3-9 計画
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またこの組み合わせか、と思いながら、とりあえず俺はオー老師を部屋に運んだ。
表へ戻る時、入り口のところで宿泊者を管理している初老の傭兵上がりの男が、俺に耳打ちした。
「あのお姉さん方は斬り合いでもするのか?」
彼がいる席からは、ちょうど表にいるホーク、ジュン、そしてユナが見えた。三人ともが腰に剣を差している。
「いえ、そういうことはないかと思いますけど」
「いるんだよなあ、ああいう女が。楽しそうに会話しているのが、いきなり」
声がそこで途切れたのは、いきなりホークが剣を抜こうとして、それを視認不可能な速度でジュンが止めたからだ。ユナは驚きそのものでぽかんとしている。
宿の男が「ほらな」と言ったけど、応じている暇もない。
飛び出していくと、ホークが笑顔のまま舌打ちして、距離を取った。
距離を取ってまた抜き打とうとして、ジュンの方が間合いを詰めてそれを止めた。
「学習しなさいよ、あなた。私より早く動けるもんですか」
ジュンがのほほんと言うのに、ホークもニコニコ笑っているが、やっぱり友好的ではない。
「背中にはせいぜい気をつけなさいね、ジュン」
「背中を気にして戦ったら、勝てる勝負にも勝てないわ」
「私は守ってはあげないから、そのつもりで」
そんなやり取りがあり、ホークはユナを連れて離れていった。彼女はユナを呼びに来ただけで、コルト隊が集まっているようだ。
大手の神鉄騎士団には自分たちのための幕舎が用意できるが、人類を守り隊にはそんなものはないので、宿泊所の前でジュンと立ち話になった。
「どうも南方で魔物の数が減っている」
どこへ向かうのか歩きながらジュンが話し始めたので、横に並んで会話の態勢をとる。
「魔物を押し込んで、こちらが優勢ということですか?」
「どうも、そうじゃないらしい。魔物の数が減っている、という言葉そのままよ」
「力を温存しているってことですよね、そうなると」
「ま、そうなるね。今までになかったことじゃないけど、ではその集結している魔物がどこにいて、どこに向かうのか。それが問題になる」
そこでだ、と言いながらパチンとジュンが手を一度、重ねる。
「一部の傭兵で隊を作って、偵察に行くことになった。片道は時間としては二週間。ぐるっと戦場をめぐって、東、もしくは西側へ迂回していく。西側に行くならバットン、東に行くと、イサッラの拠点ね」
「その任務をうちで受けるんですか?」
「三人だから、ちょうどいいでしょう。傭兵連合としては五人で一組にしたいようだけど、なんとでもなる。全部で二十隊は出すようだし、犠牲は確実に出ると見ているでしょう」
「三人より五人の方が生き延びる、って考えないんですか?」
「無能二人に足を引っ張られて、五人ともが死ぬよりかはマシ」
悲惨な言葉ではあるけれど、道理かもしれない。
それよりも、俺が足を引っ張らないようにしないと、今の言葉をあれこれ言うこともできない。ジュンとイリューは俺とはかけ離れた実力を持っている。経験値もまるで違う。
足は自然と食堂に向かい、中に入って卓を囲んだ。
「例のお嬢さんはどんな具合? 使えそう?」
俺はイリューのところで何も食べ物を恵んでもらえなかったので、食堂でだいぶ料理を多く確保したのだけど、ジュンも同じくらいを確保していた。傭兵は大抵、健啖家だ。ユナもそうなっていたことも、変ではないと言える。
「ユナですか? だいぶ強いですよ。俺が知っている昔とは別人です」
「経験の問題?」
「それもあると思いますけど、単純に、才能が開花したんじゃないですか」
「そういうあなたは、いつ才能が開花するのやら」
笑いながら料理を食べることで強引に誤魔化したけれど、今の問いかけは考えないことではない。むしろ自分で自分にその問いを投げかけることは多い。
俺には才能があるのか、それともないのか。眠っていて、いつかは目覚めるのか。
それは自然に? それとも何か、極端な状況で?
生きているうちにそんなことがあるのか。
もしかしたら才能が発揮される前に、あっけなく死ぬんじゃないのか。
「あらら、深刻な顔して」
呆れたように笑いながら、ジュンは食事をしている。
「ま、準備だけはしておきなさいね。うちの三人は揃って出動よ。計画では顔ぶれを決めるのに三日、出動は四日目でしょう。物資は傭兵連合が用意するから、この計画は滞ることはないし、先送りもされないと思うわ」
ジュンが肉の塊にかじりついて、ガツガツと噛み砕いていく。女性らしくないけれど、美味そうだ。ジュンとイリューは犬猿の仲のように見えるけれど、こういうちょっとした所作、行儀のようなものは似ている。
意外に深いところでは、通じるところが多い二人なのかもしれない。
食事が終わり、お茶を飲んでいるうちに、神鉄騎士団の紋章のものを身につけたものが何人かやってきた。神鉄騎士団の方でも話は終わったんだろうか。
なかなかユナはやってこない。ホークもこない。
俺ばっかりが気にしているようで、ジュンはお茶を飲み干すと「オー老師がそろそろ起きるでしょうね」と呟いている。
正直、稽古よりもユナのことを知りたかったけれど、そのことをジュンに切り出す前に食堂の入り口に影が差した。
見るとユナ、ではなく、オー老師だった。
あらら、とジュンがつぶやき、俺は素早く席を立ってオー老師に駆け寄った。
酒瓶を片手に下げている老人が喚き始める前に「稽古しましょう、稽古」と食堂から離れようとしたが、次には俺は放り投げられていた。
地面に転がる俺に「やるろ」ともう呂律が回っていない声が降ってくる。
心の中で悪態をついて、俺は起き上がると自棄っぱちで「よろしくお願いします!」と叫んでいた。
(続く)




