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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
83/213

2-41 生き延びることが至上命題の世界

     ◆


 オラクに馬が用意された時、隊の状態がわかった。

 神鉄騎士団コルト隊の生き残りで重傷ではない戦闘可能なものは、ほんの二十六名だった。五名の戦死者、三名の重傷者、一名の行方不明者。

 二十六名で馬に乗り、ひたすら東へ、バットンへ駆けた。戦場はだいぶ南なので、魔物はいないし、魔獣だって見えもしない。

 ただこうしている間にも魔獣の群れの生き残りは東へ向かい、そのままどこかで人間の兵隊か傭兵に襲いかかるだろう。

 馬と魔獣、どちらが早いかといえば、馬のほうが早い。ただ魔獣はおそらく疲れ知らずで、どんな地形も踏破する。

 走り続けること一日と半分でバットンに着いた。深夜だけれど、篝火のせいでそこだけ眩しいほどの光に包まれている。

 コルトとホークが会議に出かけて行き、これには他の隊の指揮官は寝ているところを叩き起こされただろうが、もちろん、冗談で愚痴めいたことは言ったとしても、誰も本気で嫌がったりはしない。

 傭兵たちは、報酬目当てで集まっているようでも、自分の仕事に誇りを持っていないわけがない。

 明け方まで私は他の面々と休息を取り、翌朝には再び移動と決まった。

 バットンから南下した戦場では、魔獣の数を減らしたが、数頭が東へ突進している最中らしい。

 ここから真東へ向かうと、ルスター王国の南方にある拠点の中でも比較的大きいルッツェという街がある。ここは街一つが兵士や傭兵の拠点とされている。

 そのルッツェにも紫紺騎士団は展開しているし、神鉄騎士団も、他の大手の傭兵団も兵力を割いているのは常識だ。

 と言うより、大手の傭兵団はその戦力を完全に集中させず、需要があるところへ最適と判断した戦力を投入するのが商売である。

 一部の学者、有識者はこの戦力の分散を、非効率でむしろ損失を増大させると指摘する。

 ただ傭兵は兵士ではないのだ。企業として経営する必要があり、報酬が約束される必要もある。

 そういう意味では、ウェッザ王国は傭兵に蚕食を通り越して食い潰されているが、この国が仮に傭兵の国となれば、その時には戦力の分散はやや解消されるかもしれない、と推測できた。

 もっとも、傭兵は国を経営する気もないだろうが。

 とにかく、コルト隊は南東へ駆けることになった。

 ルッツェ南方の戦場へ救援ということである。

 救援としては兵力が少ないがバットンに補給の人員が到着しており、それを隊に加えたコルト隊は四十名ほどになっている。

 バットンの戦場を受け持つ部隊からコルト隊が抜ける穴は紫紺騎士団がカバーすれば十分だろうし、あるいは精霊教会の神官戦士団が受け持てば、ちょっとはマシになるだろう。マシになる、というのは周りにいる連中が本気になる、という意味になるが。

 そもそもウェッザ王国の一部に中心を持つ精霊教会がルスター王国に出張ってくるのは、やや見当外れだ。

 こうなると精霊教会は大陸にある国家間のパワーバランスに興味を持っているとも見える。保身のために権力争いをするほど現状は甘くないはずだが、教会にいる人間にはそれすらも遠い出来事なのだろう。

 とにかく、次の戦場であるルッツェの南方へ、急行するということだ。

 馬はバットンで新しいものになっている。傭兵たちの休息も十分。それぞれが新しい武器と具足、服さえも整えていた。

 私もだし、ホークや、コルトでさえも戦装束を真っ新にしている。

 馬は威勢良く地面を蹴立てて、かろうじて残っている街道を疾駆した。

 おおよそ二日で、ルッツェの間近にある拠点に到達。半日の休止で、昼過ぎに再び馬上に。

 夕方には暮れゆく日の光の中で、すでに石畳もなくなった道に荷馬車の車輪が無数に重なって、解きほぐせない轍となっているのが見えた。

 日が沈む。松明が用意され、傭兵たちがそれを掲げて走る様は、橙色の蛇が夜の闇の中を進むようにも見えたかもしれない。

 深夜に足を止め、休止。馬を本当に休ませないといけない。

 魔物が出現する場所ではないが、歩哨が立った。

 夜明け、即座に移動。

 ついに巨大な土塁に到達、そこは傭兵連合と紫紺騎士団が確保して、実際の戦場はさらに南方らしい。

 土塁を守っている部隊の指揮官がコルトと何か立ち話をして、即座にコルト隊は移動。土塁に沿ってやや西へ戻る。側面から突っ込むのか、あるいは魔獣を積極的に迎撃する策と思えた。

 土塁を守っている兵士は相当な数だが、やはり相応に疲弊していた。ところどころでは土塁の上に兵士が並び、這い上がろうとする魔物を矢で射抜いていた。

 射的のようでも、兵士たちはとても楽しそうではない。その顔はやつれて血の気がなかった。

 土塁が破れているところがあり、そこでは頑丈そうな柵が何重にも用意されている。

 魔物が押し寄せても、その柵の隙間から剣や槍で刺し貫かれる。

 柵を守っている部隊の指揮官がコルトの見せた書状を読む間、ほんの少しの待機があった。そこでコルトが今度の展開を全員に伝えた。誰も茶化さないし、真剣だ。

 その待機はあっさりと終わった。

 防衛部隊が器用に柵の一部を開けた。反撃する時のための通り道である。魔物が飛び込んできそうだったが、呼吸を読んだように、その瞬間だけ魔物の攻撃が薄くなったのだ。

 コルト隊四十騎が一斉に駆け出し、魔物を轢き倒し、前進。

 戦場だ。周囲の気配が変わる。傭兵たちの張り詰めた、冷静と歓喜、平静と興奮の入り混じった、独特の雰囲気。

 土塁を崩れている場所から抜けると丘が連なる原野に、魔物が無数におり、こちらへ向かってくる。

 先頭のコルトの斧が振られる動きで、一列縦隊になる。

 計画の通りなら、このまま魔獣の群れへ接近することになる。

 幾つかの塹壕を超えて、空堀に駆け下り、駈け上がり、魔物を倒すことではなく魔獣へ接近することが優先された。

 足音がどこからともなく、聞こえてきた。

 遠くの丘の上に、魔獣が見えた。魔物を引き連れている。すぐそばに人間の隊が見える。土塁を守っているようだ。

 危険も何もない。

 戦場なんて、どこも危険だ。

 魔物どもには理屈は通じない。手心を加えるどころか、どんな残虐なことだって、奴らはそうと考えずにやるのだ。

 またここへ戻ってきた。

 生と死が入り混じる、境界線にして、分水嶺。

 あの世とこの世の境。

 生き延びることが至上命題の世界。

 四十騎は矢のように走った。



(続く)

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