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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第三部 彼と彼女の再会と別れ
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3-8 亜人の稽古

     ◆


 目の前で展開される亜人同士の稽古は凄まじいもので、これが人間に近い生物の動きとは思えない。

 一つ一つの動きが洗練されていて、無駄がなく、緩急自在だ。

 彼らだけの稽古が一区切りつくと、私は誘い出され、実際に稽古に参加していた。

 亜人たちは全く容赦しなかった。さっきの稽古など遊びだったと思うほど、容赦ない。

 全身に傷ができた。深手がないのは、彼らが加減しているからだろう。

 稽古着を着てくればよかったと後悔したけど、もう手遅れだ。もっとも、こんなことになるとは想像していなかったのだから、自分の落ち度、受け入れるよりない。

 もっとも誤算は誤算でも、嬉しい誤算だ。

 これだけの使い手に指導してもらえる機会はそうそうない。

 亜人たちは入れ替わり立ち替わり、私と剣を向け合い、技を繰り出し合う。

「殺す気で来い」

 そんなことを亜人は繰り返し言うし、彼らの剣には本気の殺気がこもっている。

 そのために最初は手加減しよう、殺さないようにしようと思っていた私の遠慮は、あっという間にどこかに消えた。

 私が槍ならともかく、剣を持って彼らを倒すことなどどう転んでもできないのだ。それが事実。動かしがたい事実だ。

 というわけで、亜人たちの剣は私の服をズタズタにして、白に青で不規則な模様な染め上げられていた白い着物は、端々が赤く染まり、もう別物になっている。

 最後に相手をしてくれたのはイリューで、ちょっとだけ、藤の傭兵隊の屯所に初めて行ったときのことを思い出した。

 でもイリューは、私を裸にするようなことはしなかった。

 彼の刀の切っ先は私の右肩から左の脇腹までを撫でてから、返しで額を横一文字に切った。

「ここまでだ」

 さっと刀を払い、イリューがこちらを興味なさそうに見た。

 私は胸と額の実際的な痛みを顔をしかめたいのをぐっとこらえて、深く頭を下げた。

「誰か、着物を持ってきてやれ。薬もな」

 どっかりと腰を下ろし、水の入った瓶を手に取ったイリューの指示に、亜人の数人が駆け去っていく。残ったものの一人が、自分のものらしい上着を私にかけてくれた。大きさに差がありすぎるので、全身がすっぽりと隠れた。

「その鍔ですが」

 こちらから声を向けるけど、イリューは反応しない。

「芸術家のヨルの作品ではないですか」

 視線が私の方に向いた。肯定しているようだ。

「昔、屋敷にあったカタログで見ました。亜人の芸術家の作品をスケッチして、それをまとめたものです。その鍔は、えっと……」

「「薔薇の七番」だ。確かにヨルの逸品に違いない」

 淡々とした口調に、誇らしげなものがある。

「古い伝手で手に入れたのだ。芸術品だが、武具としての実用性もある。ヨルはいい作家だったな」

「ええ、美しいと思います」

「この鍔のように、私も強くありたいものだ」

 ……亜人のよくわからない独白には、どう答えればいいんだろう。

 何も言えずにいるところへ、亜人が数人戻ってきて、手には小さな壺を持っている。

 そばに来た彼らが私の体の傷に壺の中身を塗りこんでくれる。

 壺には薄黄色の軟膏のようなものが入っていて、ツンとする匂いがした。

 それが傷口に塗られると痺れるような感覚はあるけど、滲んでいた血が止まり、そのうちに痛みも引いていった。不思議な薬だ。亜人に伝わるものなんだろう。

 額の傷にも薬が塗られてから、着物もやってきた。

 どこで着替えればいいかな、などと思いながら受け取ったところで、思わず声を漏らしてしまった。

「こんな高級品はいただけません」

 受け取った着物は綺麗に畳まれているけれど、びっくりするほど軽い。手触りは柔らかく、すべすべとしていて、しかし頼りなさはない。

 気にするな、とイリューは水を飲んでいる。他の亜人を見るけれど、誰も何も言わない。

 丁寧に返したいけれど、でも、ここで服を受け取るのが彼らの善意を受け取るということか。

 幕舎の一つを借りて着替えた。

 やっぱり高級品の着物で、黒地に刺繍で金と銀の鳥が描かれている。

 外へ出ると、亜人たちが声をあげて笑い出した。

「申し訳ありません、イリューさん」

「気にするな、と言った。二度も言わせるな」

 ありがとうございます、と深く頭を下げる私にイリューが何気なく言った。

「死なないように」

 短い言葉は、少ししてから胸に響いた。

 死ぬな、というのは、認めてくれていることだろう。

 私はもう一度、頭を下げて、その場を離れた。

 ルッツェの幕舎の間を抜けていくと、いびきが聞こえたのでそちらへ行ってみた。

 空き地のようなところで寝転がっている人が二人いて、一人は老人だった。あれは、オー老人か。そばに酒瓶がいくつか転がっていた。

 もう一人は、リツだった。

 服が土にまみれて、草の切れ端だらけだった。

 眠っているように目をつむっているけど、胸が上下しているから死んではいない。

 歩み寄って行くと、リツがぱちっと目を開いてこちらを見上げた。

「いい服を着ているね」

「ここでなんで寝ているわけ?」

「投げつけられてね、オー老師に」

 彼は勢いをつけて起き上がると、運ばなくちゃな、とオー老師の脇の下に頭を突っ込み、担ぎ上げた。あまりにも軽々と担ぐので、何かの冗談みたいだった。

「今、何時?」

 そう確認されて、視線を周囲に向ける。ルッツェの街には見張り櫓がいくつかあり、櫓には日時計も兼ねた棒を屋根に立ててある。各櫓をそれぞれ見ていけば、おおよその時間はわかる。

「もう正午すぎみたいね」

「じゃ、飯に行こう。いや、さっきイリューさんのところで肉を食ったから、正確には飲み物でも飲みに行こう、と言うべきかな」

 危なげなく歩き出したリツの横に並び、しかし、何か聞くべきことがあるという確信があるのに、何を聞くべきかわからない自分に困惑することになった。

 少し歩いていくと、宿泊所が見えてきた。

 その入り口のところに、立っている女性が二人いた。

 それはホークと、ジュンだった。




(続く)

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