2-39 やるしかない
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コルト隊は魔物を倒しながら前進したけれど、もちろん、単隊ではない。
神鉄騎士団の援護があり、さらに紫紺騎士団も追いついてきていた。補給線の確保は出来ていると伝令も来ているようだ。
当初の計画では、コルト隊とその援護部隊は弧を描くようにして魔獣の群れの前を横切り、出発地点とは違う拠点へ帰還するとなっている。
戦場になる地点は人間が制圧している領域とはやや離れている。そのため別の拠点へ向かう、というより実質的には避難するというべきだけど、とにかくそうした方がより安全に、戦場を離脱できる。
コルト隊はここまでの戦闘で負傷者を五名出し、援護部隊の助けも借りて後方へ護送している。それに人員が割かれているため、援護部隊も定数を割っているのは間違いない。
私はあまり数のことや、全体のことは考えないことにした。
私にできること、イレイズで魔獣を倒すことだけを考えるべきだった。
一本の槍として、敵を貫くことだけを考える、というべきか。
隊は前へ進み、魔獣の群れの斜め前方へ躍り出た。魔獣の周囲にも魔物はいる。
コルトが斧を頭上で振り回す。突撃の合図だ。
そのコルトを先頭に、三十名ほどが突き進む。
魔獣の群れに斜めに突っ込み、私は一番手近な魔獣に意識を集中した。
消滅のイメージ。ファクトの門が開かれ、そこから破壊の力が吹き出る。
槍を無意識に突き出した。
音もなく、それは起こった。
魔獣の体が二つになり、横倒しになる。かなりの魔物が巻き込まれていた。
次だ。戦果を見ている余裕はない。
槍を振り回し、破壊の嵐が吹き荒れた。
魔物が、魔獣が、薙ぎ払われる。
絶叫は痛みによる悲鳴か、断末魔か。
傭兵たちの声が入り乱れる。
コルトの斧が閃光のように瞬き、翻り、魔物を次々と跳ね飛ばし、宙に巻き上げている。
ホークの顔も見えた。彼女は弓を片手に、矢を番えずに弦を引いている。それだけで見えない矢があるかのように、魔物が破砕される。そういうファクトか。威力は実際の弓とは比べ物にならない。
魔獣の吠え声が轟き、足音を伴う強烈な揺れでこちらの足が時折、宙に浮いたようになる。
とにかく、戦うしかない。
ありとあらゆる音が混じり合っているようで、笛の音はよく聞こえた。
いつの間にかコルト隊は魔獣の群れの中央あたりに取り込まれていた。笛の音は、そのまま斜めに前進となっている。魔獣の群れを突っ切るつもりか。
できるか、できないか、そんな理屈は必要ない。
やるしかないのだ。
やらなければ、踏み潰され、すり潰されて、地面のシミになってしまう。
それも自分だけではなく、味方も一緒に。
必死だった。とにかくファクトが吹き荒れ、私は破壊の元凶、破滅の象徴のように、槍を振るい、不可視の力を解放し続けた。
不意に目の前の視界が開けた気がして、さらに進むと、魔物の群れしかいない、魔獣の影がなくなって明るく見えたのだ、と理解できた。
コルトが「密集隊形!」と怒鳴っている。笛の音が重なる。
あっという間に傭兵隊が一つになった。援護の隊は早く離脱したようだ。事前の計画の通りだ。
仲間は何人が生き残っているのか、すぐには把握できない。
魔物は周囲にまだいるが、多くは魔獣についていったようで、密度はそれほどではない。密集する傭兵たちも、半数ほどは控えるだけになり、外周に並ぶものだけが魔物を倒している。
「撤収だ! お前たち、遅れるな!」
私は、仲間がどこかに取り残されているのでは、と視線を配っていたのが、そのコルトの声に思わず振り向きかけた。しかし魔物が迫ってきたので、それを槍で突き倒したために、隊長の方は見れなかった。
どの間にも隊は動き出している。
仲間は揃ったのか? 私は確認していない。できていない。
急に誰かが私の腕を掴んだ。振り向くと、ホークだ。彼女の片手にある剣が魔物の首をはねる。
「行くわよ、急いで」
その短い言葉と同時に、強い力で腕を引っ張られた。
駈け出すしかなかった。
私は仲間を追いかけ、襲ってくる魔物を跳ね除けながら、とにかく、走った。
走ったけど、心はどこか戦場に残っていた。
誰かを私は失ったのではないか。
それも永遠に。
日が暮れ始める。周囲に防御に使えそうな土塁はないし、堀も塹壕ももちろんない。
傭兵たちは必死に闘いながら、魔物の中を抜けていく。
目の前で一人の剣が折れ、肩に魔物が噛みついた。腕が噛みちぎられ、悲鳴、すぐそばの傭兵が魔物を仕留める。
片腕を失った仲間を、傭兵が背負う。
私はその背後について、魔物をイレイズで連続して消し飛ばした。
ホークも私の横に並び、彼女は金属製の弓を手に取り、見えない矢のファクトで攻撃し始めた。
コルト隊はすでに半日近く動き続け、さすがに運動量が落ち、移動速度は鈍くなっている。
このままでは全滅するのではないか。
腕を失った傭兵を背負う傭兵が、足を滑らせる。私は駆け寄り、手を貸しながら、視線だけでファクトを操り、魔物を遠ざける。
まずい。非常にまずい。
隊は縦列に長くなりつつあった。分断されて包囲されるとその部分はもう助からない。
覚悟するしかない、と思った時だった。
遠くで鉦が鳴る音がした。無意識にその音の意味を把握した。
援軍の到着を伝える拍子と、防御に徹するべし、という拍子だった。
コルト隊が一塊になり、私もホークも、負傷者を背負った男も、そこに合流した。
魔物を退け続けること一時間、日がいよいよ沈むという時になって、紫紺騎士団の部隊がやってきた。全部で四〇〇人ほどの隊で、到着すると素早くコルト隊を保護し、移動が再開される。
人間が魔物から奪っている拠点に辿り着いたのは深夜で、その篝火を見たときの安堵と言ったら、筆舌に尽くしがたい。
私は座り込み、深く息を吸い、吐いた。自然とえづいてしまったけど、何も吐くものはなかった。
紫紺騎士団の紋章の鎧の男が、水を配っていて、私もそれを受けた。小さな塩と砂糖のかけらも渡された。かすかに塩を舐め、水を飲み、砂糖は口の中で転がした。
魔物の鳴き声はすぐそばで響き、湿った音が止むことはない。
だけど、生き延びた、という実感があった。
コルト隊は夜明けと同時にさらに後退し、拠点の一つで待ち受けていた荷馬車で後続の隊と交代した。
荷馬車に乗るまで、私は一人の傭兵を探していた。
ウーラの姿が見えないのだ。
どこかにはいるはずだった。
でも、どこにいる?
これだけ探しても、いないのに……。
荷馬車はついに戦場を離れ、久方ぶりの本当の安全地帯に私を運んでいった。
(続く)




