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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
73/213

2-31 新たなる仲間

      ◆


 女性は自己紹介するでもなく、「みんなが待っている」と言って、私を広間に案内した。

 そこにいるのは三十人、あるいは四十人の男と女たちで、ぱっと見では女の割合は一割ほど、つまり四、五人だ。

 立ち上がった巨体はコルトだった。彼の大きさを見誤る人はいないだろう。

 手招きされたので、私は彼の横に立った。

 あー、などと言ってから、コルトが平然と言葉を口にする。

「うちに新しく加わることになったお嬢さんだ。こう見えても紫紺騎士団のメンツに泥を塗る程度には肝が太い。あとは俺に一撃、打ち込みそうになった。お前たち、下手にちょっかいを出すと大事なものを噛みちぎられるぞ」

 笑いが広間に控えめに広がる。

 自己紹介しろ、コルトが言うので、私は素早く呼吸を整えた。それで気持ちもしゃんとする。

「ユナと言います、よろしくお願いします」

「ということだ。訳ありな上に訳ありだが、腕は確かだ。では諸君、自由にしていいぞ」

 傭兵たちが立ち上がり、しかし私のことなど無視してそれぞれに仲間と話しながら、部屋を出て行く。結局、残ったのはコルトと、例の女性だった。

 女性が私の前に立ち、「私はホーク・マスケット。よろしく」と投げやりな様子で言ってから、じっと私の姿を見た。

「銭を持っているように見えないけど、その見立てって正しいかしら」

 いきなりそんなことを言われて、ちょっと鼻じろんでしまった。

「銭は、その、少しだけ」

 しかし実際には荷物と一緒に財布も置いてきてしまった。失敗したかも。

 さっきまでの気持ちを裏切って、ジューナが届けてくれることを改めて願ったけど、すぐに却下した。

「借金させればいいだろう。うちの一員なら、金貸しも文句は言うまい」

 コルトがそういうのに「死んだらどうするんです」と鋭い視線をホークが返す。

「金を借りて、例えば最初の戦闘で死ねば、金貸しはうちのメンバーに金を貸すのを渋りますよ」

「大丈夫さ。そういう例もないわけじゃないし、それに大半の傭兵は利子も揃えてきっちり返している」

 呑気なものですね、というのがホークの返答だった。

「さて、ちょっと遅い時間だが、我らが団長に挨拶しておいた方がいいだろう。まだ眠ってはいないはずだ」

 広間には時計があって、九時になろうとしている。十分に遅い気がするが、コルトは悠然と歩き出し、ホークもため息をついてそれについて行ってしまう。私が行かないわけにはいかないので、遅れてついていく。

