2-14 どうして
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医者の許しが出て、藤の傭兵隊の屯所へ戻った時には、夏は過ぎ去りつつあった。
私が一階の広間に入っても、特に黙り込むわけでも騒ぐでもなく、傭兵たちは日常を継続した。数人がさっと手を挙げたり、頷いたりしたくらいだ。
ファンナに報告に行ったけれど、彼は自分の部屋で短剣で爪を整えながら「腕前は認めるよ」と言っただけだ。あまりにもドライで、素っ気なかった。
私の日常も戻ってきた。調練、待機、非番、調練、待機、非番だ。
でも、調練で変化があった。
私の相手をする傭兵を、自然とうちのめすことができるようになった。剣術では前も負けず劣らずに対抗できたけど、体術でも、大人の男を相手にうまく対処できる。最初などは加減できず、絞め落としてしまったりもした。
自然と傭兵たちも本気になり、私を中心にルガ隊の稽古は展開し、形の上では全員で私を潰そうとしているようなものだけど、そんなに殺伐もしておらず、彼らの中にあったのは、私を育てる、ということだろう。
今までになかった真剣さで向かってくる傭兵に、私は必死で挑んだ。
稽古をしている間は、何もかもを忘れていられた。
棒で撃ち合い、拳や足で撃ち合い、関節を極め、首を締め上げるということをしている間は、私の中には勝つことしかない。
勝ったところで、何にもならない。
稽古なんだ。誰も死なない。傷を負うことはあっても軽傷で、これはどこからどう見ても、真剣な遊びであって、本当の勝負ではない。
稽古が終わって、男たちと女たちに別れて汗を流した後、私は建物の裏手に行って、じっと空を見上げることが増えた。
稽古が終わってしまうと、途端に不安になる。
自分が生きていることが、果たして誰に認められるのだろうか。誰が私に、生きていていい、と言ってくれるのか。
私にどれだけの価値があるのか。誰かに、何かに、どれだけ貢献できるのか。
息を吐くと、気力も一緒に口から漏れていくようだった。
裏に行くと、頻繁に例のタバコの男が座り込んで、煙を見るようにしながらそこにいるのだけど、彼も何も言わないし、私も目礼はするけど、話しかけはしない。
ここにいるということは、傭兵か、藤の傭兵隊に関係する人物なんだろうけど、親しくなる理由はない。
私は、じっと空を流れる雲を見る。日差しの強さにはまだ夏の色が残っている。
タバコの煙が風に乗り、甘いような匂いが周囲に漂う。
血の匂いとは違う、柔らかく、さりげない匂いだ。
日々は続いていく。傭兵たちの稽古は真剣さを増し、私を大切にしていることそのままに、徹底的に打ちのめし、打ち倒し、投げ、昏倒させた。
秋も深まる頃、待機の日に魔物の顕現の通報があり、ルガ隊八名が出動した。一人が欠けているのは、風邪をひいて高熱で唸っていたからだ。
傭兵隊には馬があるため、即応するために一群となって駆ける。調練の日の中には馬術の日もあるけれど、私は馬術にはそれほど苦労しなかった。
馬は駆けに駆けて、魔物が一塊になってどこかへと向かうところへ、横から一息に突撃した。
こういう時、馬は怯えることがないように調教されている。
馬群で魔物の群れを両断した時、魔物の四体ほどがすでに蹄にかけられて動かなくなり、塵に変わり始めていた。
傭兵たちが馬から飛び降り、それぞれの武器を手に掃討に移る。どれだけ馬を調教しても、魔物のそばにい続けることができないのが現実だ。
魔物の数が傭兵同士のわずかなハンドサインで伝達される。
十二体。
すでに傭兵たちは戦闘を始めている。私のすぐ横にシグがついた。
二人で連携して、即座に一体を仕留めた。
私が前衛、シグが後衛という形で次の魔物へ。
こちらにその豚の頭に人の胴体がついたような気味の悪い存在は、臆くした様子もなく突っ込んでくる。
私が横へ転がる。
魔物の視線が私に向き、その隙にシグが前進。
魔物が即座に反応するが、わずかに遅い。だがシグの一撃を避ける余地はあった。
その代わりに、私の必殺の一撃は、回避できない。
剣が魔物の首を抉る。即座にシグも剣を翻し、その頭部を剣で串刺しにした。
魔物の体から力が抜け、シグが蹴倒すと倒れこんだその体は見る間にチリに変わっている。
そのシグの背後に魔物が迫っている。シグが振り返ろうとするが、遅い。
私は地面を蹴った。
シグと魔物の間に飛び込む。
剣の構えを最小限で取る。魔物はもう目と鼻の先。
豚の頭なのに、大きなその口には無数の牙が並んでいる。
ここで終わりにしたい。
そう思う自分がいる。
気づいた瞬間、手の動きがほんの一瞬、停止した。
動き出すけれど、手遅れだ。
剣が魔物に食い込む。
この手応え。
カンを切った時に似ているけど、違う。
とても仕留めるほどの力はない。
押し倒されていく中で、私の目の前に魔物の牙が光る口腔があった。
頭を半分、噛みちぎられるんだろう。
そうして、死んでいく。
ファクトのことを、瞬間、考えた。
イレイズのファクトを使えば、倒せる。
ユナ! と誰かが叫んだ。
そして、私の耳元をかすめて飛んできた剣が、魔物の眉間を貫いていた。
魔物の死体がのしかかってきて、私はさすがに倒れこんだ。顔に真っ黒い血が流れ落ち、しかしすぐにチリになって消えていく。異形の体も急に軽くなり、崩れ、なくなった。
立ち上がった私の視界には、すぐに次の魔物が見える。
それにシグが立ち向かい、鮮やか剣技で切り倒した。
急に意識がはっきりした。
ここは戦場だ。戦う場所だ。
生き残るために、戦う場所だ。
私は剣を取り直し、シグの背後についた。ちらっと彼がこちらを見る視線に、隠しきれない怒りがあるのが見えた。
でも言葉をかわす余裕はない。
連携が再び機能し始める。
魔物の断末魔が、重なってその野原に響いた。
きっと後に残るのは、踏み荒らされた地面だけだろう。
この戦いの痕跡は、どこにもないのかもしれなかった。
いったい、私たちは何と戦っているんだろう?
どうして、戦うんだ?
(続く)




