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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
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2-28 見知らぬ場所


     ◆


 ぼんやりと像が結ばれ、跳ね起きた。

 跳ね起きた瞬間、左の脇腹に激痛が走り、思わず短く悲鳴を上げて倒れ込んでいた。寝台に寝ていると理解したけど、それよりも痛みが激しく、自然と体を曲げてうずくまるしかない。

 息をするだけでも痛みが走る。

 じっとしてどうにか落ち着くのを待ち、今度はそっと姿勢を変え、そろそろと息を吸って、吐いた。

 骨ではなさそうだけど、内臓は間違いなくやられている。

 どうしても呼吸が乱れてしまい、咳き込むだけで刺すような痛みが襲ってくる。

 長い時間をかけて、どうにか寝台の上で起き上がり、周囲を見た。

 ジューナと一緒にルスタピアに来た時に取った宿の部屋ではない。しかし内装からして、紫紺騎士団の砦ではなさそうだ。どことなく優雅で、調度品に贅が見える。窓にはレースで編まれたカーテンが引かれ、今は日が差している。

 光が赤く染まっている。夕日だろうか。部屋に時計はない。

 また咳、そして痛み。

 呻いているところで、いきなり前触れもなくドアが開いた。

 若い女性で、私を見るとほころぶような笑みを見せる。

「どうやら死んではいないわね」

 ……表情とは裏腹に、辛辣なことを言うじゃないか。

「ここはどこですか?」

 声を発するだけでも痛みが酷い。

 ここがどこかを聞く前に、医者を連れてきてほしいと頼むべきだったか。

 女性が私の前に来て、顔を覗き込んでくる。近くで見ると女性は思ったよりも若そうだ。二十代前半くらいに見える。

 瞳がちょっと変わった光り方をしていて、色が変わっていくようだった。流動的な反射。

「思ったよりも幼そうね。我らがボスにやられたところはどう?」

「えっと、すごく痛んで、お医者さんを呼んでもらえますか?」

「わかったわ。うちの医者は死ぬしかないものは放り出すから、そのつもりでね」

 バシッと肩を叩かれ、痛みが走って思わず声を漏らしてしまった。

 可愛らしいこと、と笑ってから彼女はひらひらと手を振ると部屋を出て行った。

 その背中を見送ってから、そう、やっぱりここは紫紺騎士団の砦ではないのか、と考えた。彼女の服装は非常にラフで、とても兵隊には見えない。しかも凝ったデザインで上等な衣類に見えた。しかも残り香があり、香水をつけているようだ。

 香水をつける兵士なんて、いないだろう。

 でも、なんの仕事をしているのか。

 数分待つと、老人が部屋に入ってきた。今度はちゃんとドアをノックしてくれたけど、「どうぞ」というだけでもしんどかった。

 老人の服装は白い服を着ていて、一応は医者に見えるが長い髪の毛は真っ白で、伸ばしている髭も真っ白。なので、頭が巨大な毛玉みたいに見える。

 その老人は私の腹に服の上から触れ、「フゥム」などと言って、ゆっくりと移動させる。

 変なことをしそうでもなかったけど、念のために警戒していると、すっとその皺だらけの手が上に上がってきたので、反射的に手首を掴み止めた。

 毛玉の中に埋もれている瞳がこちらを見る。

「診察だ。手を離せ」

「いえ、今のは性的な嫌がらせです」

「違う、診察だ。離せ」

「いえ、違います」

 こういう時は自然と声が出るのだから、不思議だ。

 老人は鼻を鳴らすと、ちょっと手首を捻り、私の手を振り払った。

「なら、この老人は必要あるまい。邪魔したな」

 そんないじけ方をしないでも……。

「すみません、ちゃんと治療してください」

「したぞ。まだ治療してほしいのか?」

 ちょっと驚いて、自分の手で脇腹に触れてみた。

 痛くない。さっきまであんなに痛かったのに、今はちっとも痛まないのだ。

 自分でもわかるほど目を見開いて老人を見ると、「まだ治療するか?」と確認され、どう答えることもできない。私が黙り込んでいると老人は「それではな」と今度こそ部屋を出て行った。

 私はもう一度、自分の状態を確認した。

 脇腹は痛まないし、他にはどこにも痛みはない。

 恐る恐る、立ち上がってみる。どこも痛まない。まっすぐに立てる。

 呼吸をする。大丈夫。深く吸って、深く吐く。大丈夫だ。

 さて、と扉に向き直ろうとすると、急に人の気配がした。

 勢いよく振り返ると、例の大男、私を打ちのめした斧使いの男が、開いた扉の横に寄りかかって立っていた。

「変な呼吸法でも身につけているのか」

 そんなわけ、あるか。

「いえ、その」

 言い訳する必要もないけど、礼を言う必要はあるだろうか。

 その前に聞いておこう。

「あなたは、どなたですか?」

 フムン、と男性が頷き、部屋へ入ってくる。やっぱり見上げるほど大きい。私の頭の先は彼の胸あたりにしか届かないだろう。

 目の前に立ち、彼が身を屈めることで視線の位置を合わせた。

「俺はコルト・フレアソードというものだ」

「あなたは、紫紺騎士団の方でしょうか」

 そう見えるかね、と彼が自分の服を摘まんで見せる。

 彼が身につけている衣類は、もちろん大きさからして特注だろうけど、それにしては控えめながら高級品に見える。複雑な染め方をされ、さらに細かな刺繍が入っている。

 こんな服を身につける兵士はいないし、軍人でもそうはいないだろう。

「どこの人間だと思う?」

 そう確認された時には、おおよその答えは出ていた。

「傭兵でしょうか。それも、相応の傭兵隊、もしくは、傭兵団」

「それくらいの常識はあるらしい。ここは神鉄騎士団のルスタピア支部だ」

 ガツンと頭を殴られたような衝撃があった。

 神鉄騎士団?

 今の人類圏で、国をまたいで活動する巨大な傭兵組織が八つあって、八大傭兵団などと呼ばれる。

 そのうちの一つが、神鉄騎士団である。

 ルスタピアに支部があってもおかしくはないけど、なんで私がここにいるのか。

「医者の治療はうまくいったか?」

 いきなり聞かれて、そうか、彼が私を蹴りつけたから、感触で負傷のほどもわかっただろう。

「ええ、その、今は痛みません」

「そいつはよかった。あの老人はちょっとその、いやらしいが、問題はなかったかね」

 ありません、と答えたけど、笑われてしまったので彼は本当のところを察したようだ。

「お前が眠っている間にあったことを話そう。と言っても、ほんの半日のことだがね」

 ま、座れ、とコルトが言うので、私は寝台に腰掛けた。彼は部屋の隅にあった椅子を持ってくるけど、彼と比べるとものすごく小さく見える。座ると今にも分解しそうな軋み方をして、どうにか持ちこたえた。

 そんなことにはお構いなしに、悠然とコルトは足を組んだ。椅子が文字通り、悲鳴をあげる。

「紫紺騎士団は、お前を諦めた」

 そっけない口調だった。

 しかし、諦めた?

「藤の傭兵隊のメンツは俺たちが立てた」

 どういう意味だ?

 コルトは表情を変え、嬉しそうに笑っていた。

 私はきっと、不安そのものの顔をしていただろう。

 実に対照的な感情がそれぞれにあった。



(続く)

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