2-25 一振りの剣
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ジューナは私を連れてミテアに戻り、すぐに旅支度をさせると、冬の気候が戻ってきた雪が舞い散る日、私を連れて一路、ルスタピアへ向かうこととなった。
見送ったのはファルナとルガ隊の生き残りの二人で、この時にはすでにルガ隊だったその二人は別の隊に移籍していた。
別れの言葉もなく、私とジューナはそこを離れた。
ルスタピアへの旅は街道を進むだけで、しかも馬を使ったのであっという間だった。
急いだこともあり、ほんの三日でルスタピアにたどり着いた。
数多くの騎士領を統括す立場の騎士王がいる場所。
ルスター王国の王であるその人物は、しかし例えば選ばれた血筋であるとかではなく、騎士たちの選挙によって選ばれる存在だ。
王国の舵取りもいくつかの騎士家の合議で決定するため、民主的な国ともされるけれど、私から見れば総合力の点で劣るのでは、と思わざるをえない。
全ての国力を一点に集中し、一人の意志、決定の元に全力をぶつける、というようなことはこの国ではないだろう。
騎士家一つ一つがバラバラに動くことはないけれど、派閥のようなものは存在する。騎士家同士の結びつきには、多分に政治的な匂いがあるのだった。
この駆け引きは、王国の筆頭騎士団である紫紺騎士団にもあるのは間違いない。
旅の間にジューナが私に念押ししたのも、決して自分の血筋を利用しようとするな、ということだった。
「騎士家を捨てているという主張を変えるな。それがお前の家族の平穏を守ると思え」
私としてももう家は捨てているし、今更、血筋を頼ろうという気もなかった。
純粋に、一人の人間として扱って欲しかった。
まるで一振りの剣のように。
王都ルスタピアに着いた日は、北上したこともあって、やはり雪が少しだけ舞っていた。
ルスタピアは城壁に囲まれている都市だけれど、私が学んだところではここ百年以上、この城壁が脅かされたことはない。王国がそれだけ強固というものもいれば、魔物の存在で人間同士に争う余地がないからだというものもいる。
城壁の門は開放され、自由に出入りできた。
通りは碁盤目のように見えて、その細部は複雑に入り組んでいる。防御のための構造なんだろう。
ジューナは慣れた足取りで私を一つの立派な建物に導いた。
小さな砦のようなところで、旗が掲げられているので、それが紫紺騎士団の建物だとわかった。
入り口には門衛がおり、そこではさすがに誰何された。ジューナが書状を門衛に手渡すと、それが通行証代わりらしく、道を開けられ、私たちは中に入ることができた。
もちろん、建物の入り口にいる衛兵に引きとめられ、今度こそ書状を持ったその衛兵が建物の奥へ駆け込んで行った。しばらく立って待っていると、衛兵が戻ってきて「こちらへ」と先導し始めた。
建物はだいぶ古いようだけれど、手入れは行き届いている。
内部も複雑な構造だったが、案内されたのは一階の奥にある広間だった。
中に入ると、高級そうな服をまとった男性が三人、テーブルを挟んで向かいあい、何か話していたようだったのが、ピタリと会話が止まる。そしてそれぞれがこちらを見た。
年齢は三人とも同じほどで、五十代、もしくは六十代だろう。
武闘派の気配はするし、全員が引き締まった体躯と表情をしているけど、第一線に立つような張り詰めた感じはしない。
「藤の傭兵隊のものだな」
一人の男性がそう言って、私を無遠慮に見ているのが感じ取れた。私はさりげなく頭を下げているので、直接に見ることはできない。
「女の戦士を寄こすとは、よほど人材が払底していると見える」
「資金援助の割り当てを減らすべきかもしれん」
「大して割り当ててはおらんよ」
三人がめいめいに言っているところへ「恐れながら」とジューナが低い声で言った。
「この娘は、優れた戦士でございます。ただ、自由を求めております」
「自由? 兵士に自由などあるものか」
「ですから」
ジューナが顔を上げたのが空気の動きでわかった。
「ですから、この娘を試験していただきたい。この娘を使いこなせるものが紫紺騎士団におられるのなら、この娘は、何もかもを紫紺騎士団に捧げるでしょう」
笑止、と一人が言った。
「我らをなんだと思っている。ルスター王国の筆頭騎士団、紫紺騎士団だぞ」
「この娘の器を、見誤っております」
「下がれ。藤の傭兵隊との関係を絶っても良いのだぞ」
ジューナは動かなかった。三人の男たちも黙っているようだ。私はずっと頭を下げていた。
痺れを切らしたわけではないだろうが、男の一人が「交換条件を出そう」と言った。
「その娘が我々の手に余るとなれば、自由にしてやろう。しかし我々を満足させられなければ、ただの兵として使う。藤の傭兵隊も相応の立場になると思え」
ありがとうございます、とジューナが頭を下げたけど、私は内心、動揺していた。
私自身が自由になるかどうかに、藤の傭兵隊の今後が付属してしまっている。
自分の自由を賭けるだけではなく、藤の傭兵隊の今後さえも、私にのしかかっているのだ。
明日の昼過ぎに手合わせをしよう、と男の一人が言って、それで退室した。砦を出て、通りを歩き始めてしばらくしてから私はジューナの問いかけていた。
なんで私にそこまでするのか、それが知りたかった。
「お前の才能だよ、ユナ。お前と接したものは、みんな、お前の才能に惚れ込むらしい」
納得できる答えではないけれど、まさか今から、紫紺騎士団に頭を下げて全てを取り下げるわけにはいかない。私が何かに縛られても構わないから、藤の傭兵隊をそのままにしてくれ、と言えれば、少しは楽だったかもしれない。
しれないけど、できないのだ。
私のわがままが、それを許さない。
その夜、ジューナは宿の部屋で私に美味しい料理を食べさせてくれた。
「これが最後になるかもしれないしな」
不吉なことを言わないでほしい、と思ったけど、聞こえないふりをしてやり過ごした。
翌朝、目が覚めた時から、何かが違うのがわかった。
いつになく心が落ち着いていて、体の感覚が隅から隅まではっきりと把握できた。
朝食の後、宿の部屋で座り込んで、呼吸を整えた。
細く息を吸い、吐く。目は瞑り、体を停止させる。
全てが整った。
時間だ、とジューナが声をかけてきた。
私は魔物から奪った槍を布で包み直し、片手に提げた。
ジューナが笑みを見せてくるけど、私は表情を変えなかった。
勝負は、これからだ。
(続く)




