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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
84/213

2-42 転戦

     ◆


 唐突に、馬の走り方が変わってきた。

 周囲は魔物で溢れている。そこへ私たちは飛び込み、散々に切り捨てているが、馬はどれだけ調教しても人間のような冷静さは期待できないのだ。

 元々から、馬は魔物に怯える傾向があるが、今は魔獣がいる。あの巨体を前にすれば、至近距離ではなくても安定などすぐに失う。

 かろうじて残っていると土塁の一つにたどり着き、全員が馬を降りた。

 その土塁は人の背丈ほどで、東西へ長く続いていたようだが、方々が崩れている。コルト隊が飛び込んだところには、どこかの傭兵隊の男たちが二十人ほどで拠っているだけだった。

 周囲には魔物の死体が重なっているが、傭兵隊は明らかに疲弊しきっていた。

 限界だっただろう。

 あっという間にコルト隊がその周囲の魔物を駆逐し、結果的には二十人は命拾いしたことになる。

「馬に乗って後方へ帰る気はあるか?」

 コルトが二十人のうちの指揮官らしい男へ聞くと「ありがたいね」と軽い返事があった。それで決まった。二十人は馬に飛び乗り、後方へ撤退して知った。ただ撤退させた訳ではなく、伝令も兼ねている。

 伝令は魔物との戦場では重要だ。過去にあったような二人一組、四人一組などというのは通用しない。伝令だけで二十騎というのが妥当である。

 コルト隊が土塁をしっかり確保した時、魔獣ははっきりと見えるようになっていた。

 一つ先によりしっかりしている土塁が見え、そこがとりあえずの防衛線になっているのは間違いない。しかし相応の魔物に突破されているから、少しでも均衡が崩れれば孤軍になる。

 魔獣が近い。コルトはすぐに決断し、二十五名を先行させることとした。残る十五名は今いる土塁を確保する。馬に余裕があるから、もしコルト隊が壊滅したり、前方の土塁の防衛線が突破された時は、この十五名が伝令となって後方へ走るのだ。

 私は二十五名に加わり、ひたすら南へ走ることになった。

 傭兵たち、兵士たちが押し寄せる魔物を倒している。鉄壁とはいかないが、飲み込まれることはないし、部分的に包囲されることもなく、健闘などというものではなく完璧に土塁を確保しているように見えた。

 どうやら遠くで見るより安定している。

 こういう時、両翼を破られるのが最悪の想定だが、そこは紫紺騎士団の部隊が押さえているようだ。

 コルト隊はその戦場の右翼方面、方角で言えば、西寄りに到着し、コルトが指揮官と話している間にも魔物を押し返す傭兵たちに助力した。

 こういう時、戦っている傭兵は興奮状態のせいもあるのか、横槍を入れるな、俺たちの手柄を横取りするな、という顔をする。逆の立場なら、私もそんな顔をするだろう。

 地面が繰り返し揺れ、土塁からパラパラと土の粒が転がり落ちる音が幾重にも重なって、どこか不吉だった。

 笛の音が鳴る。音色と拍子でそれがコルト隊への前進の指示だとわかった。他にも笛が吹かれ始める。おそらく魔獣への警戒を伝えているのだろう。

 私は仲間と共に土塁を越えた。

 土塁の反対側には魔物が折り重なっていて、動かない。

 そこを踏み分け、突き進むしかない。

 魔獣との距離はまだある。先行していた傭兵たち、兵士たちの前衛が、果敢に魔物を討ち続け、少しずつ後退している。さすがに魔獣を止めることはできない。

 後退する兵士たちを追い討ちにしようとする、訳ではなく、本能的に前進するしかない魔物をコルト隊が押し返す。兵士たちが土塁へ駆けていく。

 踏ん張る前衛にコルト隊が乱入した時、先頭の魔獣が接触した。

 コルトの斧が振られている。魔獣を討て、ということだ。

 コルト隊二十五名から、私に二人が付いてくる。

 先頭の魔獣は、射程範囲か。

 ファクトを解き放つべく、意識が瞬間、先鋭化し、一点に集中する。

 イレイズ。

 魔獣の体の後ろ半分が音もなく消える。残った巨体が勢いのまま、転がり、盛大な土煙がその一帯を覆い尽くした。

 あとは乱戦だ。

 魔獣を狙い撃ちながら、魔物も狩っていく。私についてくる二人が背後を守るため、私は魔獣に専念できた。

 先へ進む。

 魔物、魔物、魔物。

 どこまでもそれしかない。

 名も知らない傭兵、あるいは兵士が倒れている。

 祈る間もなく、戦いは続行される。

 どこかの傭兵らしい服装のものが魔獣の一体の足の一本を切り落とした。かなりな技だが、それだけでは魔獣は止まらない。

 そこへ別の傭兵が、いきなり魔獣の頭に飛び乗り、剣か何かを突き立てた。

 無謀と思った時には、その誰かは跳ね飛ばされ、地面に転がっていた。

 私は全力で走った。

 間に合うか。あのままだと、巨体に轢き潰される。

 目の前でいきなり魔獣の頭が消し飛んだ。

 でも私は平静なままだった。

 ファクトだろう。しかし威力不足だ。魔獣の巨大な質量はほとんど残っている。

 ただ、その出来損ないのファクトで、命拾いしたのも事実。

 私はその傭兵の背後に立ち、ファクトを解放した。

 槍を突き出し、魔獣の体の中心を消し飛ばした。

 そして私はそこに尻餅をついている傭兵を見た。

 どこかで、見た顔だった。

 記憶が、過去と今が、刹那で繋がった。

「ユナ」

 青年が、そう言った時、私は槍を振り回し、押し寄せる魔物を消し飛ばしていた。

 どう答えるべきか、考えながら私は魔物を倒した。

 リツ。

 こんなところで何をしているのか。

 そんな身の丈に合わないような、具足をつけて、しかし武器も持たずに。

 たった今も、魔獣に挽肉にされかかっていて。

 嬉しいのか、懐かしいのか、苛立っているのか、自分でもよくわからなかった。

 ここは戦場で、まだ魔獣は多い。

 笛の音が重なる。とりあえず、前衛を張っていた傭兵と兵士の混ざった隊は、一度、後退するようだ。

 私は次の魔獣へ向かっていて、リツと会話する余裕はなかった。

 今はそれも少し、ありがたかった。

 戦いは、思考というものを容易に奪うものだ。

 あるのは、倒すこと、生き残ることだけ。




(続く)

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