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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
86/213

2-44 再会の時

     ◆



 ルッツェの拠点は大騒ぎだった。

 ルスター王国軍が運営する医療施設、傭兵連合の医療施設はほとんどパンク状態で、流れ者らしい医者の集まる無所属の治療所さえも負傷者で埋まっている。

 コルト隊は犠牲者を四名出しただけで済んで、しかもこれは補充されている傭兵から出ているわけで、コルト隊はその精強さを誇ってもいいかもしれない。

 もっとも隊長も副長もそういうことはまるで気にしていない。それもそうだ、偶然のようなものに過ぎないのは私にもわかる。

 それでも冗談にはなっただろうな、という程度の感覚の差が立場によってあるだけのこと。

 神鉄騎士団の後続が到着しており、これはコルト隊が窮地に陥った時の予備戦力だったけれど、そのコルト隊がほぼ無傷なため、神鉄騎士団の現地責任者、コルトより一つ上の階級の者が、この予備戦力を即座に戦場へ送り込んだ。

 つまり、コルト隊は完全な休息を約束されたのだ。

 その話は噂として広まったけれど、コルトもホークも会議にばかり出ていて、隊のものは待機状態で時間を過ごした。

 完全に武装を解かず、三班に分かれて、交代で休息を取る。

 他の傭兵たちもそうしている。神鉄騎士団は大手だから交渉力があるが、零細の傭兵隊などはどこかから要請があれば即応しないといけないのだ。

 傭兵は仕事を拒絶すれば、大抵はそのまま干されてしまう。

 それに傭兵隊のどこかが仕事を断るとそれに連結する傭兵隊もあおりを受けるため、魔物との戦場における傭兵隊は半ばお互いを監視して、束縛しあって、一蓮托生と言えば聞こえはいいけれど、結局は死なば諸共、という具合のようだった。

 ルッツェにたどり着いて丸一日が過ぎ、早朝、コルトが戻ってきた。ホークもいる。隊のものが集まった。それくらいの広場はルッツェの規模ならいくらでもある。

 コルトは、神鉄騎士団からの指示として、コルト隊には一週間の休暇が与えられ、しかしルッツェを出ることは許されない、と全員に伝えた。

 拠点であるルッツェを移動させないということは、まだここで仕事があるのかもしれない。

 何はともあれ、これで休暇だ。

「あまり自由にやるなよ。大手の一員だという節度を持て」

 コルトはそれだけ言って、部下を自由にした。やっと空気が弛緩して、傭兵たちはめいめいに散っていった。

 私はどうするか迷い、与えられている宿泊所へ一度、戻った。

 建物の入り口で事前に受け取っていた札を見せ、入ろうとすると、酒臭い老人がよたよたと出てきて、危うく私とぶつかりそうになる。

 反射的に避けると、そのまま老人が大きく傾いたので、しまった、と思った時には老人はもう回復不能な角度で緩慢に地面に落ちていく。

 しかし転ばなかった。

 幻覚を見たのかと思った。不自然すぎる挙動で、そこには老人がまっすぐに立っている。半分閉じた目でこちらを見て鼻を鳴らすと、彼は外へ行ってしまった。

 なんだったんだ?

 とにかく、私は部屋へ戻り、支給品の服に着替え、具足の下に着ていた着物は洗濯に出した。こういう拠点には兵士の身の回りを世話をすることで生計を立てようとするものが大勢いるのだ。

 部屋に一人になり、具足の傷みを整えてから、寝台に横になった。やはり固いけど、これが当たり前だし、慣れた。

 横になると、周囲の喧騒も遠くなった気がした。

 どれくらいそうしていたか、不意に目が覚めて、起き上がる。何かが鼻先を掠めている。何の匂いだろう。

 血の匂い、腐臭ばかり嗅いでいるから、こういう当たり前の匂いがよくわからなくなる。

 しかし不快な臭いだ。

 部屋を出ると、廊下では臭いがきつくなるけど、しかしすぐにはわからない。

 窓から差し込む光が少し見えて、まだ夕方か、あるいは朝か。久しぶりに具足を外してぐっすり寝たから、時間の感覚さえもずれているようだ。待機の間は、座って寝ていたこともあるのに、緊張が解けると全てが弛緩している。

 全身がどこかゴワゴワしているのを感じながら、表へ出た。

 どうもまだ夕方らしい。だいぶ眠った気がしても、まだ数時間だったようだ。

 洗濯が終わっているか、とその手の仕事を請け負っているものが集まる建物へ行った。

 中に入ると石鹸の匂いがするので、気分も少し楽になった。

 私の着物はちゃんと洗い終わって、乾いていた。短い時間でよく乾くものだ。

 更衣室を借りて着替えて、支給品の服を抱えて外へ出る。

 よし、食事にでも行こう。

 しかし荷物が邪魔だから、一度、戻るか。

 宿泊施設の入り口から入ったところで、やっぱり異臭がする。

 これは酒の匂いだ。わかってきたぞ。

 管理人に文句を言おうか考えていると、通路の先、私の部屋より少し奥で戸が開いた。

 思わず、足が止まったのはムッと濃密な酒気が押し寄せてきたからだけど、それよりもそこにいる青年のせいだ。

 向こうもこちらに気づいた。

 笑うでもなく、驚くでもなく、二人でただお互いを見ていた。

 それも短い時間だ。

 さっと同時に手を挙げ、同時に言っていた。

「「久しぶり」」

 いや、久しぶりじゃない。戦場で会った。

 会ったというか、すれ違ったか。

「「いや、久しぶりじゃないか」」

 同時にまた言っていて、バツが悪いけど、お互いに笑い出していた。



(第二部 了)

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