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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
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2-18 窮地


      ◆


 ミテアの街に戻り、冬の間にも魔物の顕現は続き、ルガ隊の出動は一ヶ月で三回、討伐した魔物の数は四十一体になった。

 損耗はルガ隊からは一人が再起不能になり、藤の傭兵隊の支援部門に異動になった。負傷者は三人で、しかしそれぞれに回復して戦線に復帰している。

 ファルナが何回か藤の傭兵隊の本隊に出向き、他の隊との情報交換をしたようだ。さらに他の連携している傭兵隊との連携も確認したらしい。

 私にはそれほど実感はないけれど、魔物の顕現の頻度はいつになく高いようだ。

 傭兵たちは手当てももらえるし、傭兵隊としてもルスター王国からの報酬が入るはずで、金銭的には余裕ができるけれど、一方で頻繁な戦闘には疲労もある。

 その日はやっぱりファルナは本隊との協議に出向いていて、待機しているのはルガ隊だった。

 魔物の顕現の通報があり、ルガ隊九名が馬で急行した。一人は新入りだけど、私はあまり関わっていない。年齢は二十代で、元はルスター王国軍で訓練を受けたのが、何らかの利用で除隊になったという。一部の傭兵は、彼は脱走兵だ、と笑ったりもしたけど、真相を私は知らない。

 冬なので原野の草は全て枯れ、雪もまだ多く残っている。

 丘の一つに駆け上がると、魔物の群れが移動しているのが見えた。全部で十体ほどか。

 ルガが身振りで突撃を指示した。十体なら九人で当たればおおよそ一人で一体倒せばいいのだ。当然の戦法だ。

 丘を駆け下りる勢いで魔物に突っ込み、三体を踏み潰し、馬を降りて、残り七体に全員で突っ込む。

 私はもう、諦めることもないし、無謀なことをする気もない。

 シグがすぐ横にいる。

 連携して、まず一体の胴体を両断し、もう一体は首をはねた。

 他の魔物はすでにおおよそ倒され、援護するまでもなく、最後の一体が倒れ、全部がチリに帰って行った。

 勝った。生き残った。

 しかし、これで終わらなかった。

 ルガが損耗を確認しようとした時だった。

 風が吹いた。生ぬるく、粘つくような風。

 全員が同じ方向を見た。

 草と雪が解けるように崩れ、それが別の形になる。

 足のようなものができ、腰が出来上がり、胴、肩、腕、首、頭と、人間そっくりのものが、そこに完成した。

 長い髪の毛は鋼のように光を照り返し、皮膚は真っ白だ。

 上背があり、顔は異常に整っている。

 まるで作り物、芸術品。

 無欠の存在を作り出したような、不思議な違和感。

 傭兵たちはただそれを見ていた。

 呆然と。あるいは、愕然と。

「騎士級の魔物だ」

 誰かが呟いたのが、きっかけになった。

 魔物の手の中に忽然と槍が生まれ、同時に周囲の虚空から魔物が出現していく。

 魔物には階級が当てられており、普段、相手にするような魔物は、奴隷級、などと呼ばれる。

 これより上位にあるものが騎士級であり、その上に爵位級があるとされるが、爵位級の魔物は人間百人と引き換えに倒すことができる、などと言われる。

 伝説上の存在として爵位級より上位に、魔王が三体、存在し、最高位は魔神というのが過去の記録だ。

 とにかく、私たちは今、極めて危険な事態に直面していた。

 騎士級の魔物の周囲には奴隷級の魔物が、二十体、いや、三十体、出現している。

「第三陣形! 戦術四番、九番!」

 ルガの緊張した声に、傭兵たちが動き出す。

 防御陣形を組み、二人が伝令として後方へ走った。指笛が吹かれると、馬が彼らに駆け寄る。

 そちらを見ている暇はない。

 騎士級の魔物が槍を振ると、一斉に魔物が押し寄せてきた。

 三十体だ、正面切ってのぶつかり合いで対抗できないものではない。

 傭兵たちが二段に構える。その後方にいる弓矢を装備したものが、矢を射ると、風を切ったそれが魔物を一体、二体と転倒させる。

 しかし勢いは止まらない。

 気づくと奴隷級の魔物が陣形を作っている。ありえないことではないが、今は問題だ。

 数を覆せるのは、傭兵が連携し、魔物が連携しないことが前提になっている。

「第六陣形! 前進!」

 即座に指示がある。

 七人が三人と四人に分かれ、魔物の方へ突っ込むが、三十体の両側を駆け抜ける形になる。すれ違う魔物を仕留めようとするが、私とシグ、もう一人の傭兵の三人の組では二体を仕留めただけだ。

 魔物の群れが停止し、そこへ更に私たちが包囲して攻撃するが、三十体を七人で包囲するのは不可能ごとだ。

 ルガの声が聞こえる。隊を一度、一つにまとめようとしている。

 シグが声をかけ、私ともう一人は魔物を牽制して、合流しようとした。

 視線を配る。魔物はこちらに押し寄せない。もう一隊の組の方へ押して行っている。

 違う、牽制だ。

 ドッと三十体が反転し、私たち三人を飲み込む構えを見せた。

 ルガは、と最後に視線を向けた先で、彼は例の騎士級の魔物と切り結んでいた。

 それ以上は見ている暇はない。

 シグが叫ぶように指示を出す。連携を呼びかけている間に、仲間が一人、魔物三体による圧力に屈して、飲み込まれた。

 二人で三十体を凌ぐ戦いは、非現実的だ。

 しかし撤退はない。それに仲間が魔物を背後から襲うはずだ。

 ただ、どこまで凌げるか。

「全力だ!」

 シグが叫ぶ。

 出し惜しみをするな、ということか。

 剣を握る手は、不思議と固まってはいない。

 緊張しつつ弛緩する、奇妙な境地。

 集中が極限に高まる。

 魔物を切ればいい。

 倒すか、倒されるかだ。

 躍動し始める私とシグは、阿吽の呼吸でお互いの死角を補い合っていた。

 ファクトを使う時だった。

 イレイズのファクト。

 視線を辿らせる余裕はない。

 剣の先へ、意識を集中する。

 剣を持つ手から、刃に絡みつくように、力が迸る。

 切っ先を向けられた魔物の上体がごっそりと消える。

 しかし彼らが怖気付くことはない。

 奴隷級とはよく言ったものだ。

 殺戮が始まる。

 二つの殺戮が。

 私とシグは魔物を切り裂き、砕き、突き倒し、解体した。

 耳は聞こえない。悲鳴も断末魔も、遠い。魔物が泣き叫んでも、人間が声をあげても、全ては遠い。

 倒すしかない。

 倒されないために。

 どれだけが過ぎたか、シグの剣が魔物の胸を貫き、折れた。

 私の剣がその魔物の上体を捉え、イレイズのファクトがそれを消し飛ばす。

 魔物は全て、倒れた。

 殺戮は終わった。

 ほとんど同時に、もう一つの殺戮も。

 立っているのは、ルガだった。巨体が、両手でやはり大きな斧を構えている。

 その首から上がない。

 緩慢に、ルガが倒れた。

 他の傭兵たちもまた、倒れていた。

 騎士級の悪魔が何かの舞のように槍を振り回し、そして、こちらを見る。

 私もシグも、何も言わなかった。

 戦いは、終わってはいない。




(続く)

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