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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第三部 彼と彼女の再会と別れ
92/213

3-6 亜人たち

     ◆

 


 亜人がこれだけ揃っている場面は、今までで初めてだった。

 藤の傭兵隊に数人、他の傭兵隊にも数人、亜人はいた。神鉄騎士団でも見かけたけど、コルト隊に亜人はいなかった。

 今、人間が直面している戦争、魔物との戦いにおいて、それぞれに有利な要素が確かに存在する。

 魔物はまず数が多い。決して尽きないのではないかと思わせるほどの数の力が、今のところ、人間にとっての脅威だ。

 一方、仮に魔物が恐怖するとすれば、人間のファクトは恐ろしいだろう。

 力に個体差が激しく存在するとしても、例えば私は魔物二十体が押し寄せてきてもイレイズのファクトで対抗できる。そんな便利な力は、奴隷級の魔物には望むべくもない。

 では亜人はどうか、となると、彼らは決してファクトを持たない。その代わり、極端に長命で、人間の五倍以上の寿命を持つとされる。

 この長い時間を経た圧倒的な経験値が、亜人がファクトを持たないという大きな戦力不足を補っている。

 昨夜、イリューという名前の亜人は、ジュンの超高速の動きに反応した。

 ジュンの動きは人間としての限界を超えていたから、彼女は間違いなくファクトを使ったのだ。

 それをイリューは、ただの技術で対応した。

 超人的な技能がそこに見えた気がして、こうして、訪ねてきたのである。

 亜人たちは亜人たちの言葉で話しながら、それぞれに自分が食べる肉を焼いている。私の手元にも塩漬けにされていたらしい肉を切ったものが差し出され、ちゃんと木の枝が突き刺さっている。

 リツは立ち尽くしていて、イリューが彼のことを知っているということと昨夜のことを加味すれば、やっぱりイリューは人類を守り隊の一員なのだ。

「あの」

 自己紹介するべきだろうと声を発したが、亜人たちは全く興味を示さなかった。

 構うもんか。

「私はユナと言います。リツとは幼馴染で、私は今、神鉄騎士団にいます」

 イリューも亜人たちも仲間内で話を継続し、時折、笑っている。

 こちらを苛立たせるつもりかもしれない。

 私は冷静になるために、そっと自分に渡された肉の向きを変えた。火に当たっていた方はいい色に焼けていた。

「イリューさんの剣術を見せていただきたくて、来ました」

 やっぱり無視された。

 もっと強硬策に出るべきだろうか。

「まさか、人間の言葉を理解できないわけではないですよね」

 反応なし。

「そんなに大きな耳をしているのに」

 ピタリと会話が止まった。

 何故か緩慢に全員がこちらを見た。いや、イリューだけは見ていない。彼は手元の自分の肉の向きを調整し、さりげなく焚き火に小枝を投げ込んだ。

「なんだ、聞こえているんじゃないですか。飾りじゃないんですね、その耳」

 一人が勢いよく立ち上がり、何か、彼らの言葉でまくし立てた。他の連中も殺気立っている。

 一人、二人と立ち上がっていき、ついに座っているのは私とイリューだけになった。

 チラッと視線を走らせてみたところ、リツは特に動じた様子でもない。ちょっと離れたところで、視線を周囲に配っている。他に亜人が集まらないかを気にしているのか。

 そうなると、私が亜人を十人なり相手にできると信頼している、ということか。

 さすがに骨が折れるし、手伝って欲しいけど。

 亜人の一人がついに腰に差している剣の柄に触れた。

 何ごとか、黙っていたイリューが短い声を発し、笑い出した。その美貌にあるのは、嘲笑に近い表情だった。

「亜人に喧嘩を売る人間も珍しい。斬り殺されたいのか?」

 イリューの言葉に、私は肩を竦めてみせる。周囲にいる九人はまだ殺気立っているので、これにはさすが度胸が必要だった。

「良かろう、相手をしよう」

 すっくとイリューが立ち上がると、さすがにコルトほどではないが、長身だ。着物の上からでも全身が鍛え上げられているのがわかる。それもただ筋力をつけただけではなく、戦闘に最適な体の作り方をしているようだ。

 亜人たちがさっと広がり、九人で私とイリューを囲むように立った。リツはいい加減、輪から弾かれていてさすがに不服そうだった。

 イリューの左手には刀がある。鍔飾りが見事というより、芸術品にしか見えない。雰囲気からして人間の作品ではなく亜人の芸術家による作だろう。

 ゆっくりと刀が鞘から抜かれていく。私も距離を取り、剣を抜いた。

 相対してみると、イリューは何倍にも大きく見える。しかもどこへどう動いても、一撃を避けられないような予感がする。

 圧倒的な気迫。

 またその手の刀の気には、見るだけで恐怖を感じさせるものがある。

 敵を数多く切ってきたのだろうが、木でも岩でも、大地さえも切れそうなほどの光り方をしていた。

 超一流の傭兵は服装などに銭を惜しまない。だから具足や武具の類は自然と、超一級品が揃うことになる。

 ただイリューの持っている刀はそんな超一級品とも一線を画す、本当に限られたものだけが持つ、最高級品だった。

 すっとイリューの姿勢が変化する。

 それだけでも私の体から冷や汗が噴き出し、危うく息が漏れそうになる。

 これくらいは覚悟していた。

 していたけど、予想以上だ。

 意識を研ぎ澄ませ、全身を姿勢を変えないまま柔らかさをイメージする。

 来るなら、一撃で仕留めに来る。

 イリューの切っ先がすっと斜めに動く。

 私の視線が無意識に追う。

 違う。

 誘い。

 次の一瞬に、イリューの輪郭が霞んでいた。




(続く)

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