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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
65/213

2-23 シフト

     ◆



 布が頬をかすめていく。

 イレイズを連続発動、布を跳ね上げ、さらに弾く。

 ジューナ自身が飛び込んでくるのを、槍の先で牽制。切っ先を見切って回避するジューナが見えた時には、こちらからも間合いを潰しにいく。

 布が器用に翻り、側面から向かってくるのを、際どい動きで回避。

 槍の勢いが削がれるも、そこをランサーのファクトの技量で制御する。

 蹴りが胸を打つのと同時に、槍の石突きが地面に食い込む。

 地面を蹴り、槍を軸に体を旋回、蹴りを叩き込むとたまらずにジューナが布を盾として受けるが、勢いを殺しきれずに足が地面を抉る。

 二度、三度と蹴りつけてから私も着地し、今度は反撃の布による攻撃を槍で受け止め、受け流し、いなす。

 すっと伸びてきたジューナの手が私の襟首を掴む。

 槍の柄を当てて、梃子の原理で引き剝がし、私自身は横回転をして肘打ちをジューナに叩き込もうとした。

 しかしこれは読まれている。

 布に肘が当たり、跳ね返される。ただの盾ではなく弾く特性があるので、瞬間、腕は逆方向に力が加わることで砕けそうな激痛が走る。

 でもこんなこと、よくあることだ。

 弾かれた反動でもう一度、槍を地面に突き立て、軸とする。

 今度は横ではなく、斜めに体を動かし、縦に踵を落とす。

 狙ったジューナは横へ逃げているが、それを今度はこちらが読んでいる。

 着地と同時に槍を引き抜き、石突きが弧を描き、ジューナに叩きつけられる。

 布が頭上に展開され、槍を受け止めるが、反動がさらに私を加速。

 手元で槍を捻り、穂先が小さな動きで、ジューナの胸に突き進む。

 胸に直撃するが、服を貫けない。

 ジューナのファクトはやはり鉄壁だ。

 ただ、跳ねた槍は私の制御下にある。

 弾かれたようにジューナが距離をとり、タバコを吐き捨てた。

「貴重な一本だぞ」

 そう言っている声は不機嫌でも、顔は笑っている。

 私はタバコを粉砕した槍をぐるぐると回し、構えを取る。

 もうジューナは次のタバコを取り出そうとはしない。

 冬の原野での稽古は一ヶ月半が過ぎていた。もう雪が降るようなことはなく、残雪も消えつつある。

 この一ヶ月、私は徹底的に槍術をジューナに、極めて実戦的に叩き込まれた。

 間違いなくジューナは一流の戦士だった。

 彼は私に教えてくれていた。自分のファクトを。

 絶対的な防御力を持つファクト「フリップ」と、超高位の技量を備えた「シールダー」のファクト、このダブル・ファクトは間違いなく、鉄壁の組み合わせだった。

 その上に、戦いに戦いを重ねたものだけが持つ、基礎的な技量と応用力、経験値が加わり、個人としては最強の存在のように私には思えた。

 私が繰り返した訓練は、このどこを取っても欠点がないような、まるで巨大な城壁のような使い手を、いかに攻略するか、というところに集約される。

 まだ完全に攻略はできない。

 でもタバコに槍をかすめさせることはできる。

 そんなことで勝ったとは言えないし、そもそもタバコを狙うようなことは非実戦的、全くの無意味なのだけど、それでも、わずかに肉薄はしている。

 ランサーのファクトは、それ自体に一つの流派のようなものがあったようだが、今ではそれとは違う、独自の感覚と技が多く作用し、体に染み付いた亜流の技となっている。

 カンが言っていたことが、何度も脳裏をよぎった。

 ファクトという先天的な能力、その中でもセイバーの剣術を使った彼の技は、極端に整理されていた。スマートで、乱れの無い、お手本のような剣術。

 私のランサーの槍術にも、そういうところがあった。無駄がなく、まっすぐで、正統派の技。

 しかし今、私が身につけ、自在に操る技には、そういう洗練されたものは無いだろう。

 がむしゃらで、時に雑になり、しかし速く、強く、読めない技。

 ファクトを使いこなすということを私は通過し、ファクトをさらに上位のものにシフトすることが、この一ヶ月の成果の一つだった。

 もう一つ、イレイズのファクトもまた、手足のように、扱えるようになった。

 これは一週間ほど前、終わりにしよう、とジューナの方から言っていた。

