ
98/213

3-12 乱闘

      ◆



 食事を待っていたところに、精霊教会の神官戦士が三人、やってきた。

 三人は揃いの白い外套を着ている。場違いだったが、その程度のことは誰もが見逃した。

 とにかくその三人は私のすぐそばの席に着き、料理を食べながら、傭兵たちをあけすけに否定し始めた。

 やる気がなく、怠け者で、報酬ばかり欲しがり、仲間を大切にすることがなく、利己的で、戦場では真っ先に逃げ、次には平気な顔をしてまた銭欲しさに戦場に立つ。

 私は聞き流そうとしたが、私も知らないどこかの傭兵が椅子を蹴倒し、「テメェら、出てけや」と声をかけた。

 精霊教会の男たちはピタリと黙り、その傭兵を見て、音もなく立ち上がった。

 喧嘩か、どこにでもあることだ、と思った時には、傭兵は神官戦士の強面の方に投げ捨てられたのだが、その体が完全に私の前のテーブルを吹っ飛ばした。

 神官戦士は謝罪するでもなく、二人は嬉しそうに笑い、一人は無表情。

 そこで私が立ち上がったわけだが、事の発端の傭兵はあっさりとどこかへ連れ去られた。

 こういう罠かもしれないとは思ったけれども、もう遅い。

 どこからかリツがやってきて、何か声をかけたが、黙殺された。

 そして刃傷が唇に走っている神官戦士が掴みかかってきて、私はそれを投げ飛ばしてやった。頭から床にめり込み、床として張られている板が割れた。

 次にアバタ面の方が掴みかかってくるが、少しは手強かった。

 手強かったが、服の袖、襟を掴み、足を払ってやる。

 体重差があるが、こういう技はそういう差を覆すためにある。

 鮮やかに技は決まり、宙を舞った男がテーブルの一つに突っ込み、食事をしていた傭兵たちが悪態をつく。それ以上に周囲では歓声が上がる。

「意外にやるな、娘」

 今まで黙ってほとんど動かなかった神官戦士がこちらを見やる。

「これくらいやらなくちゃ、永久戦線ではやっていけないでしょう?」

「不敵で、肝は太いか」

 こいつは剣を抜く、と直感が告げたが、違う、間合いが詰められる。

 奇妙だった。間合いが一瞬、分からなくなった。

 繰り出された拳を避ける。頬を掠める。直撃すれば無事では済まないだろう。

 連続攻撃はどれも鋭く、一撃必殺だ。

 私は避けるのに精一杯。椅子を掴んで叩きつけても、掌底の一撃で半分がなくなり、肘の一撃で完全に跡形もなく消し飛んだ。

 純粋な体術。ファイターか何かのファクトだろう。

 参ったな。容易い相手ではない。

 テーブルの上に乗り、跳躍。神官戦士が宙にいる私にテーブルを蹴りつけてくる。

 どうにか天井を蹴って急降下。着地した四つん這いの低い姿勢から、跳ねるように男に突っ込む。

 突っ込むが、見切られている。

 蹴りがくる。

 来たが、軌道が変化。私の読みを読まれている。

 かろうじて私はそれをかいくぐり、手に持っていたものを投げつけて、今度こそ間合いを取った。

 私が投擲したナイフは、男の手に弾き飛ばされ、壁に突き刺さっていた。

 テーブルをぶつけられた時に回収したのだが、蹴りに合わせたかったのが見切られていた。

「やることにはやる」

 神官戦士が低い声で言うと、初めて構えらしい構えを取った。

 これはちょっとまずいのでは……。

 木が割れる音。床、神官戦士の足が踏み割ったのだ。

 幻のように間合いを詰められている。

 私が足を送る前に打撃が来る。

 回避は不可能。

 受け流すのも不可能。

 なら、相討ちか。

 いや、判断が遅い。間に合わない。

 こんなところで死んでたまるか、と腕を神官戦士の拳の前に割り込ませようとする。

 間に合え!

 結論から言えば、防御は間に合わなかった。

 しかし、リツは間に合った。

 彼が神官戦士に体当たりに行き、神官戦士は打撃の対象を変更した。

 もちろん私を狙ってもいた。連続した打撃でまず私を倒し、次でリツをも倒す。

 そのはずだった。

 ただ、かろうじて生じた間隙が私を偶然にも救った。

 さっき、跳ね飛ばされたテーブルから床にぶちまけられていた液体が、私の足を滑らせた。

 拳が胸を打って、強烈な威力に私の体が激しく転倒する。

 転んでいく中でも、リツの胸に本気の掌底が衝突し、まるで重さがないようにリツの体が宙を舞ったのが見えた。

 自分が床にぶつかる衝撃の中でも瞼を閉じなかったので、離れたところのテーブルを叩き割ってリツが転がっていくのはっきり視認できた。

 起き上がって反射的にリツの方へ行きそうになるが、神官戦士がじっとこちらを見ている。

 くそ。

 くそ!

 私は今度こそ構えを取った。体術を特別に修めていないが、戦いなんて時の運でもある。

 死ななければ勝ちなのだ。

 そして私はリツを痛めつけた奴を放っておく気はない。

 じりっと両者が足の位置を変える。

「そこまでだ」

 重みのある声と同時に、神官戦士がこちらを見たまま、後退した。

 その足元で、床がえぐれ、木の破片が飛び散る。

 横目で確認すると、ホークが金属製の弓を構え、その横でコルトが腕組みして立っている。背中に斧を背負っているのが、長柄が見えるのでわかる。

「精霊教会の、そのあたりでやめておけ」

「お前が小さき巨人と呼ばれる、コルトか?」

 対して興味深そうでもなく、事務的な口調で確認する神官戦士に、コルトは「だったらどうする?」と質問を返す。

 場の空気は今や氷点下、極寒の殺意の支配するところとなっていた。

 沈黙の中で、神官戦士が自分の白い外套の襟元を整えた。

「こちらは二人やられているが、勉強したと思っておく」

 コルトはその言葉には無言。ホークも、私もだ。他の傭兵たちも。

 誰にともなく頷くと、神官戦士は自分の仲間の二人の襟首を引っ掴むと、ずるずると引きずってコルトの横を抜けた。

「私は助祭のルティアというものだ。よろしく」

 そんな声が聞こえたが、コルトはほとんど無表情で、黙って彼を見下ろしていた。

 鼻を鳴らして白い外套が屋外へ消えると、途端に食堂の空気が弛緩した。私も張り詰めていた集中を解いて、「すみませんでした」とコルトに頭を下げた。

 気にするな、とやっと笑みを見せてコルトが調理場の方へ行く。食堂をめちゃくちゃにした謝罪に行ってくれたのだろう。

 私もそれについて行きたかったけど、リツが心配だった。

 傭兵たちが囲んでいるそこへ行くと、リツが仰向けに倒れている。

 私が見ている前で手足が震えていたのが、ピタリと、止まった。

 死んだかな。

 誰かがそう言ったが、答える者はいない。




(続く)

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