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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
68/213

2-26 圧倒

      ◆



 紫紺騎士団の砦に入るのは、前日のうちに手形を受け取っていたので誰何もされなかった。それでも建物の入り口には案内役がいて、先に立って歩いた。

 砦を囲む壁と砦そのものの間を抜けていくので、建物の中の稽古場ではなく、庭かどこかで手合わせになるらしい。

 案の定、庭のようなところに出て、そこに昨日の三人の男性が三人の男性を連れて、六人で待っていた。

 今日、初めて見る顔は、なるほど、一線級の兵士のようだ。

 私とジューナが頭を下げているところへ、「無駄を省こう。始めるぞ」と男性の一人が言ったので、私は顔を上げて進み出た。

 六人のうちの一人が進み出て、他は下がった。ジューナも後ろへ下がった。

 向かいに立った一人は、上背があり、しかし細身だ。

 なるほど、そういうことか。

 背中に背負っている大剣が引き抜かれていく動作で、その男性のファクトはおおよそ見当がついた。

 私は素早く槍を構え、間を置かずにそこに男が突っ込んでくる。

 身を屈めて、足を送るわけではなく、まるで地面すれすれを跳躍したようだった。

 事実、そうなんだろう。

 振り回される大剣を槍で受け流す。

 手元で小さく槍が回転し、男を打ち据える。力を込めたけれど、男の腕がそれを受け止めた。

 ただ、具足は砕け、骨に打撃が突き通った感触があった。

 しかし片腕で常識外れの力を持って、大剣が振り回される。

 見えているぞ。

 足でその大剣の根元を蹴りつけることができたのは、筋があまりにも露骨だからだ。

 柄を蹴り上げられた大剣が宙に飛ぶ。

 私は姿勢を乱すことなく、槍を振り回し、男の首筋を切り裂く寸前で止めた。

 男の顔が片腕の痛みのためか、顔をしかめ、その肌からどっと汗が噴き出して粒になる。

 その後に続いた残りの二人も似たり寄ったりだった。

 私の槍についてくることはできず、体術についてくることもできず、技でも劣り、速度でも劣り、いいところなく敗北した。

 どういう立場なのかを一切、明かそうとしない初老の三人は、最初こそ怒りで顔を真っ赤にしていたが、最終的にはそれを通り越して顔面蒼白だった。

「くだらん手品だ」

 最後の一人が首筋を打たれて昏倒したまま運ばれていくのを見送り、三人のうちの一人が言った。

「そんな技など、戦場では役に立たん」

「では」

 応じたのはジューナだった。

「一度に四人でも五人でも、ぶつければよろしいかと。少なくともこのものは、五人でも決して不足はないでしょう」

 やってみるか、と男性の一人が恫喝するような口調で言ったけど、お好きにどうぞ、とジューナははっきりと答えた。

 沈黙。

 重苦しく、ピリピリとした沈黙だった。

「おや、遅れちまったかな」

 いきなりの声は、その場にいる五人の誰のものでもなかった。

 私は反射的に顔を上げ、そちらを見た。

 私とジューナを案内してきた男が、全く見知らぬ男を連れてそこにいた。

 その男は上背があるけれど、普通の長身よりも頭一つは高く、見上げるような位置に頭があった。体もがっちりしている。

 背中に長い柄をつけた斧を背負っているけれど、まるで重そうには見えない。

 顔の作りも無骨で、眉が太い。ただ愛嬌があり、今もニコニコと笑っている。

「紫紺騎士団が試験しているはずだけど、もう終わったのかい?」

 まるでこの場の緊張などないかのように、男はそう言って進み出てくる。

 やっと三人の男が気を取り直し、「その娘だ」と一人が言った。

 私は闖入者に頭を下げたが、「頭を下げるなよ」と声をかけられ、顔を上げた。

 その男の表情に瞬間、殺気が宿った。

 私は身じろぎもせず、反射的にやはり殺気をぶつけていた。

 ほお、と男が小さく言葉を漏らし、そして肩越しに柄を掴むと、斧を構えた。

「試験が終わっているのなら、俺が相手をしていいよな、ご老人たち」

 男の調子のいい口調に返事はなかった。

 私はといえば、槍を構えるしかなかった。

 この男は、生半可な相手ではない。楽に勝つなど不可能だ。そもそも勝てるかどうか、わからない。

 さっきまでの三人とはまるで違う、上位の使い手だった。

 斧が振られるけれど、牽制だ。私も槍の位置を細かく変える。

「槍術の型としては、ファクトっぽいな」

 私が黙っているしかできないのに、男は言葉を平然と発する。呼吸を読むのは容易なのに、呼吸を読んで踏み込むのは難しい、という奇妙な感覚が私にはあった。

 下手に踏み込むと、斬り殺される。

 その上、こちらが甘い打ち込みを仕掛ければ、逆にやはり斬り殺されそうだった。

 仕掛けることができないのに、受け止めることもまたできない感覚さえもあった。

 つまりまだ一度も刃を交えていないのに、こうして相対しただけで、私は色濃い敗北の予感に包み込まれていた。重い重い、振り払えない、拭いがたい敗北の予感だった。

 すっと横へ足を踏み出す。男もわずかに足の位置を変える。

 だめだ、踏み込めない。

 どうやったら攻撃を防げる? いや、受け止める余地はない。

 受け流せるか。きわどい。少しの手元のブレで、槍など跳ね飛ばして私が両断される。

 では回避できるか。回避して勝てるとは思えない。一度や二度、攻撃を回避しても、その動きで誘導され、三度目、遅くとも四度目の振りはこちらが動けないところへ来る。

 本当に細い筋にしか、私が勝てる道筋はなさそうだった。

「お嬢ちゃん、傭兵なんだってな」

 男が平然と言葉を口にする。

 緊張し、心は今にも引き裂かれそうなほど張り詰めている。

 踏み出せる余地は、あるか。

 ここで踏み出さなければ、ただ殺されるだけだ。

 これは手合わせではなくなっている。

 殺し合いですらない。

 私がどう殺されるか、殺されずに済むか、というところにしか余地がない。

「片目がないのは、戦ったからか? 魔物が相手か? それとも人間か?」

 やっぱり答えられない。

 私は唾を飲むこともできず、息さえも詰まったまま、槍の位置を変える。

 しまった、と思った時に、男が笑った気がした。

 まるで壁が迫ってくるように、精神的な圧迫感と同時に男が間合いを消した。

 斧はすでに振りかぶられ、こちらへ落ちてくる。

 戦うしかない。




(続く)

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