3-3 傭兵たちの悪ふざけ
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久しぶりじゃない、とジュンがいきなり言ったので、さすがに困惑した。
だって、そんな馴れ馴れしい言葉を向けるな、という気配で女性が近づいてくるからだ。
ユナの方を見るけど、彼女も状況がわからないらしい。
しかしこのいきなりやってきた女性が、背こそそれほど高くないがなかなかの美人で、ユナやジュンとは違う凛とした気配があると分かった。
いや、それはどうでもいいか。
ついでに言うと、今は苦り切った顔がその魅力を半減させていたけど。
やっとその女性とジュンが向かい合って立った。
「まだ生きているみたいね、ジュン」
「そちらこそ、ホーク。あの人もまだ御健在?」
「もちろん」
それはよかった、とジュンが口にしたけれど、それが本心からのものだと俺にはわかった。ホークと呼ばれた女性もその言葉の思いを理解したようだけど、彼女はかすかに表情に影を落とした。
おや、と思ったけど、でもその影はすぐに消えてしまった。
「いきなり仕事を放り出して、いい迷惑だったわ」
強い口調でホークさんが言うのにジュンが苦笑いする。
「あの人には話を通してあったし、他の連中に騒がれたくなかっただけよ。あなたもいたしね。ちゃんとそうして仕事をこなしているようだし、問題なかったでしょ」
「最悪だったわ。もう何もかもが面倒で。あなたがそれを背負っていた、とは死んでも言いたくないけど」
「傭兵、いつ死ぬか知れたものじゃないと思うわよ」
今度は鼻で笑ったホークさんがジュンを見上げるようにして睨みつけた。
「今は一人でやってるわけ? それともそこにいる男の子が相棒?」
「人類を守り隊っていう、ふざけた名前の傭兵隊にいてね、現場指揮官という形だけど、今のところ現場にいるのは三人ね」
ふざけていると受け取ったのか、無言だったがピクピクとホークさんの眉が動いた。三人で傭兵隊などと呼べるか、と言いたいようだった。
それもそうだ。俺だってそう思う。
「まあ、いいわ」
どうにかその言葉で問題を脇へ置いたようで、ホークさんが何か言おうとしたが、いきなり俺の周囲に影が降りてきた気がした。
反射的に篝火の方を見ると何かが明かりを遮り、それが大きくなってくる。
「おう、ジュンか。生きていたか」
野太い声とともにやってきたのは、まさしく見上げるほど巨大な人物だった。
まるで壁が人の形をしているようだ。腕や足の太さは、細い女性の胴回りくらいありそうだった。
ジュンが笑顔を見せて、さっと手を振る。
「お久しぶり、コルト。元気そうね」
「お陰でな。しかし仕事は終わらん。魔物どもが無尽蔵なんでな」
「あなたの体力も無尽蔵でしょう? あ、いやらしい意味じゃなくてね」
その言葉にコルトと呼ばれた男性が大きな声で笑うが、ホークは完全に殺気を放出している。
俺とユナだけが取り残されていた。
ジュン、ホークさん、コルトさんは古い知り合いのようだ。コルトがまさか零細の傭兵というわけもないし、ホークさんの様子からするとこの二人は同じ傭兵隊だろう。
ユナは何も言わないでいるけれど、視線の動きを見るとホークさんとコルトさんの真意を知ろうとしているようで、ユナと二人もやはり知り合いか。
うーん、現状がまったくわからん。
三人の大人が何か話し始め、離れたところでオー老師が酒を飲み続けている。
そして俺とユナは視線を交わし、黙っていた。
どうなっているのか、本当にさっぱりわからないのだ。
「騒がしいと思えば」
今度も前触れもなく冷ややかな声がして、ジュンたちが口を閉じてそちらを見た。
立っているのはイリューで、左手に刀を提げていた。いつもつけている赤い手甲は今はない。
そのイリューの女神のごとき美貌にユナが言葉を失っているのも構わず、当の亜人はユナを一瞥して興味が失せたようで、ゆっくりとコルトさんの方へ歩いていく。
「人間の規格を逸脱した大男というのも、見世物にはなるだろう」
言いながら剣の柄にイリューの手が触れる。
コルトは低い声で笑いながら、背中に隠れるようにして背負っている長柄のついた巨大な斧を抜いた。
「亜人の中でも飛び切りの美人に好かれるとは、歓迎するべきなのだろうが、俺は正統派の異性愛者だよ、イリュー」
「安心しろ、お前は斬り刻む対象であって、愛でる対象ではない」
そこからはもう何が何だかわからなかった。
イリューが突進し、コルトさんの斧が唸り、二人がすれ違った直後、イリューにはジュンが、コルトさんにはホークさんが飛びついた。
ほとんど抱きつくようにしてイリューにジュンが覆いかぶさり、二人が離れた時、今度はジュンとイリューがそれぞれの武器を手に向かい合っている。
コルトさんの方は、危うく吹っ飛ばしかけたホークさんをコルトさん自身が支えて、静かな視線でジュンとイリューを見ている。
「亜人というのは敵と味方の区別もできんのか」
コルトさんの言葉に、危うく俺も頷きそうになった。
冗談を向けられたイリューが「興が削がれた」とつぶやくと刀を鞘に差し込み、じっとコルトさんの方を見た。
「小さき巨人、などと呼ばれる戦士の首を魔物になど落とされるなよ」
「そちらこそ、二百年も無駄に磨いた剣術を、魔物に消されないようにな」
鼻で笑ったイリューが今度こそ、ゆっくりとどこかへ去って行った。
助かった。というか、いきなり剣を抜いて戦うかね。
ジュンもホッとした様子で刀を鞘に戻すと、「悪いね」と軽い調子でコルトさんに謝罪している。悪いね、で済ませるには、あまりに凶悪で、危険すぎる事態な気もするけど、俺が口出しすることはできない。
「あの男は強いのが長所だな。お前もだ、ジュン」
コルトさんの言葉に、それはどうも、とジュンが応じるのに、ホークが火の出るような視線を向けている。
その様子にも気づかないのか、無視しているのか、コルトさんがユナの方を見た。
「ユナ、そこにいる少年はお前の知り合いか?」
「は、はい、そうです」
ユナがやっと口を開くと、コルトさんが明るい笑みを見せる。
「どうせ休暇だ、のんびりと気にせずに話しでもなんでもしていればいい。俺はホークに用があたんた」
そう言うと、コルトさんは次には何も言わずにジュンに向かって片目をつむり、背中を向けて歩いて行ってしまう。ホークさんは舌打ちしてから、それを追いかけて行った。
ひらひらと手を振ってそれを見送ると、ジュンがこちらを見た。
「私ってもしかして、お邪魔虫?」
……いや、今は説明してくれる人が必要だった。
(続く)