 建物の最上階は四階で、一番奥の部屋の扉をコルトがノックする。ノックというか、殴り壊すような強さだった。

「入って」

 室内から澄んだ声がした。扉も壁も通しているのでくぐもって聞こえてもおかしくないはずが、美しい声だった。

 コルト、ホーク、私の順番で中に入る。部屋は灯りが入れられて、柔らかい光が支配している。

 その中で、デスクの向こうにいる人物を見て、私はあまりのことに息を止めてしまった。

 美しいなんてものじゃない。

 まるで美の女神か、芸術家が作った至高の美を表現した彫像のようだ。

 その男性が柔らかい笑みを見せるものだから、これで心を撃ち抜かれない女性はいないだろう。私も危うく、よろめきそうになった。物理的な威力さえある美貌だ。

「そちらにいるのが、ユナ・レオンソードさん?」

 私は頷くしかできず、ただ、その状況をすぐに脱することができた。

 彼は私の家名を知っている。

「それくらいの下調べは済んでいるよ。うちでもトラブルは御免だし、素性の知れないものを入れたくもないからね」

 美貌の人はそう言ってから、ちょっと笑みの雰囲気を変えた。

 笑ってはいるけど、真剣で、まるで立ち合いの前のようだった。

「僕はラーン・アシェリー。神鉄騎士団の団長だ。よろしく」

 私はカクカクと頷いて、おかしな発音で「よろしくお願い致します」とガチガチの声で答えていた。

 ラーン・アシェリーの名前は聞いたことがある。

 三つのファクトを宿す存在にして、鬼神とも言われる傭兵だ。

 純粋に実力と戦果によって神鉄騎士団の頂点に立った、伝説的な人物。

 そんな人が目の前にいるのは、ちょっと驚きだ。

 いや、だいぶ驚く。

「レオンソード家には問い合わせないでおいた。正式にはね。すでに娘は出奔し、行方不明になっている、という主張をレオンソード家は通したいみたいだよ」

 さりげなくそう言われて、私はどう返事もできなかった。

 両親は私のことを諦めた、ということか。

 それとも、私のことを認めて、自由にさせてくれているのか。

 私が何も言わないからだろう、ラーンは話を先に進めた。

「とりあえずはコルトが見つけたんだから、コルト隊に所属させる。コルト隊はこれから南へ移動して、魔物との戦闘の最前線に立つから、まぁ、そこで実力はわかるだろう。コルト、彼女のことはきみに任せるよ」

「了解です。死にそうになったら、助けるとしましょう」

 その冗談に笑ったのはラーンとコルトだけで、私は反応を選べず、ホークは憮然としていた。

 それからラーンは私に何が得意でどういうファクトを持つか、確認してきた。

 隠すということは許されない、と考えて、正直にランサーとイレイズである、と答えた。

「イレイズ?」

 ラーンが席を立って、部屋にある本棚の前へ行くと一冊の分厚い本を引っ張り出した。

 席に戻ってそれを確認してから、「五十枚目くらいだね」と言ったので、私は無言で頷いた。

 ファクトの一覧である洗礼辞典において、最初のページに近いファクトほど強力とされる。

 一枚目などに書かれているファクトは、書かれてこそいるが、今では失われていたりする。

 五十枚目のファクトは、だから高位のファクトと言える。

「そのファクトでコルトを仕留められなかった、ということでいいのかい?」

 何かを疑うようにラーンに見つめられ、私は少し唇を噛んで、「はい」と答えるよりなかった。

 ラーンの視線がコルトの方を向く。彼は大きすぎるほど大きい肩をすくめて見せた。

「イレイズのファクトは強力ですよ。大抵のものは破壊できるし、範囲、射程がかなり広い。ただ、個人と個人の戦闘ではあまり役立ちませんな、あの様子では」

「詳しく教えて」

「まず、視線を向けることから、おおよその発動座標が予測できる。次に、発動する瞬間、わずかに空気が揺れるんです。発動する空間に引っ張られる。ほんのかすかですが、それで予想できる」

 私はコルトの顔をまじまじと見ていた。

 彼が私と戦ったのは、一度しかない。イレイズのことだって知らないまま、戦ったのだ。

 なのに戦いの中でそこまで把握して、対処してきた。

 これが一流の傭兵か。

 それからラーンとコルトは私のイレイズについて話をして、その中でコルトが笑いながら言ったのは「もし俺を丸ごと消すように発動されたら、生きてませんな」ということだった。

 これにはラーンも頷いていた。

 私は手加減を責められているような気もしたし、曖昧ながら、ただの殺人機械ではない、と見てもらえたような気もした。

「とにかく、ユナ、きみのことはコルトに一任する。コルトも色々と教えてやってくれ」

 わかりました、とコルトが直立し、「失礼します」と一礼したので、私も頭を下げた。

 三人で部屋を出て、コルトはホークに私が泊まる部屋を用意するように指示を出している。どうやらホークはコルトの副官のようなものらしいと分かってきた。

 私はホークに従って歩きながら、思わず窓の外を見た。

 王都ルスタピアの夜は、まだ喧騒に包まれている。

 誰のものともしれない、聞き取れない声が微かに聞こえてきた。



(続く)

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