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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
71/213

2-29 思い切り


     ◆


 まずは紫紺騎士団だが、とコルトが話し始めた。

「連中はカンカンになっていて、お前を引き渡せといってきた。まぁ、腕利きの兵士を三人ばかり打ちのめされただけで大げさとは思ったが、そこはさすがに国の筆頭騎士団だ。そういうわがままも通ろうというものさ」

 あれは正当な腕試しだったはずだ。

 私が強ければ相応の対応をすればいいだけじゃないか。

「そんな顔をするな。奴らには奴らの体面っていうものがある。わかるだろ? 十代の小娘が、苦もなく、軽々と、ちゃんとした兵士を打ちのめしたんだ。ついでに言えば、その兵士は悪くない腕を持っていた。それが敗北するとなると、紫紺騎士団は立つ瀬がない」

 私を加えるという道もある、と言おうとすると、それはなしだ、と私が言葉を口にする前にコルトが言った。

「連中はお前さんに試験する兵士が打ちのめされ、はっきり言って、もう甘い考えは捨てたんだ。お前を仲間に加えるとしても、適当な隊に紛れ込ませて、表に裏にと手を回して、南の戦場のどこかで孤立させ、そうやって魔物に殺させただろう。魔物に殺された、とすれば誰の手も汚れんし、良心も痛まない」

 ありそうなことだ、と思ったけど、私はそんなに酷いことをしたのか。

「お嬢さん、これは鉄則だが、第一に、実力を見せる時は場所を選べ。第二に、あまり自分を誇るな。第三に、あまり怖い顔をするな」

 思わず自分の手で顔に触れてみたけど、それで何がわかるわけでもない。

「どうなったかは知らんが、お嬢さんはあのままだと、簡単な陰謀と工作で死ぬのは確実だった。俺が顔を出したのが幸運だったな」

「呼ばれていたのですか?」

「いや、お前が打ちのめした兵士が運ばれていくのを、たまたま見た。これは面白そうだ、と横槍を入れたんだ。おかげでいい拾い物ができた。何事にも首を突っ込んでみるものだ」

 さすがに私も言葉を失ってしまった。

 私が生きているのは、まったくの偶然ということか。

 それでだな、とコルトが言う。

「紫紺騎士団はお前を私刑にかけようとしたが、俺が、お前を神鉄騎士団で引き取る、と主張して、引っ張った。紫紺騎士団の連中は、お前の実力は明確で良き兵士として鍛え上げ、然るべき戦場を与える、などと言ったが、本気じゃないだろう。あれはもう、憎悪しかない目だったな」

「えっと、それで」

 言葉がうまく出ない。

「私の、連れの人はどうなりましたか?」

「ジューナ殿だな。彼は比較的、懸命だった。藤の傭兵隊としては、お前の実力はともかく、人間性には問題があり、おそらく紫紺騎士団に適合しないようだ、と主張した。紫紺騎士団も粘ったが、ジューナ殿は、なら一度、お前を解雇する、と強弁してね。それはつまりはだな、俺に、この俺に任せる、という意味だ」

「生きているんですよね?」

 怪訝な顔になってから、コルトは得心がいったような顔に表情を変えた。

「ジューナ殿はもちろん、生きている。紫紺騎士団も、ただの傭兵にあれやこれやとするような暇人の集団ではないさ。ただ、藤の傭兵隊は目をつけられたな。これからしばらくは、厳しい仕事を与えられるだろう」

 そうか、私は結局、迷惑をかけたのか。

「そういうことは後で考えろ。今、お前の身柄は形の上では神鉄騎士団が引き受けているが、お前の意志という奴を確認しないといけない」

「私の意志、ですか?」

「藤の傭兵隊はお前を解雇したということになっている。そして神鉄騎士団は、お前を迎え入れたことになっている。このままここを出て、何者でもない戦士として生きるか、それとも、神鉄騎士団の一員になるか、どうする?」

 難しい問いかけだ。

 藤の傭兵隊には恩義がある。ファルナにもジューナにも、他の多くの傭兵たちにも。

 でも今、私が彼らの元へ戻るのは、迷惑以外の何者でもないだろう。

 ひとりの戦士として、どこへ行くことができるのか。

 戦いがあるところへはどこへでもいける。

 けど、私は今、一人でいられるとは思えなかった。

 誰かにそばにいて欲しかった。

「私は」

 一度、息を止めた。

 思い切りが大事だ。

 故郷を出た時のことが、思い出された。

 早朝に屋敷を出た時の、あの気持ち。

「私を、神鉄騎士団に、参加させていただけますか」

 その一言で、にっこりとコルトが相好を崩した。

「そう言うと思った。というより、そう言うしかないな。お前もつくづく、運のない女と見える。良いだろう。実力は織り込み済みだ、すぐに話を上へ通しておく」

 椅子を吹っ飛ばすようにコルトが立ち上がり、私の肩を叩く。

「お前のようなものがいると、心強い。俺に冷や汗をかかせた奴は久しぶりだ」

「冷や汗?」

 ここだよ、と彼が厚い胸板をさっと指で撫でてから「ジューナ殿に別れを告げておけ」と言って、身を翻して部屋を出て行った。

 そうか。

 コルトが私を蹴り倒す前のことを思い出した。

 槍を折られながら、一撃を繰り出した。

 当たったか、当たらなかったのか、よく分からないけれど、あの時のことを、冷や汗をかいた、と彼は表現したんだろう。

 私はしばらくその瞬間のことだけを考えて、コルトが残していった言葉を理解するのが遅れた。

 そう、ジューナに会わないと。

 身支度も何も、今の服装は地味な、でも着心地の良い服で、ちょっと大きさが合っていないけど他に着るものはない。

 そっと扉を開けると、最初に見た例の若い女性が壁に寄りかかっていた。

「こっちよ、ついてきて」

 それだけ言われて彼女が歩き出すので、私は黙って付いて行った。

 意外に大きな建物で、部屋は三階にあったようだ。階段でそれがわかる。窓からの景色では王城が見えたので、ルスタピアの中でも中心街にあるのだろう。

 玄関から出るとそこはすぐに大通りで、建物は壁で囲われていない。振り返ると、まだ新しいように見えた

「ついていった方がいい? ちゃんと戻ってこられるように」

 女性がからかっているのはわかったけど、私は真面目に「自力で戻ります」と応じた。女性は肩をすくめると、建物の中に戻っていった。

 私は通りを見通し、そしておおよその位置を把握すると、おそらく宿があるだろう方向へ駆け出した。 

 すでに王都は夕闇に包まれ、所々では明かりが灯っている。

 薄闇の中を私は駆けた。



(続く)

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