2-33 優雅なる生き方
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午後、武具店を三つ巡って、相応の槍を一振り、見つけ出した。
びっくりすることに、新品ではない。もう何人が使ったかもわからない、古い品だ。
「こいつは意外に逸品みたいなんですが、出自が曖昧だ」
店は王都の中でも路地裏のようなところにある狭い店で、ほとんど倉庫に近かった。
無数の剣が、槍がずらりと並び、薄い光を照り返している。弓も列をなしているし、盾もそうだ。ただし、新品はない。どれもこれもが使い古されていて、ただ手入れは十分にされている。
「銘がわからないってこと?」
「見たことのない銘、ということです」
ホークと店主がそんな話をしている。
店主が布で磨いている槍は、なるほど、だいぶ古びている。穂先と柄が別ではなく、一体成型で作られているようだ。穂先には今は皮で作られた鞘がはめられていた。
磨かれた槍がホークに手渡され、次に私に投げ渡される。
店は狭くても、槍を振ってみる程度のスペースは確保されていた。
振ってみると、うーん、意外にしっくりくる。重さもちょうどいいし、重心も馴染みそうだった。
「刃を見ていいですか?」
どうぞ、と店主が促すので、私はそっと革を外した。
光に刃をかざすと、波紋がよく見えた。かなり切れそうだ。
逸品という評価も間違いではない。私が持ったことのないような槍である。
ホークに意見を求めようとすると彼女は、剣を一本、引き抜いて、それを眺めている。
店主に「いくらですか?」と私が小声で確認すると、「三〇〇」という返答があった。
思わず店主の目を見たが、真剣な光り方をしている。
三〇〇万イェンの武器なんて、本当に持ったことがない。特注品、しかも一点物をを買うような値段だ。
服と具足で一〇〇万イェンなど、安く思えるような価格だ。私の経済感覚がめちゃくちゃに乱れて、もうよくわからない。
「買っておきなさい、ユナ。命をかける武器なんだからね。もしあんたが死んだら、その槍だけ回収して、それでおおよその月賦は解消されるだろうし」
月賦、という言葉が今ほど気持ちを楽にさせることもないだろう。
店主と話をして、月賦の契約を結び、ついでに私が戦死したら槍はこの店へ可能な限り戻す、という契約もした。
「毎度ありがとうございます。研ぎ直しましょう」
店主がそういったところに、「こいつもね」とホークが剣を持ってきた。
「あんた、槍だけで戦場に立てるわけがないでしょう。安心しなさい、これは神鉄騎士団からの身分証としての剣とするから」
そんなことを言ってから、ホークは神鉄騎士団の紋章の飾りを剣につけるように店主に注文した。飾りを作るのに二日かかる、という返事に、ホークは実に気軽に剣の鞘にも金属細工をするように言って、店主は平然とそれを受けた。
槍が研ぎ上がって、店を出ると既に日が暮れている。
今度こそ帰れるかと思ったら、「食事するわよ」とホークが先に行ってしまう。
もう私はなるに任せて、いかにも高級な食堂に彼女の従者のように入った。広いフロアにはテーブルが程よい間隔で置かれ、それぞれの卓での話し声は他に聞こえないようになっている。全てのテーブルに白いテーブルクロスが敷かれて、灯りを照り返している。
席の一つに着くとホークがメニューを受け取り、すぐに給仕の男に酒を注文した。ピタッとした制服を着ている給仕がこちらに視線を向けてくる。
「お茶をください」
「茶葉はいかがいたしましょう」
茶葉なんて、知らない。メニューを見ようとすると、ホークが鋭く「グリンティーで」と言って、給仕がそれに微笑みながら頷いている。ホークがこちらを見る。
「温かいもの、冷たいもの、どちらにする?」
「温かいもので」
「だそうよ」給仕が頭を下げるところへ、ホークが続ける。「コースは春雷でお願い」
春雷? コース?
メニューを確認しようとしたけど、ホークはすぐにメニューを給仕に渡していて、私が自分のメニューを持ち続けているのも変なので、返すしかなかった。
ちょっと待つと、お茶と酒が運ばれてきた。ホークの手元の酒は果実酒のようだけど、澄んだ黄色い色をしている。
乾杯するわけでもなく、グッとホークがそれを飲む。グラスの中身は半分ほどになった。
「あなた、もっと銭の使い方を覚えなさい」
「でも、私、まだ働いてませんし、自分の銭もないし……」
貧乏臭いわね、とホークが笑みを見せる。言葉とは裏腹に、明るい笑みだったので、強烈な凄みがあった。
「傭兵なんて、いつ死ぬかわからないのよ。その格好で死にたい? 化粧もしていなくて、髪の毛ボサボサで、死にたいと思う? どう?」
「えーっと、まあ、それは確かに、嫌ですけど……」
そうでしょう、とホークは笑っている。
「私たち傭兵はね、銭のことなんて正直、考えないわよ。どんな時でも着飾るし、豪勢な着物を着て、立派な具足をつけて、芸術的な飾りのある武器を持って、高級な食事を食べる。そうやって、何の悔いも残さないようにするし、自分の人生を楽しむのよ」
料理が運ばれてきて、ホークは慣れた様子で食べ始めた。私が故郷で習った作法は、ここ二年であっという間にどこかに消え去っているので、彼女の作法をよくよく観察して、それを真似るようにナイフとフォーク、スプーンを使った。
ホークがいうことも分からなくはないけど、私はどうも、こういう食事は疲れるし、合わないかもしれない。
やっと食べ終わって、最後にデザートが出てきた。新鮮な果物と、ゼリーのようなものだった。ゼリーも三色が層になっていて、中に小さな果実が入っている。
お茶がまた出てきて、それを飲みながらデザートを食べる時が、一番、楽だった。
「ちゃんと生きて、ちゃんとに死になさいね、お嬢さん」
果物をかじりながら、ホークが楽しそうに言う。
不穏な言葉だけど、傭兵というのは常に生きるか死ぬかの場所にいるのだ。
こういう、王都のような平和なところにいるのが、不自然なのだ。
お茶の入った器を傾けながら、ホークが言う。
「五日後にはコルト隊は南へ戻るわ。あなたもそれに同行することになる。いきなりの戦場だけど、新人でも素人じゃないんだから、無駄に死なないように」
諭しているのか、励ましているのか、よくわからない人だな。そう思いながら、私はホークを見ていた。そんな視線に気づいてないわけもないだろうに、ホークは手を上げて給仕を呼ぶと、果実酒を追加で頼んでいた。
私はやることもなく、空になったお茶の入っていた器の中を見ていた。
戦場の方がここにいるより、楽かもしれない。
でもきっと、戦場に立つには必要な場所が、こういう場所なのかもしれない。
果実酒が運ばれてきて、優雅な口調で「どうもありがとう」とホークが慣れた様子で声を発している。
私はやっぱり、馴染めそうもないな、こんな優雅なところは。
そんな私を見れば両親は怒るかもしれないけど、レオンソード騎士領の領主でもこんなに優雅ではないぞ、と言い返してやるだけだ。
また会えれば、会う気になれれば、だけど。
私が顔を上げると、こちらを見ながら、ホークがグラスを手に取ったところだ。
「あなたも飲む?」
首を振ると、「つまらないわね」とだけ言って、彼女は少しだけ、グラスの中身を飲んだ。
唇がキラキラしているのが、印象に残った。
(続く)




