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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
69/213

2-27 生と死の狭間


      ◆


 気持ちは瞬間で切り替えられた。

 高い集中が、世界の動きを緩慢にさせる。

 斧はそれでも早い。空気を裂く音さえも置いてけぼりにして、向かってくる。

 受けるか、避けるか。

 避ける。

 半身になって斧が至近を通過するのを観察。

 巨大な刃が地面に衝突すると、えぐれ、土が跳ね飛ばされる。

 その幕を突き破って、横薙ぎが来た。

 後ろへ跳ねる。

 男は斧の勢いのまま体を一回転させ、先ほどよりも重く、強い横薙ぎを繰り出してきた。

 跳躍、ただ跳ねるのでは足りない。

 足を斧にかけ、そこを蹴り、高く舞い上がる。

 もちろん、それだと着地ぎわを狙われる。

 そのセオリー通り、男着地点を予想して突っ込んでくる。

 さっと槍を地面に突いて、呼吸をずらす。

 私のすぐ下を斧の巨大な刃が走り抜け、やっと私は地面に戻る。

 演技だろう、大げさに口笛を吹いてから男が構えを解いた。

「身が軽いな。雑技団か何かの出身か?」

 おどけているけれど、目は本気だ。

 さっきまでは少し、手を抜いていたんだろう。

 この男の手の内は、はっきり言って何も見えない。

 どう崩すべきか、どう崩せるか、見えないままだった。

 私は集中を高めるために、槍を大きく振って、構え直した。

 それだけで呼吸が落ち着く。そういう訓練をしてきたのだ。

 間合いに関してはほぼ互角。しかし打撃力では、こちらが圧倒的に不利。速度はやはり互角。

 ファクトを、イレイズを、使ってみるか。

 集中し、まずは視線に乗せる。

「おっと」

 軽い声に、私は愕然としていた。

 男の斧を狙ってイレイズを発動させたのを、男がさっと斧を引いたのだ。そのせいで私のイレイズは不発で終わった。

 ニヤニヤとした人の悪い笑みが向けられる。

「そんなに視線に力を込めているんじゃ、すぐわかるわな」

 それがきっかけだったように、男が突進してくる。

 出し惜しみはない!

 私は男の進路を塞ぐべく、無数のイレイズによる破壊座標を展開する。

 対応は、驚くべきものだった。

 男の斧が地面にぶつかり、そのまま大量の土砂がこちらへまき散らされる。

 そこに私がイレイズを発動したため、その破壊が起こる空間は、土砂が消えてなくなるという形で驚くほどはっきりと見て取れた。

 その隙間を素早く男が縫ってくる。

 なら槍に乗せて、斧を破壊するまで!

 こちらから間合いを詰め、斧を狙って槍を突き出す。

「だからさ」

 男が言いながら、斧の軌道を変化させ、こちらの槍をかいくぐる。

「そんなに気配に滲ませているんじゃ、バレバレだよな」

 まるで蛇のように曲がりくねった軌道を描いた斧が、私の頬をかすめる。

 間合いを取ろうにも、すでに近すぎる。

 すでに土砂はない。

 見ることなくイレイズを発動。

 これには男が慌てた様子で後退した。一発だけがかすめて、彼の着物の肘のあたりがほつれていた。

 しかし戦闘に支障はない。

「意外にやるのはわかった。ただまだまだ荒削りだな」

 男が長い柄を振って、斧の巨大な刃を地面に突き立てた。

 それから黙って見ている三人の男の方を見ると、さっきとは違い、陽気さの欠片もない冷たい声で言った。

「殺しちまっていいのかね。それとも生かしておくべきかな」

 好きにしろ、と一人が答えた。

 肩をすくめて、男がこちらに向き直る。

 冷気が、周囲を吹き抜けた気がした。

 太い指がゆっくりと柄を握り直し、斧を引き抜く。

「ま、生きるか死ぬか、自分で決めろ」

 ぐっと腰が下がり、男が跳ねるように飛び出してくる。

 反射的にイレイズをデタラメに連射した。

 なぜ見えるのか、どういう仕組みなのか、男の小刻みなステップがそれをことごとく避けていく。

 間合いはあっという間に消える。

 斧の横薙ぎを槍で受け流す。鈍い痛みが腕に走り、槍の表面で火花を上げながら斧が滑る。どうにか勢いを逃した時には、手がビリビリと痺れていた。

 もちろん、これで終わりではない。

 飛燕の如く素早く翻った斧は、頭上に振り上げられている。

 こちらの姿勢は先ほどの受けで、完全に崩れ、足の位置からして完全な回避は不可能。

 その回避に賭けるか。

 受けるとして、受け止められるか。

 男の目には明白な殺意。手加減の要素はない。

 生と死の狭間に、私はいる。

 そして生き残るか、死ぬか以外に、ここを抜け出す道筋はない。

 斧が落ちてくる。

 審判の時だ。

 私は受けを選んだ。

 些細な力加減、槍を構える位置、姿勢の微調整、全てが刹那の間に算出された。

 斧が槍に落ちた。

 まるでそれは落雷で、甲高い破砕音が鳴り響いた。 

 手元で槍が二つに折れる。

 男の表情にほんのかすかに、何かが差した。

 槍は折れた。

 折れることで斧の勢いをわずかに緩めた。

 そして折れた槍はそれぞれに両手にある。

 私を断ち割るはずだった斧は半身になった私の前を過ぎていき。

 その間に私は決定的な踏み込みをして。

 柄を半分失った槍の穂先が、男の胸元に突き込まれ。

 強烈な横からの衝撃。

 回し蹴りだ、と気付いた時にはあまりの強烈な打撃に、私の体は地面を二転三転し、どうにか止まった時には意識が朦朧としていた。

 空を見上げているのに、まるで自分が空を見ているようではない。自分が空に浮いているような気さえした。

 遠くで声が聞こえるけど、すぐに聞こえなくなった。

 視界も暗くなり、負けた、ということだけがはっきりと頭に残り。

 細く息を吐いた時に、意識さえも抜け出していったようだった。

 闇。沈黙。



(続く)

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