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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
77/213

2-35 戦場へ


      ◆


 神鉄騎士団のコルト隊三十余名が王都ルスタピアを出立したのは、よく晴れた暖かい日だった。

 私は真新しい着物の上に具足をつけ、さらに薄手の外套を羽織っていた。

 だいぶ、いや、とても着慣れていないけど、他の傭兵たちはもっと派手だ。金属の飾りがそこここにあり、女どころか、男でも化粧しているものもいた。

 馬も体躯が立派なだけではなく、鞍や手綱にも金がかかっている。私の乗る馬の馬具は、平凡で、そこはあるいはホークがわざと手を抜いたのかもしれない。

 何もかもを手助けしてやるとそれが当たり前になる、だから自分で手を入れる余地を残した、みたいな想像を私はしていた。

 王都ルスタピアから直接、馬で進発したのではなく、街の外にある牧に馬が待機しており、この牧は神鉄騎士団の直営ではなく、民間のものらしかった。

 牧までは馬車、牧からはそれぞれの馬に騎乗し、南へ駆けた。

 前日のうちに会議が開かれ、行程も細かく決まっている。馬にも人にも余裕があった。大きな街で宿を手配してあり、ただ、日中はひたすら移動である。馬を休ませる時間さえも事前に設定されていた。

 駆け出してみて、傭兵たちの雰囲気から、これが今までにも経験のある行軍だと感じ取れた。緊張していないわけではないが、どこかに余裕がある。

 移動すること一週間が経つと、徐々に周囲から人家が消え、農耕地の痕跡はあっても荒れているようになり、人の姿も消えた。しかし街道には荷車か馬車がかけた痕跡はある。

 もっとも、その痕跡がある街道というのも、ここへ至るまでの大半の道のような石畳の舗装ではなくなっているわけで、それだからこそ轍が見えるということになる。

 大きな丘を迂回し、川沿いに駆け、予定地点の浅瀬で渡渉する。

 この東西に走る川は一本ではなく、三日のうちに四本を超えた。傭兵の一人が親切心なのか、退屈だったのか話すところによると、さらに東へ行くと全部が一本に合流し、大河になるという。

 そうなるともはや渡渉など容易にはできず、船で馬も人も物資も川を渡るしかないようだ。

 四本目の川を越えると、もうそこからは人がいた痕跡な極端に異質なものになっていた。

 建物は古いものがチラホラあるが、崩れて、朽ち果てている。

 なのに街道の痕跡には人が移動した痕跡がはっきりとある。

 住民のそれではない。住民など、そもそもいないのだ。

 コルト隊の馬群はそこから一日で、ルスター王国軍の拠点の一つに着いた。

 これも傭兵が教えてくれたが、バットンという名前らしい。

 このバットンという拠点は、土塁に囲まれている。堀はない代わりに、土塁の外側には傾斜した帯がかなり広く続いている。拠点を攻略しようとすると、土塁に取り付く前に、この斜面をかけ上がらなければいけない。

