2-11 何者でもない
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私はシグと一緒にいる時間が長かった。
稽古は二種類があり、一つは剣術や体術などを学ぶ内容で、他の傭兵たちはそれぞれに得意な分野があるものの広範な技を持っている。
私は剣術一辺倒だったので、他の傭兵たちと素手で組み合うと、組み伏せられたり、締め技を受けたりした時には少しも対抗できない。
稽古のもう一つは体力作りで、ルガ隊の九人で早朝に二時間ほど走るのだけど、これもやっぱり私は遅れた。シグもこの時は自分のペースで走るので、最後尾の私は大きく間を空けられて一人だけで支部に戻ることになる。
帰った時には他の面々は食事の最中で、私はこの時だけは残り物を食べることになってしまう。別に文句はないし、他の傭兵たちだって私に遠慮したりはしない。
私は食事に関しては、野菜を主に食べた。どうしても、肉を食べようとすると血の匂いが蘇ってしまう。
肉は諦めて野菜だけにしたりしたせいもあって、体は徐々に細くなっていった。
「体力勝負だぞ、この仕事は」
そう言うのはルガで、肉を食べようとしない私に、無理やり粥やパンを押し付けてきて、それで体を作らせようとしているようだ。効果のほどは分からなくても、私は言われるがままに食べた。食べたけど、体が大きくなることはない。
あっという間に季節は過ぎていき、夏の日差しが周囲を照らすようになった。
数ヶ月の間に、魔物の顕現が四回あり、そのうちの一回はルガ隊が待機の日で、即座に出動した。
ミテアの街には傭兵隊が他に二つ、支部を置いていて、つまり獲物は奪い合いになる。
この時は先に別の傭兵隊が現場にいて、ルガ隊は横槍を入れる形になった。
ただ、手柄を争うようで、同時に安全も考えているために二社の傭兵たちは連携し、あっという間に魔物十体を切り倒し、魔物は顕現したそれの常で痕跡も残さずに消えた。
ルガが他社の傭兵と何か話し、最後には拳をぶつけ合っていた。
「魔物が怖いって感じでもないね」
戦場となったミテアにほど近い田畑の真ん中からの、その帰り道にシグが声をかけてきた。
「うん、まあ、そうだね」
私はそう答えながら、魔物よりも人間の方が怖いな、と思っている自分がいる。
魔物にも思考があったり、意識があったりするのだろうけど、やっぱり人間ではない。
別の種族だから切っても良心の呵責を感じない、というわけではないのははっきりしている。ミテアの街にも亜人がいることがあるけど、彼らはやっぱり人間に近いし、魔物とは違う。
魔物を切ってもいい、と思えるのは、何故だろう。
人間全体の敵だから、ということか。
「どうしたの?」
シグが確認してくるのに、ううん、と私は首を振った。
ミテアの街に戻り、ルガ隊は例の広間で、めいめいに飲み物を飲んで騒ぎ始めたけど、私はそっと裏庭に行って、座り込んで空を見ていた。
人の気配がしてそちらを見ると、例のタバコの男性がそこにいて、こちらを横目に見ながら座り込む。緩慢な動作でタバコを一本くわえると火をつけた。
私はそれを無視して、じっと空を見た。
この時は私はこの男性のことをよく知らず、ただ一人きりで自分の内面を見て、考えごとを続けていた。
この後、二度目の出動があり、私は魔物を二体、実際に切り倒した。他の傭兵隊の出動が遅れ、ルガ隊だけで十体を相手にしたからだ。
シグが私をうまくフォローして、私が二体を切ったと言っても、それはシグの誘導によるもので実際的には二人で二体を切ったということになる。
戦いが終わり、傭兵のうちの一人が足を切られて動けないだけで、死んだものはいない。
負傷者を担架に乗せ、ミテアの街へ戻る道すがら、そっとルガが近づいてきた。
「魔物を切った感触はどうだ」
質問の意味を計りかねたけど、私がルッカを切ったことを思い出すのでは、と危惧したのかもしれない。
「特に、普通です、何もありません」
そう答える声には自分でも余裕があるな、と感じるほどゆとりがあった。
ルガは鼻を鳴らし「生意気だな」とだけ言ってポンと腕を叩くと離れていった。
入れ違いのようにシグが近づいてきて何の話をするのかと思うと、戦い方についての確認が始まった。もっと巧妙に連携する手順とか、あるいは簡単に仕留めることができたかもしれない変化とか、シグはこういうことを考える性質の持ち主である。
私も考える方だけど、どこかで本能に任せたり、流れや勢いで勝敗を決するところがある。
考えるか考えないかは、どちらがいいとも言えないと私は思っていた。
強い日差しの中で、シグは生き生きと話をしている。
私はただ目を細めてそれを見ていた。
故郷から抜け出して、一年が過ぎた。
傭兵にはなれた。こうして魔物も倒した。
でも私はやっぱり、何者でもない。
さらに言えば、自分がずっと目指していたもの、願っていたあり方は全く幻、ただの空虚なだけの願望だったと、分かり始めている。
私は進む方向を見失っていた。
ミテアの街に戻り、藤の傭兵隊の支部の広間で、私は戻ってきた傭兵たちが騒ぐのにちょっと参加して、途中でそっと広間を出た。
正確には、出ようとした。
扉が開く音がして、そちらを見た者が何人いたか。
私は確実に振り返り、誰が入ってきたかを視界に入れた。
そして、その人物は私がよく知る人だった。
「この中にユナという娘がいるはずだ」
特別に大きな声ではないけれど、その一言は広間の隅々まで響き、全員がピタリと口を閉じた。
「ユナという娘に用があってきた」
進み出てくるその男性の手には剣があった。
私は何が起こっているのかわからないまま、進み出た。
「ユナ」
男性が小さな声で言う。
「カン?」
私も小さな声で、彼の名を呼んだ。
(続く)