 私は思わず笑ったけど、彼は憮然とタバコに火をつけ、いつもより乱暴に、あっという間に一本を吸いきっていた。

 もはや私のイレイズの不可視の攻撃は、槍の動きにも、視線の先にも限定されない。

 もちろん、槍に乗せたり、視線に乗せる方が明確に、精確に破壊を向けることができる。

 ただ、今では見えていなくても、自分の周囲なら直感的に効果を発動することができた。

 こうなるとジューナの鉄壁のファクトでも、対処するのが難しい。彼が盾の代わりにしている布はもう何枚目かはわからないけど、少なくとも直近では一日に二枚は破れていた。

 物資を届けに来た傭兵たちは、自分たちが運んでいる布の束が何のためのものか、いくら考えても想像してもわからなかっただろう。

 破けた布は焚き火にくべられて、燃やされていた。だから布がどこへ消えているかも、やっぱり想像の外だったはずだ。

 二人でそれぞれ槍と布を持って向かい合う様は端から見れば不自然だっただろうけど、私もジューナも真剣で、その闘気は、時にまるで物体のようにお互いの体を打った。

 その日も日が暮れるまで技を確かめ、ジューナが「飯にしよう」といったところで訓練は終わった。

 一日に二度、水を汲みに行くので、私は槍を置いて小川まで水を汲みに行った。

 小川が見える丘の上からだと、農耕地の色が変わっているのが見える。もうそろそろ春になる。農夫たちが手を入れ、何度目かの肥料をまいたのだろう。

 春が来ればあそこに作物が育つと思うと、何か、感慨深かった。

 レオンソード騎士領のことをしばし、考えた。

 あそこでも今頃、作物を育てる準備が進んでいるのだろう。

 リツは何をしているのだろうか。

 今もあの土地で、小作人をしているのか。

 故郷に戻れば再会できるとは、あまり考えなかった。

 無意識に手が左目のあたりに触れた。

 ルッカの最後の一撃で切り裂かれたそこには、ずっと眼帯をしている。刃傷は結局、消えることはなく、左の眼球はしぼんでしまっていた。たまに痛むこともあるが、普段は気にすることもない。

 水を汲んでジューナの元へ戻ると、すぐそばに馬が一頭、見えた。

 そして焚き火を挟んでジューナと向かい合っているファルナの姿が見えた。私に気づいた彼がさっと手を挙げる。私は足を速めた。

「意外に早く形になった、と話していたところだ」

 私が腰を下ろすと、すぐにファルナがそう言った。そうですか、と答えながら、私は焚き火にかける鍋に水を入れた。小川の水は綺麗だけれど、一度、沸かしてから飲むようにしている。

 ファンナは持参した瓶から小さな器に何かを入れて飲んでいたけど、匂いからすると酒のようだ。透明なので、水に見える。

「例の話はもう聞いているか?」

 そうファルナが言うのに、やっと私は顔を上げた。常備している、集落で買った干し肉を枝に刺して火にかざしたところだった。

「何の話でしょうか」

 ジューナを見るけど、彼はじっと焚き火を見ている。

 その表情は明かりの中で明滅して、どこか憂鬱そうで、年を五つも六つも一度に重ねたようだった。

 その表情を見てから、ファルナが微かに息を吐いた。

「俺から言った方が良さそうだ」

 勢いよく器を干すと、ファルナがこちらを見た。その表情もまた、焚き火の灯りが揺れるせいで、明滅していた。

「お前を紫紺騎士団へ譲る、という話があった」

「え?」

 反射的にジューナを見たけど、彼は動こうとしない。その彼にじっと視線を注ぐ私に、ファルナが視界の外から話す。

「紫紺騎士団から、人員の補充の要請があった。これが初めてじゃない。もう数え切れないほど、俺たちも、他の傭兵隊も、そういうことはしている。将来を約束された転属、って感じだな。そこで俺は、お前とシグを指名するつもりだった」

 私と、シグを。

「ただ、例の一件があって、シグは死んだ。お前一人で送り出すことを、俺は迷った。精神的に弱い人間は、戦場だと何をしでかすか、わからん。どれだけの技量があろうとだ。だからお前をジューナに預けた」

 私はまだ動こうとしないジューナを見つめていた。

「お前はどう思う? ジューナ」

 そのファルナの問いかけに、ゆっくりとジューナが顔を上げ、私の瞳を見た。

 私も彼の瞳を見た。

 焚き火の炎が彼の瞳の中で、揺れているのが、はっきりと見えた。




(続く)

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