2-8 迷いを振り払って
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私は部屋に監禁された。
しかし暴力を振るわれるわけではなく、ただ放って置かれた。
頭を切られたので、痛みが激しく眠ることもできず、体力勝負だった。
例の蛇のような男も顔を見せないし、傭兵たちは私が糞尿にまみれていても、誰もこない。
そういう拷問だろうか。しかし私は何も秘密を知らない。なら、これは罰ということか。
仲間を殺されたことに対する、報復か。
窓は閉じられ、外の光は少しも入らない。真っ暗闇で、ただ私は時間が流れるのだけを意識して、崩壊しそうな精神を支えた。
何も約束されていないのに、約束されていると自分に言い聞かせた。
いきなり光が差した時、私はもう時間がどれだけ流れたかも分からなくなり、うわ言そのままに数を数えていた。
クセェな、汚ねぇ、などと言って傭兵らしい屈強な男が私を引っ張り上げた。その前に、手足を縛っていた縄が切られた。
傭兵はもう一人いて、窓を開けると、彼が露骨に顔をしかめているのが見えた。
「まだ生きちゃいるようだな」
その男の言葉に「死体にしちゃ柔らかい」と私を担いでいる男が答え、そのまま私は部屋から運び出された。
どこへ行くのかと思っていたが、意識は朦朧としている。
その私が、いきなり水の中に放り込まれた。
反射的に甲高い悲鳴が出て、巨大な桶から這い出した。服がびしょ濡れになり、体に張り付く。でも意識ははっきりした。同時に顔の左側が焼けるように痛む。
「とにかく体を洗え」
私を担ぎ上げていたはずの傭兵が、そう言ってこちらに石鹸を投げてきた。
場所は、中庭のように見える。とにかく、外だ。
私が目の前に転がる石鹸から顔を上げると、男が井戸から汲み上げた水を小さな桶でかけてくる。
急に飢えと渇きがやってきて、手で受け止めた水で喉を潤しそうになる。
ぐっとこらえて、とにかく大きな桶の水で体を洗った。私の体の汚さと言ったら、筆舌につくしがたい。石鹸を大量に使って全身を洗ったけど、すぐそばで男が見ているのはもう気にしないことにした。
戦場に立てば、男だ女だと言っていられるわけもない。
服が用意され、サイズがまるで合わないけど、とにかく、綺麗な服に着替えることはできた。
濡れた髪の毛をタオルで拭っているところで、「髪の長い傭兵などいるか」と言われたけど、無視した。
とりあえず私の支度が整うと、こっちだ、と案内された。
廊下はしんとしている。誰もいない。
男がドアの一つをノックし、かすかな返事の後にその中へ入っていくので、私も続いた。
「なんだ、医者に見せなかったのか」
どこか狡猾そうな発音。
小さなデスクの向こうに、例の蛇のような男がいる。私を案内した傭兵が「これから連れて行きます」と言った。
「意外に傷は綺麗です。奴の技は死ぬ間際でも冴えていた」
そう言った案内役の言葉に、私は思わずそちらを見た。渋面というより、今にも私を殴りつけそうな、そんな表情をしている。
奴、というのは、例の刺青の傭兵のことか。
「こういう稼業だ、死ぬも殺すも当たり前だろ」
蛇の男の言葉に、ですね、と返事をして、男は私の肩を軽く突いた。
「そこにいるのが、俺たちのリーダーだ。挨拶しろ」
そう言われ、私は蛇の男を見た。ニタニタと笑いながら、こちらを黙って見ている。
「ユナと言います。よろしくお願いします」
頭を下げる私を無視して、蛇のような男は視線を窓の外へ向ける。二階なので、空がよく見えた。
誰も何も言わない。私は立ち尽くし、背後では案内役が足でリズムを刻み、蛇の男はいきなり短剣を抜くとそれで爪を削り始めた。
「私は」
沈黙に耐え切れず、私は声を発した。二人の視線がこちらへ向く。
「仲間に加えてもらえるのですか?」
「当たり前だ」
蛇の男がこちらを横目で見る。獲物を狙う時の蛇の気配を感じた。
「お前が切り殺したのはルッカという名で、八人を指揮する立場だった。相応な腕前を持っていたはずだが、お前はそれを殺したんだぞ。ここでお前を雇わない理由はない」
責められているのか、褒められているのか、よくわからない。
否定されているのか、認められているかも、よくわからない。
「俺の名前はファンナという」
蛇の男がそう名乗った。そしてニタリと笑った。
「ユナ、お前はとりあえず雇うが、使えないようなら放り出す。そこにいる男はルガというもので、ルッカと同格だった。お前を指導する。仲良くしろよ、二人とも」
「了解です、隊長」
背後でルガという名前らしい男が応じるのに、さっとファンナが手に持っている短剣の先を向ける。
「医者に見せてやれ。傷跡はない方がいい」
了解、ともう一度、繰り返すと背後からルガが私の肩を掴んだ。
何か言うべきだったけれど、私は何も言えないまま、強い力に引っ張られて部屋を出た。ルガは先をどんどん歩いて行ってしまうので、私はファンナの部屋からは自然と遠ざかった。
建物は静まり返っている。
死者を思っているようで、私は居心地の悪いものを感じた。
死者を作ったのは、私だった。
無意識に顔の左側に触れる。頬から額にかけて、電流が走るように痛みが起こった。
生きている、ということが理解できた。
死ななかった。
殺してしまったけど、死ななかった。
なんて、残酷なこと。
私は自分で望んでここにいるはずなのに、カンとイクがたまらなく恋しかった。
あの小さな店に戻れることはもうないのに、戻りたい自分がいた。
迷いを振り払うように私は足早に、ルガの大きな背中を追った。
(続く)




