3-10 打ち合わせ
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その着物はどうしたわけ。
ホークが歩きながらそう言って、ちょっとだけ顔をしかめる。
「それに額に傷なんて作って」
「亜人の知り合いができて、ちょっと稽古をつけてもらいました」
「亜人って、昨日の?」
ちゃんと覚えているんだ。
「そうです。ジュンさんという人と同じ傭兵隊の人です。ものすごい剣術でした。見たこともないような」
「そうでしょうね。亜人は人間とは違うから」
ホークはそっけなかったけれど、声に否定的な響きはない。
傭兵には少ないけれど、人間全体を見ると亜人に否定的な立場をとり、差別的な姿勢を見せる人が大勢いる。
亜人は人間そっくりの姿をしていても性別を選べず、そして人間よりはるかに長い時間を生きることが、どうしても受け入れられないのだろう。
不死の怪物、と呼ばれた時代も過去にあった。亜人と人間の戦争もあった。
そんな亜人のことを傭兵が認めるのは、ひとつに彼らがファクトを持たないにもかかわらず勇敢に戦い、日頃からその武術を磨いているからだ。
私自身、亜人の技を目の当たりにすると、彼らのことを否定など出来なかった。
私の皮膚をうっすらと撫ぜた全ての切っ先、その一つひとつが、果てしなき研鑽の果ての、圧倒的な技量の表現だからだ。
「悪くない着物じゃない。大事にしなさいね」
それでホークは話題を終わりにして、次へ移った。
「南の方でちょっと予想外のことが起きている。魔物がどこかに集結しているようで、存在が仮定されている魔物の大集団の位置を探るために、偵察隊を出す」
「神鉄騎士団がですか? コルト隊を分割して?」
「こっちはこっちで、予想外を抱えているのよ」
コルト隊が設営した幕舎が見えてきたが、その入り口に直立しているのは顔見知りの傭兵と、真っ白い外套を羽織った二人の男だった。この二人はやはり白い具足をつけているが、そこには精霊教会の紋章がある。
ちょっとふざけて口笛でも吹きたかったけど、やめておいた。
ホークは挨拶も目礼もせず、彼らの横を抜ける。彼らは律儀にわずかに頭を下げたので、私は形だけ、下げておいた。
中に入るとコルト隊の傭兵が四名、見知らぬ傭兵らしい男が三名、そして外にいた二人と同じ外套を着た男が二人、立ったまま話をしていた。
白い外套は精霊教会の神官戦士のそれだけれど、階級によって装備が異なる。外の二人と中の二人では、外套の下の具足の種類が違った。中にいる二人は、飾り物のように派手な具足を身につけている。
神官戦士が不機嫌そのものに私を睨み、そしてコルトの方を見た。コルトは幕舎の中では、ほとんど頭が天井代わりの布地につっかえそうだ。
「とにかく」
コルトが微動だにせず、いつもの愛想のいい笑顔で言った。
「こっちでも議論を深めておく。手を借りる必要があると判断すれば、そう打診するから、待っていてくれ」
「魔物は待ってくれんよ、コルト隊長」
神官戦士は不愉快げだったが、神と精霊に祈ってもかね、とやり返され、いよいよ神官戦士はとても神と精霊に仕える身とは思えない雑な所作で幕舎を出ていった。
見送ってから、残っていたよその二人の傭兵が「あまり刺激せんでくれよ」と苦笑いする。コルトが大きすぎる肩を上下に揺らした。
「あれくらい言っておけば、本気になるだろう」
かもしれん、と傭兵が答え、ホークと私が加わって打ち合わせが始まった。
神鉄騎士団と、大手傭兵団の一つ「神威戦線」の一部、ルッツェに拠点を持つ傭兵連合で、総勢で百名ほどになる偵察部隊を派遣するという。
目的は南方における魔物の集合地点の把握と通報。
百名から五人が二十隊、組織される。機動力重視で、ルッツェを出てからは南進し、その後は東西に分かれてそれぞれに北上する。
五人で魔物の群れを突っ切るのは困難なので、この五人という単位は、一番最後の、敵中深くでの探査時の単位だ。それまで十五人一組で行動するという。
帰還するのはルッツェではなく、西のバットンか東のイサッラ。もちろん、バットン、イサッラからも偵察部隊が出る。だから全体で見れば百名の三倍以上が参加する重要な作戦であるとわかる。
仲間同士、もし道中で行き会えば合流し、共闘して帰還を目指す。
「というわけだ」
コルトが低い声で言うと、こちらに笑みを見せた。
「ユナ、お前の戦力をアテにしているからな」
「はい、了解です」
「ユナとホークで組め。いいな?」
私は内心、驚いていたけれど、ホークはいつもの笑顔で「わかりました」と答えた。
傭兵二人はそれぞれ私に挨拶をして、握手までして幕舎を出ていった。
残された三人で、コルトは穏やかそのもの、私は困惑、そしてホークは不機嫌と、三者三様の顔を見合わせることになった。
「俺は若い奴で有望なのを連れて行かなきゃならん。実戦だが、いい訓練になるし、経験にもなる」
「わかってます」
そう答えたホークは納得していないようだが、神鉄騎士団は仲良くするのが鉄則のお友達グループではない。
「他の三人は自由に選んでもいいですか?」
ホークの問いかけに「使えるのを選んでいいぞ」とコルトは笑っていた。
それからいくつかの確認事項のやり取りがあり、最後にコルトがしげしげと私を見て言った。
「いい着物を着ているじゃないか」
「貰い物です」
「ついでに額に傷も作ったか」
ちょっと恥ずかしくなり、私はそっと前髪の位置を調整した。
(続く)




