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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第一部 彼の別れと再会
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1-8 最後に残るもの

      ◆


 ユナの消息は誰にも全くわからないようだった。

 夜中に屋敷を抜け出し、わずかな銭と身の回りのものだけを持って出奔した、と俺の耳にも入ってきた。

 その時、守備隊が管理している剣が一振り、持ち出されている。

 俺でなくても、どこかで傭兵か兵士になるのだろう、と思わずにはいられない事実だった。

 レオンソード騎士家では、この事実をどう受け止めたのか。

 ユナの父である領主様は、普段と何も変わらない様子だという。領地の運営のために四苦八苦し、思うように上がらない税と開墾や治水に必要な銭の確保に汲々としている。

 ユナの母である領主夫人も、やはり変わらないらしい。暇さえあれば楽器の練習をし、歌の練習をし、絵画の練習をする。そして時折、友人を招いてそれらを披露し、時を過ごす。

 俺のところには何人か、ユナについて何か知っているだろう、と質問をぶつけてくるものがいた。

 半分は騎士家に仕える人で、仕事としてだ。

 もう半分は、ユナほど親しくはない幼なじみの少年たちで、ただ俺が秘密を持っていると疑っているだけらしい。

 十五歳を迎えた少年少女は、ファクトによって未来への切符を手にするわけだけど、それをすぐに行使するか、行使できるかは、それぞれの立場による。

 中には両親の了承のもと、大陸中央部に果てしなく伸びる戦場のどこかで戦うべく、レオンソード騎士領を出て行ったものもいる。

 また別のところでは、傭兵ではなく、兵士になると言ってルスター王国の王都へ旅立ったものもいるし、そんな回りくどいことはせず、近場の駐屯地へ向かったものもいる。

 医療関係のファクトに目覚めたものも、やはり技術を身につけるべく、遠くへ去って行った。

 こうやって、そのうちに残るのは大したファクトもなく、能力もなく、意欲もない、そういう若者だけになるのだろう。

 既にそれを察知しているものが、わずかな楽しみとして、俺を問い詰めているとも見える。

 俺はユナについては一切、何も言わなかった。

 別に口止めされていないし、ユナは俺が何か話しても問題ないと思っているだろう。実際、俺はユナがどこへ向かったのか、何を意図しているか、詳細は知らない。

 問題は俺自身だった。

 俺のファクトに関しては、何も情報がない。例の年老いた精霊教会の司祭は、もう別の場所で洗礼をする仕事に追われ、そばにいない。

 自分で書物を調べようにも、レオンソード騎士領ははっきり言って田舎なので、大それた図書館などもない。

 となれば、どこかで俺も、自分について知る努力をするべきなのか。それとも、何の意味もないファクトだったことにして、市井に埋もれていくべきなのか。

 秋も間近という時、俺は一人で棒を振っていた。

 その時も、これまでに何度かあったように、棒には数字が重なって見えていた。

 この数字にどんな意味があるのか。

 念じるようにすると、十という数字が二十、三十と上がるが、棒は棒だ。

 訳がわからない。

 稽古が終わり、棒を置いてから、俺は家の裏手にあるささやかな花壇の片隅の花に手を触れた。

 数字が浮かび上がり、六、だ。

 念じるとこれが十になり、十五に、そして二十になる。

 茎が太くなり、葉が茂り、花が無数に咲く。近くにある他の花とはまるで別のもののような成長だ。

 まさか、植物を成長させる、というファクトでもないよなぁ。

 そんなファクト、どう活かせばいいのか。

 花屋にでもなれ、というのか。

 思いつきは、本当に思いつきだった。

 数字が一〇〇を超えたらどうなるだろう。

 そう思った時には、数字は一人でに一〇〇になっていた。

 ブルブルッと花が震えた。

 あとは圧巻だった。

 何かが張り裂けるような音の後、花が巨大化した。俺の体は噴き出すように伸びた葉に吹っ飛ばされて、家の方まで転がっている。

「な、何だ?」

 起き上がって顔を上げると、信じられない光景があった。

 家の屋根ほどの高さのある花、というか木のようなものがあり、無数に花が咲いている。茎は幹だし、葉は一枚が俺の体の半分くらいはある。根がデタラメに成長していて、これも木の根ようだ。

 家の方から母がやってきて、ぽかんとしているのが見えた。俺はどう言い訳するべきか、考え始めたが、それよりも、この巨大な植物をどう処理したらいいのだろう、ということが頭に浮かんだ。

「後で」俺はどうにか言葉にした。「切っておくよ。邪魔だろうし」

 我ながら、何を言っているのか、と思うが、他に言えることはない。

 話したいことがあるの、と沈黙していた母が真面目な顔で俺の方を見た。

「この木を切り倒してからじゃ、遅いかな」

 俺はほとんど錯乱していて、しかし母はかすかに笑みを見せると、花、というか、木を見上げた。

「このままにしておきましょう。花も綺麗だし」

 見上げると実際、月明かりの下で花は美しく咲き誇っている。濃厚な甘ったるい匂いが辺りに立ちこめているのが、やっと理解できた。

 俺は立ち上がり、できるだけ花の方は見ないようにして、家に入る母の後を追った。

 しかし、話? 何の話だろう。

 家に入ると、母は内職の刺繍の道具を片付けて、座って、と椅子の一つを身振りで示した。俺は黙ってそこに座る。

 母の顔はささやかな明かりの中で、何かを逡巡しているように見えた。小さな明かりの光のゆらめきがそうさせるのだろうか、と俺はぼんやり考えた。

「あなたのお父さんのことを、今まで話さなかったのは、それほど重要ではない、と思っていたからよ」

 父のこと。

 聞こうと思ったことは何度かあったけど、聞いたことはない。

 だって、死んでしまった人のこと、顔も知らない人のことを知って、それで俺が何か変わるとも思えなかった。

 それよりは畑仕事に必要な知識、石積みのやり方などの方が必要だったし、次には剣術の方が、実際的だった。

 父はもう、俺を助けてくれることはないのだ。

「リツ、あなたは何も聞かないでいたけど、今、話しておくべきだとわかったの」

「それで、何を?」

 促すと、母は真面目な顔で、こちらを見た。

「あなたのお父さんは、精霊教会で学者をしていたのよ。ファクトについて調べていた」

 どう答えればいいかわからず、へぇ、とだけ声が漏れた。

 しかし、学者?



(続く)

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