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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
78/213

2-36 初めての戦場


      ◆


 戦場に到着した時、空は黒い雲が垂れ込め、かすかに霧雨が降っていた。

 そのささやかな雨の下に、無数の死体がある。

 人間のそれもあれば、魔物のそれもある。持ち主不明の腕や足がある。そうした全てが腐敗していたが、戦場の各所で火が燃えているのは、焼却しているかららしい。

 人間と魔物の戦場では、塹壕が無数に掘られていて、土塁や空堀も数え切れないほどある。

 一進一退で、そういう構造物を奪ったり、奪われたり、また奪い返したりをしていることになる。

 私たちが戦場についた時、戦場は土塁の一つの手前で激戦が繰り広げられ、その土塁を回復できるか、という攻防があった。

 負傷兵が次々と運ばれてくる。私たちをここまで運んだ荷馬車は、すでに負傷者を乗せて後方へ向かっている。今、やってきた負傷兵は次の荷馬車を待つよりない。

 バットンと比べれば粗末すぎるが、一応の後方の安全地帯が構築され、そこでは負傷兵が治療を受けているし、食料も炊き出しがされている。

 戦闘の中から三十名程度が離脱してきて、そのうちの四、五名は負傷しているようだ。

 指揮官が進み出るのにコルトが歩み寄っていき、二人は何か短く話をした。

 コルトが泥だらけの指揮官の手を握ってから、長柄の巨大な斧を手に取り、頭上に掲げて、激しく振った。

 行くぞ、と仲間の傭兵が声をかけてくる。

 その時にはコルト隊の全員が、隊長のコルトを先頭に駆け出していた。

 なんだ、一日は待機じゃなかったのか? それだけ、危ういのだろうか。

 私は全力で走って追いつき、そのまま隊の最後尾について駆けて行った。

 足音が無数に重なり、左右を見ると、他の神鉄騎士団の傭兵隊や、他の傭兵団の隊も突き進んでいる。まるで地面が震えるような、重く濃密な足音が周囲に響いている。

 声が聞こえる。それは、人の声ではない。

 意味を持たないわめき声なのか、彼らの言語なのか。

 コルト隊の数名が笛を吹いた。

 そこで人間の兵士か傭兵が魔物を押し留めていた壁の一部に、隙間ができた。

 コルト隊がその穴を埋める。交代で三十名が下がっていくようだ。

 新しく戦闘に加わったのは、総勢で二百名にも達しないだろう。

 前方にいた傭兵達が横へ広がる。

 ホークを主体にした弓隊の前に接近戦を行う仲間が壁を作る。

 私は事前の指示で、その壁よりも先へ出て、圧力を逃がしたり、誘導する遊撃隊に組み込まれているはずだ。

 その遊撃隊はコルト自身が指揮する、十名ほどだ。

 例の刀の傭兵もその一人だった。

 今は姿が見えない。

 私は壁になる傭兵の隙間を抜けた。

 背筋が凍るような音を立てて、コルトの斧が旋回し、魔物を数体まとめで薙ぎ払い、跳ね飛ばしている。

 いや、それよりも、魔物だ。

 猪に人の胴体をつけたもの、トカゲが二足歩行しているようなもの、巨大な袋に足が何本もついている気色悪いもの、そんな異形の群れが押し寄せてくる。

 連携も何もないわけだ。

 コルトが言っていたことも事実だった。

 倒しても倒してもキリはないし、連携なんて細かくできるわけもない。合図は出せるとしても、視線を交わすか、身振り、指笛程度だ。

 私は目の前にいたトカゲらしいものを槍で切り飛ばした。

 真っ黒い血が降り注ぐ中で、さらに別の一体、さらに一体、と仕留めていく。

 波状攻撃なんてものじゃない。

 切っても切っても、突き倒しても突き倒しても、終わりがない。

 出し惜しみは無しか。

 私はイレイズのファクトを解き放った。

 狙いを定める必要もない。

 槍にファクトを沿わして薙ぎはらう。

 いっぺんに魔物が二十体は消し飛ぶ。

 傭兵たちが前進し、笛が鳴ったのが聞こえた。

 遊撃隊は左右に分かれ、中央へ魔物を誘導せよ。

 そこへ弓隊が集中的に攻撃するのだろう。

 私は右翼側へ移動しながら、魔物を破砕していく。

 しかし、キリがない。終わりが見えない。

 体力が切れれば、それまで。全体が押し潰されれば、やはりそれまで。

 周りの隊が崩壊しても、やはり敵中に孤立して、それまでだ。

 魔物は左右にできたコルト隊の遊撃隊の突出した部分を、考えがあったのか、それともなかったのか、自ら押し包まれるように流れていき、自然と中央に集中した。

 そこへ矢が降り注ぐ。

 ファクトらしい矢ではない攻撃もあり、そこだけ一気に魔物の群れが手薄になった。

 笛が鳴る。

 中央を包囲殲滅し、前進。

 意外に笛でもわかるものだ。

 私の槍が唸り、魔物を跳ね飛ばし、切り裂き、吹き飛ばし、そうして仲間とともに前進していく。

 土塁との間で魔物が押し潰されるように倒されていき、日が暮れる前には土塁の一部が確保されていた。ただまだ左右の安全が不確かで、さらに言えば魔物が土塁を超えてくる可能性もあった。

 私のそばに、コルトがやってきた。

 彼も黒い血で身を汚しているが、私は彼以上に汚れていた。泥も、魔物の血も、一緒くたになって全身を染めている。

「最初の戦場のわりに、やるじゃないか」

 答えようとして、息を吐いた瞬間、意識が遠のいた。

 気づくと倒れかかった私をコルトの太い腕が支えていた。

「す、すみません」

 気にするな、と私を立たせると、コルトが腰から水筒を外して渡してくる。私の水筒はどこかにすっ飛んでなくなっていた。

「俺の勘だと、ここは確保される。すぐに後続が来るから、休むこともできるはずだ。それまでは辛抱しろ」

 私は水筒の水を一口飲むと、彼にそれを返した。

 ホークが近づいてくるのが見えた。矢筒を背負っているし、腰にもやはり矢筒があるが、彼女は金属製の弓を持っていて、同じ弓が腰に二つある。

 彼女はコルトと何か話してから、私に無言で頷き、後方へ下がっていた。弓隊の指揮があるのだ。

 私は仲間とともに周囲を警戒し、やがて日が暮れた。

 魔物の声と気配を追い払うように篝火が焚かれたが、しかしそれには、期待した効果はなかった。

 気の休まらない夜が始まった。




(続く)

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