 ただ、難攻不落などというものではなく、むしろ簡易的な拠点に見えた。

 砦に入ると、コルトとホークがどこかへ去っていき、私は他の傭兵たちと一緒に、拠点の宿泊施設に入った。

 大きな平屋で、壁は形だけの壁という具合だ。ただ広い空間に柱を立て、上に板を渡して屋根としている。その内部を雑に区切った、ということだ。

 中は汗臭く、空気も淀んでいる。床もおざなりな毛羽立った板に過ぎない。

 まぁ、ここは観光地ではない。戦場の後方なのだから、快適な空間など求める方がどうかしている。

 私が個人的な荷物を与えられた空間へ置くと、傭兵で親しいものが声をかけてきた。

「へい、ユナ、食事に行くぜ」

 若い男で、腰に刀を下げている。元は東方の出身と聞いている。

 コルト隊の面々は私とすでに打ち解けていて、それには私は少しも苦労しなかった。

 むしろ傭兵たちの方から、コルトに一撃食らわしたという情報の真偽を確認するべく、近づいてくれた場面が多い。

 私は正直に、自分の方が負けていたと言ったけど、謙遜するなよ、という感じの反応が多かった。

 コルトの方から何か、彼らに話があったのかもしれない。

 私は腰に剣を下げ、片手に槍を持って外へ出た。

 拠点の中は武装したものが大勢、ウロウロしている。肉が焼かれる匂いや米が焚かれる匂い、パンが焼かれる匂いなどがするので、いかにも、という感じだ。

 そう、いかにも、生活の場所であって、逆にそれが生々しく、戦場の後方という認識を鮮明にする。

 食堂があるというのでそこへ行くと、身分を確認され、あっさりと中に入れた。

 私ももう一人も、それぞれ神鉄騎士団の金属製の飾りが付いている剣を帯びている。剣の柄頭にあるのがそれだ。

「ここでは傭兵なら一応、どんな奴でも飯にはありつける。あとは適当な武器もな。俺やお前には必要ないが」

 案内してくれた傭兵は、早速、手に入れた豚の塊り肉をとろとろになるまで煮たものをつつきながら、そんな風に言った。

 私も食事として焼きたてのパンに、どうやって手に入れたかわからない牛乳から作ったらしい真っ白な甘いペーストを塗って口へ運んだ。

「なんだ、緊張しているのか?」

 肉を頬張る相手に、「まあね」と答えると、笑い飛ばされた。

「ここで緊張していたら、戦場じゃガチガチだな。魔物の勢いって言ったら、大変なものだ。なにせ奴ら、加減てものを知らんし、命知らずしかいない。まるで殺してくれと言わんばかりに突っ込んできて、終わりがない」

「そんなに脅かさないでよ」

「ま、明日には出番もあろうよ」

 食事が終わって宿へ帰ったところで、神鉄騎士団のコルト隊に召集がかかっていることを伝えられた。拠点は広いので、鉦を鳴らしたり、笛を吹いたりという緊急の召集以外は、こういう言伝や目印での情報伝達になる。

 私ともう一人で拠点にある広場へ行くと、半分ほどはすでに揃っていた。続々と仲間が集まり、すぐに全員が揃った。

 コルトは台に立たなくても十分に上背があるので、全員を見下ろすような形になった。

「明日、今、前線で戦っている隊が帰還する予定だ。今の控えが戦場を支えて、そこへ俺たちが新しい控えとして入るということだ。予定では一日の待機のあと、交代して、前線に立つ。戦闘の継続は最長で二日の予定だ」

 傭兵たちは一言も声を発さず、じっと聞いていた。

 ニコニコとまるで場違いな明るい笑顔で、コルトがいう。

「お前たち、魔物はまだまだ大量にいるそうだ。殺せるだけ殺して、凱歌をあげよう」

 傭兵たちが一斉に声を上げる。

「神鉄騎士団、コルト隊が最強だと示してやろう!」

 また傭兵たちが声を上げる。私も思わず、声を発していた。

「今日は女を抱くなり、男に抱かれるなり、酒を飲むなり、好きにしろ。しかし明日の朝には遅れるなよ。以上、解散」

 傭兵たちがもう一度、声を上げて、それぞれにどこかへ去っていった。

 私は傭兵の間を抜けて、ホークに近づいた。ホークも気づいていたようで、穏やかな顔で私を出迎えた。

「新人さんは明日が怖くて眠れない、なんて言わないわよね?」

 表情と言葉がかけ離れている。

「私は戦場で、その、どうしたらいいですか?」

「どうしたらも何も、戦うしかないわよ」

「連携は?」

 連携? とホークが片方の目だけを大きく開いた。

「連携はその場でやればいい。まさかこれからの戦場で、声を掛け合うとか、合図を出し合うとか、そういう余裕があるとでも?」

 ぐっと言葉に詰まる私に、すぐそばに立っていたコルトが豪快に笑う。

「顕現した魔物など、物の数ではないとわかるぞ、ユナ。出現している魔物はな、はっきり言って、無限だ」

「無限?」

「そうだ。殺しても殺しても、尽きないんだな」

 どう答えるべきかわからずにいると、コルトは見かねたのか「ホーク、今日くらい、一緒にいてやれよ」と指示した。

「命令ですか?」

 不服げなホークに、コルトは無言で大きくはっきりと頷いた。

 ため息をつくだけで、結局、ホークはこの日、私と一緒にいてくれた。いてくれたけど、あまり愉快そうではなかったし、私もまだ緊張に支配されていた。

 悲観、もあったかもしれない。

 死の気配が、拭いがたい。

 何はともあれ、夜が明け、広場に集まった傭兵達は、前日とは別人のようにはピリピリした雰囲気だった。

 馬車が駆け込んできて、傭兵たちが降りてくる。ただ、負傷者に肩を貸すものや、担架で運ばれているものも数え切れないほどいる。

 そして最後に、死体が数え切れないほど、降ろされた。

 戦死したものは、それで全部ではないだろう。戦場に置き去りにされたものも、いるはずだ。

「さて」

 軽く、ホークが私の肩を叩く。ビクッと、肩が震えてしまった。

「戦場へ行きましょうか」

 横をすり抜けて、ホークが荷馬車に乗り込んでいく。

 私も急いで、それに続いた。

 中は血の匂いが立ち込めている。

 しかし、誰も何も言わない。

 血の匂いなんて、珍しくもないのだ。




(続く)

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