2-34 回復
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服も具足も予定通りに整った。
服なんて、びっくりすることに具足の下に着るもの、具足の上から羽織るものを例の店で仕立てただけで、平時に着る私服はまた別に用意していた。
もういくらホークに、神鉄騎士団に面倒を見てもらったか、わからない。
とにかく、私は分不相応としか思えない高級な服に身を包み、ラーンのところに出頭した。
部屋に入ると、コルトとホークもいる。ラーンは椅子に座っていて、二人は起立していた。
「服を変える前から思っていたが、相応に美形だな」
ホークがそうからかう横で「傷跡がなければもっといいでしょうね」と笑いながら、しかし辛辣な口調でホークが言う。
美形も何も、今、この場で最も美しい姿をしているのはラーンだった。
そのラーンが口元を綻ばせる。
「一応、我らが同志のようにはなったね。今日の話は二つ」
ラーンが話し始めると、コルト、ホークも姿勢を整えた。私はまっすぐに立つ。
「一つは、コルト隊は明後日、王都ルスタピアを出立し、全隊で魔物との戦闘に復帰する。コルト隊長は部下をまとめておくように。戦闘計画はこちら」
さっと差し出された書類に、コルトが目を通す。
「紫紺騎士団と連携を取るのですか。しかし、精鋭ではないですね」
「そう、今回の戦場は傭兵連合がおおよそ支えている戦場で、はっきり言って、紫紺騎士団は歓迎されない」
「傭兵連合はだいぶ押されているようなことが書いてありますね。その後退した分を、傭兵連合が自力で回復する、と団長は見ているってことですか」
「そういうこと。もっとも、傭兵連合は相応に疲弊するだろうから、ある側面では紫紺騎士団の乱入は手柄を取られる一方、傭兵連合の負担は楽になって得でもある。難しいよね、どうも」
駆け引きですね、とコルトは笑っている。ラーンも嬉しそうだった。
「とにかく、僕たち、というかコルト隊で、紫紺騎士団が傭兵連合に横槍を入れるのを、フォローする。もしここで紫紺騎士団が壊滅したり大きな損害を出すと、神鉄騎士団の評価に関わるから真剣にやるように」
「戦場で手抜きしたことはありませんぜ。いつだって本気です」
「本気になりすぎて、紫紺騎士団の獲物を奪うのはやめてくれよ」
手柄なんていつだって取り合いです、とコルトが大きな肩を上げてみせた。
それからいくつかの打ち合わせがあり、その話題は終わった。
「二つ目の話題はユナに関することで、コルトとホークとは直接の関係はない」
「私ですか?」
何を言われるのかと思うと、すっと細い指がこちらを指差す。
「その左目を回復させる。戦場では万全な状態で戦うべきだ」
回復、という言葉が示すところは明白だった。
義眼を入れるということだ。
ファクトによって人体部品の代替物を生み出す医者のようなものは、数多くいる。それに移植手術に精通しているものなども、魔物との戦闘の年月が長くなるのに合わせて、育っている。
ただ、どちらも超高額と引き換えになる。
それこそ服と具足と槍で何百万イェン、などというレベルではない。
医療系ファクトがあれば国を買うのも夢ではない、と言われたりするほどだ
私が絶句していると、ラーンは平然と言葉を続ける。
「さすがにしっかりとしたものを用意すると、時間もかかるし、銭も必要だ。だから、うちと契約している研究所で作った義眼を用意する。移植もその研究所のものが試験も兼ねてやる。だから大して銭は必要ないんだ。気を楽に持ってくれていいよ」
はあ、としか言えなかった。
試作品の義眼を試しで埋め込まれるというのは、ちょっと、いや、だいぶ、怖いような。
「隻眼というのも見た目はかっこいいし、いかにも歴戦の戦士っていう感じだけど、そういう見てくれを魔物は気にしちゃくれないよ。素直に、移植を受けなさい」
わかりました、と私が応じるとラーンは美しい花のような惚れ惚れする笑みを見せて「以上だ」と言った。
その次の日、神鉄騎士団の建物のそばにある、軽食店で朝食を食べて戻ると、玄関を入ったところで、最初に見た例の真っ白い毛玉のような頭をした老人が待っていた。
「では、左目を付け直そうかね」
「え? その、あなたが手術をするのですか?」
「これでも腕は確かだ。信用しなさい」
……そう言いながら、片手が私の尻に向かっているのはなぜだろう。
研究所のもの、と聞いていたけど、間違いだったか。
すっと手を回避して、老人を睨みつけるけど、平然としている。
でもまさか、突っぱねるわけにもいかず、私は彼を自分にあてられている客室に案内した。
さっさと寝台に横になれと言われるので、言われるがままに横になった。
「眼球の瞳の色は勝手に選んでおいた。平凡な人造眼球に見えるが工夫もしてある。慣れるのにもそれほど時間はかかるまい。さて、やるぞ」
老人がここまで小さな箱を持ってきているのは、さっきから気づいていた。手術道具と眼球が入っているんだろう。
こうなるとやや怖いけれど、もう断るわけにはいかない。
「眠り薬だ、ちょっとまずいが、飲めばすぐに効く」
カバンから取り出された青い液体の入った小さな小瓶が、唇に当てられる。
ままよ、と私はそれを飲んだ。
本当にすぐ効いた。
目が回ったと思った次には、意識を失い、次には意識が回復していた。
視野は前と変わらない。いや、左目には布が巻かれているようだ。
全身がだるいのは麻酔の薬のせいだろうか。
起き上がろうとしても腕に上手く力がこもらない。首をひねって部屋を確認、老人はいない。どうしていないのか。もう手術は終わり、あの老人もやることがないのか。
じっとしていると、老人が戻ってきた。私の意識が戻っているのを見て、ちょっと残念そうな顔をしている。何をする気だったのか。
「移植は成功したはずだ。定着するのに数時間かかる。そうしたらその布を外して、様子を教えてくれ」
ええ、はい、と言っている私の横で、老人が私の手を急に握った。引っ込めたいが、腕はまだ動かなかった。
ジリジリと腕を老人が揉んでいく。
マッサージ、という感じ、ではないな。
「やめてください」
「ちょっとならよかろう。老人への褒美と思って」
ちょっと視線を横にして、私はイレイズのファクトで老人が座っている椅子の脚を二本、同時に消し飛ばした。もちろん、椅子は転倒し、老人も転げ落ちた。
「やめてくださいね。二度としないように」
起き上がりながら椅子を見て、「怖い女だ」と老人はブツブツ言うと荷物を片付け始め、「三時間後に来る」と部屋を逃げるように出て行った。本気で怯えているようでもあった。
それから横になって一時間ほどが過ぎたところで、ホークが様子を見に来た。
転倒している椅子、というか、半壊した椅子を見て、彼女はにっこりと笑う。
「あの老人にお灸を据えたみたいね」
その言葉で、意外にホークはあの老人のいたずらを警戒して来てくれたのかも、と思ったけど、言わないことにした。
誰にだって名誉はある。
(続く)




