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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第三部 彼と彼女の再会と別れ
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3-1 二人の剣の間に

     ◆


 俺はユナと並んで、長椅子に腰掛けていた。

 ルッツェの街にいくつもある変哲も無いベンチで、周囲は既に日も暮れ、篝火の明かりの中で全ての輪郭が複雑に揺れている。

 二人の間に話をすることがいくつもあり、まず最初に俺がレオンソード領を出た経緯、そしてどこを渡り歩いたか、それを話した。

「深き谷、って、あの深き谷?」

 確認されて、そう、と答えるけれど、しかし、生きた岩のことを話すべきかは、だいぶ迷った。迷った末、今は言わないことにした。

「死んだ父親の知り合いっていう人がいてね、その人に、ファクトについて教えてもらった。元は精霊教会にいた学者なんだけど、不思議な人だよ」

「あなたのファクトっていうのが、戦場での、例の魔獣を吹っ飛ばした奴? なんていうファクトだったっけ」

「リライト。だいぶ使いづらいけどね」

 ふぅん、というのがユナの反応で、それ以上は深入りしなかった。

 お互いがそれぞれの道を歩いたことで、踏み込めない領域、踏み込まない領域ができているのが、大人になったようで感慨深く、一方でどこか距離ができたようで寂しくもあった。

「今はどこの傭兵隊にいるの?」

 言いながら視線が俺の服を確認している。上等なものを着ている、と思われただろうな。

 そうなると言いづらいけど、嘘を言っても仕方ない。

「人類を守り隊、っていう傭兵隊」

「……人類を守り隊?」

 怪訝そうな顔でこちらを見るユナの顔は、篝火で赤く染まっている。

「そう、変な名前だけどね。リウさんのことは覚えている? 昔、レオンソード騎士領に流れてきた人で、剣術を教えてくれた」

「ああ、あの人、覚えているよ」

「あの人がリーダーなんだよ。昔はリウ・ウェラって名乗っていたけど、今はヴァン・ウェラ、って名乗っている。運よく拾ってもらえた、というか、深き谷にいた人が、ヴァンさんと知り合いだったから、取り持ってくれた」

 なんとも都合がいいこと、とユナが口元を隠しながら笑う。

 今度はこっちがやり返す番だ。

「そういうユナはどうしたの?」

「私? まぁ、適当な傭兵隊に入って、そこから今の職場に拾われたかな。コネはなかったけど、運は良かったよ」

「その左目のところは?」

 ユナの顔の左側、額から瞳を縦断して頬の方へ、刃傷の跡がある。

 故郷にいた時にはなかったものだ。

 問いかけてから、ちょっとユナが顔を俯かせたので、失敗した、とやっと気づいた。

 ユナが一瞬、顔を歪め、無表情になり、小さく息を吐いた。

「私が未熟だってことの、証明かもね」

 どう答えることもできずにいると、ユナがちょっとだけ笑みを見せ、「稽古でもする?」といってきた。俺もユナも真剣を腰に差している。俺は刀が折れてしまったので、間に合わせの武器だった。近いうちに物資調達を担当するフォウが、相応のものを手配してくれることにはなっている。

「いいね。ユナは戦場では槍を使うんだな」

「一応、ランサーのファクトがあるしね。昔は夢見ていたけど、今は現実主義者ってことよ」

 二人で同時に立ち上がり、少し離れて剣を抜いた。

 日の光の下ではないけれど、ユナの持っている剣は立派なものだ。

 どこの傭兵団かは聞かなかったけど、その剣の柄頭に紋章の飾りがある。ただ夜のせいもあって、細かくて見えなかった。

 しかし、ユナの実力に見合った、相応の傭兵団だろう。

 すっとユナが構えを変えるので、俺も切っ先の位置を変えた。

 昔の感覚が蘇ってくる。

 レオンソード騎士領で、二人でこそこそと剣術の稽古をしていた頃。

 あの時は、自分が誰よりも強くなれるような気がした。

 どんな強敵にも、難題にも、打ち勝ち、高みへ駆け上れるような。

 それは俺の中ではまだ、起こるかもしれない奇跡、というような位置付けだ。

 何が起こるかは、その時にならないとわからない。

 ユナはどうだろう。

 切っ先がまた小さく動く。

 ユナが攻めかかる時の癖。

 唐突に両者が動いた。

 ただ、ほんの一歩ずつ、お互いに踏み出しただけだ。

 ユナの剣の刃が、俺の首筋に触れる寸前で停止している。

 俺の剣は十分に手元に引きつけられた状態で、ユナの胸に切っ先を食い込ませる寸前で停止している。

 ユナが昔と違う剣術を使う、と俺には直感でわかった。同じようにユナも俺が昔と同じ剣術を使わないと直感したようだ。

 だから両者ともが相手の知らない動きを見せ、しかし結局、互角だった。

 どちらからともなく一歩下がり、剣を引いた。

 笑い出したのも、やっぱりどちらともなく、という奴だ。

「圧倒できると思ったけど、やるじゃん、リツ」

「こっちは肝が冷えたよ」

 笑ってはいるが、俺は背筋が冷えていた。

 ユナの剣術はこの二年で、圧倒的に早く、そして正確で、合理的なものになっている。剣の振りだけではなく、体の使い方、間合いを消し方、視線の配り方まで、まるで違う。

 俺の剣術はどうだっただろう。ユナは可笑しそうにまだ笑っている。たっぷりと余裕がある、という雰囲気だ。

 これはどうも、俺も修行が足りないかもな。

「対外試合とは、余裕だな」

 いきなりのしわがれた声に、ユナが笑うのをやめ、そちらを見た。

 薄闇の中から滲み出すように、オー老師がやってきた。ユナとは初対面のはずだ。

 ただ、オー老師は隠しようもないほど酒精に包まれ、両手には酒瓶を抱えている。剣も持っているが、これでは剣はおまけで持っているとしか見えない。

 初めて見るユナからすれば、傭兵の拠点に混ざり込んでいる呑んだくれ、としか見えないだろう。

「あの、ユナ、この人は……」

「悪くない技を使う」

 俺の言葉を遮ってそう言ったオー老師が、珍しく酒瓶を地面に並べずに放り出すように転がした。

 手元に残した剣の鞘を払うと、全く無造作にユナに向かって、歩き始めた。

 まずい、非常にまずい。

 ユナはオー老師のことを知らない。オー老師もユナのことはよく知らない。

 どちらの心配をするべきか、迷うけど、むしろ両者の心配をするべきだろう。

 ちょっと待った、と声をあげて踏み出そうとした時には、まるで猫が獲物に飛びかかるように、俺には見せたこともない動きで、オー老師が動き出していた。




(続く)

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