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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
75/213

2-33 優雅なる生き方


      ◆


 午後、武具店を三つ巡って、相応の槍を一振り、見つけ出した。

 びっくりすることに、新品ではない。もう何人が使ったかもわからない、古い品だ。

「こいつは意外に逸品みたいなんですが、出自が曖昧だ」

 店は王都の中でも路地裏のようなところにある狭い店で、ほとんど倉庫に近かった。

 無数の剣が、槍がずらりと並び、薄い光を照り返している。弓も列をなしているし、盾もそうだ。ただし、新品はない。どれもこれもが使い古されていて、ただ手入れは十分にされている。

「銘がわからないってこと?」

「見たことのない銘、ということです」

 ホークと店主がそんな話をしている。

 店主が布で磨いている槍は、なるほど、だいぶ古びている。穂先と柄が別ではなく、一体成型で作られているようだ。穂先には今は皮で作られた鞘がはめられていた。

 磨かれた槍がホークに手渡され、次に私に投げ渡される。

 店は狭くても、槍を振ってみる程度のスペースは確保されていた。

 振ってみると、うーん、意外にしっくりくる。重さもちょうどいいし、重心も馴染みそうだった。

「刃を見ていいですか?」

 どうぞ、と店主が促すので、私はそっと革を外した。

 光に刃をかざすと、波紋がよく見えた。かなり切れそうだ。

 逸品という評価も間違いではない。私が持ったことのないような槍である。

 ホークに意見を求めようとすると彼女は、剣を一本、引き抜いて、それを眺めている。

 店主に「いくらですか?」と私が小声で確認すると、「三〇〇」という返答があった。

 思わず店主の目を見たが、真剣な光り方をしている。

 三〇〇万イェンの武器なんて、本当に持ったことがない。特注品、しかも一点物をを買うような値段だ。

 服と具足で一〇〇万イェンなど、安く思えるような価格だ。私の経済感覚がめちゃくちゃに乱れて、もうよくわからない。

「買っておきなさい、ユナ。命をかける武器なんだからね。もしあんたが死んだら、その槍だけ回収して、それでおおよその月賦は解消されるだろうし」

 月賦、という言葉が今ほど気持ちを楽にさせることもないだろう。

 店主と話をして、月賦の契約を結び、ついでに私が戦死したら槍はこの店へ可能な限り戻す、という契約もした。

「毎度ありがとうございます。研ぎ直しましょう」

 店主がそういったところに、「こいつもね」とホークが剣を持ってきた。

「あんた、槍だけで戦場に立てるわけがないでしょう。安心しなさい、これは神鉄騎士団からの身分証としての剣とするから」

 そんなことを言ってから、ホークは神鉄騎士団の紋章の飾りを剣につけるように店主に注文した。飾りを作るのに二日かかる、という返事に、ホークは実に気軽に剣の鞘にも金属細工をするように言って、店主は平然とそれを受けた。

 槍が研ぎ上がって、店を出ると既に日が暮れている。

 今度こそ帰れるかと思ったら、「食事するわよ」とホークが先に行ってしまう。

 もう私はなるに任せて、いかにも高級な食堂に彼女の従者のように入った。広いフロアにはテーブルが程よい間隔で置かれ、それぞれの卓での話し声は他に聞こえないようになっている。全てのテーブルに白いテーブルクロスが敷かれて、灯りを照り返している。

 席の一つに着くとホークがメニューを受け取り、すぐに給仕の男に酒を注文した。ピタッとした制服を着ている給仕がこちらに視線を向けてくる。

「お茶をください」

「茶葉はいかがいたしましょう」

 茶葉なんて、知らない。メニューを見ようとすると、ホークが鋭く「グリンティーで」と言って、給仕がそれに微笑みながら頷いている。ホークがこちらを見る。

「温かいもの、冷たいもの、どちらにする?」

「温かいもので」

「だそうよ」給仕が頭を下げるところへ、ホークが続ける。「コースは春雷でお願い」

 春雷? コース?

 メニューを確認しようとしたけど、ホークはすぐにメニューを給仕に渡していて、私が自分のメニューを持ち続けているのも変なので、返すしかなかった。

 ちょっと待つと、お茶と酒が運ばれてきた。ホークの手元の酒は果実酒のようだけど、澄んだ黄色い色をしている。

 乾杯するわけでもなく、グッとホークがそれを飲む。グラスの中身は半分ほどになった。

「あなた、もっと銭の使い方を覚えなさい」

「でも、私、まだ働いてませんし、自分の銭もないし……」

 貧乏臭いわね、とホークが笑みを見せる。言葉とは裏腹に、明るい笑みだったので、強烈な凄みがあった。

「傭兵なんて、いつ死ぬかわからないのよ。その格好で死にたい? 化粧もしていなくて、髪の毛ボサボサで、死にたいと思う? どう?」

「えーっと、まあ、それは確かに、嫌ですけど……」

 そうでしょう、とホークは笑っている。

「私たち傭兵はね、銭のことなんて正直、考えないわよ。どんな時でも着飾るし、豪勢な着物を着て、立派な具足をつけて、芸術的な飾りのある武器を持って、高級な食事を食べる。そうやって、何の悔いも残さないようにするし、自分の人生を楽しむのよ」

 料理が運ばれてきて、ホークは慣れた様子で食べ始めた。私が故郷で習った作法は、ここ二年であっという間にどこかに消え去っているので、彼女の作法をよくよく観察して、それを真似るようにナイフとフォーク、スプーンを使った。

 ホークがいうことも分からなくはないけど、私はどうも、こういう食事は疲れるし、合わないかもしれない。

 やっと食べ終わって、最後にデザートが出てきた。新鮮な果物と、ゼリーのようなものだった。ゼリーも三色が層になっていて、中に小さな果実が入っている。

 お茶がまた出てきて、それを飲みながらデザートを食べる時が、一番、楽だった。

「ちゃんと生きて、ちゃんとに死になさいね、お嬢さん」

 果物をかじりながら、ホークが楽しそうに言う。

 不穏な言葉だけど、傭兵というのは常に生きるか死ぬかの場所にいるのだ。

 こういう、王都のような平和なところにいるのが、不自然なのだ。

 お茶の入った器を傾けながら、ホークが言う。

「五日後にはコルト隊は南へ戻るわ。あなたもそれに同行することになる。いきなりの戦場だけど、新人でも素人じゃないんだから、無駄に死なないように」

 諭しているのか、励ましているのか、よくわからない人だな。そう思いながら、私はホークを見ていた。そんな視線に気づいてないわけもないだろうに、ホークは手を上げて給仕を呼ぶと、果実酒を追加で頼んでいた。

 私はやることもなく、空になったお茶の入っていた器の中を見ていた。

 戦場の方がここにいるより、楽かもしれない。

 でもきっと、戦場に立つには必要な場所が、こういう場所なのかもしれない。

 果実酒が運ばれてきて、優雅な口調で「どうもありがとう」とホークが慣れた様子で声を発している。

 私はやっぱり、馴染めそうもないな、こんな優雅なところは。

 そんな私を見れば両親は怒るかもしれないけど、レオンソード騎士領の領主でもこんなに優雅ではないぞ、と言い返してやるだけだ。

 また会えれば、会う気になれれば、だけど。

 私が顔を上げると、こちらを見ながら、ホークがグラスを手に取ったところだ。

「あなたも飲む?」

 首を振ると、「つまらないわね」とだけ言って、彼女は少しだけ、グラスの中身を飲んだ。

 唇がキラキラしているのが、印象に残った。



(続く)

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