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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第二部 彼女の別れと再会
43/213

2-1 出奔


     ◆


 私、ユナ・レオンソードの野望は、単純だ。

 成功する。

 武功を上げる。

 そんなところ。

 シンプルすぎる気もするけど、別に知ったことじゃない。

 十五歳での洗礼で、二つのファクトを手に入れて、私は遂に決断の時を迎えたのを理解した。

 セイバーではなくランサーなのは仕方ないけど、イレイズは重大だ。

 魔物との戦闘でも人間との戦闘でも、役立つのは間違いない。

 洗礼、ファクトのいいところは、才能さえあれば、それだけで何年、あるいは十年以上、研鑽を積んで実戦をくぐり抜けた相手にも勝つチャンスを与えられることだ。

 私はこっそりと家で準備を整え、その日、夜が明ける前に家を脱出した。

 ルスター王国に無数にある騎士家の一つ、レオンソード家には見るべきものは何もない。軍事なり経済なりの要地を領地としているわけでもないし、産物が豊かでもない。人が多いわけですらない。

 半ば忘れられた、おまけのような土地が私が生まれた家の領地だった。

 そんなところで大人しく過ごし、いつかは結婚し、領地経営に口出しするわけでもなく、ただ時間だけを消費していくなんて、まっぴらごめんだ。

 ついでに言えば、母のようにサロンのようなものを運営するのに必死になるのも嫌だった。

 私は戦いたかった。

 できることなら、終わることはないと誰もが感じ始めている、魔物の群れとの戦いを終わらせるような、そんな存在になりたかった。

 子どもの夢、空想、願望にすぎないかもしれない、とは気づいていた。

 でも私には実際、二つのファクトがあり、自由になる体と時間があった。

 残っているのは決断できるかどうかだった。

 夜の闇の中、屋敷を離れ、月明かりだけを頼りに進んだ。荷物は最低限の食料と、一振りの剣。屋敷にあったものをちょろまかしてきたので、使い慣れてはいないけど武器は必要だ。

 どれだけを歩いたか、夜が明けかかった時、私は崖の上にある道とも言えない道を進んでいて、そこで足元から音がした。

 見ると幼馴染のリツが走ってくるところだった。

 声をかけると彼は足を止めて、崖を這い上がってきた。大した崖ではないけど、器用だし、力もありそうだ。

 崖の上で私たちは少しの間、話をした。

 私は自分がレオンソード騎士家を捨てたことを話さなかった。

 話さなかったけどリツのことだから、勘付いてはいただろう。

 それでもリツは私に深く問い詰めたりはしない。

 ずっと長い時間、一緒にいた相手だった。家族のようにお互いのことを知っているし、家族でも知らないことを知ってもいる。

 あの幼い日の一場面のことを、彼は知っている。

 別れの言葉を交わして、私は一人でその場を離れた。リツは立ち尽くしていたようだけど、私は敢えて振り向くことはしなかった。

 歩きながら考えたのは、両親を捨てること、領地を捨てることよりも、親友を捨てることの方が罪悪感があり、心にズシンと響くものがある、ということだ。

 でももう、どうしようも無い。

 私は先へ進むと決めたんだから。

 私は歩き続けた。季節は過ごしやすいと言ってもいい。暑すぎず、寒すぎず。

 途中の集落で、適当な家の扉をノックして、水を分けてもらった。そんなことを頼まれる人は決まって不思議そうな顔をする。

 それもそうか。十五歳の女の子がひとりきりで、しかも水なんて欲しがるんだから。

 初めての野宿は緊張したけど、特にこれといって特殊なことは起こらなかった。誰かに襲われることもないし、虫も気にならなかった。

 あっという間に三日が過ぎて、食糧がなくなる寸前に、ミテアという町に着いた。

 立派な建物が密集し、大通りには人がひっきりなしに行き来する。ここにたどり着く手前の街道からして、祭か何かがあるのではと思うほど人が多かった。

 まずは腹ごしらえだ、と食堂に入る。店員がやってきて、ちょっと不思議そうにしてから、私の注文を受けて奥へ戻っていった。

 料理はすんなりと運ばれてきた。私も一人の客として認められているようで、ちょっと嬉しい。

 ガツガツと食べることができるのも嬉しい。もう誰も、私に礼儀作法を叩き込んだりはしないのだ。

 会計をしようとすると、さっきの若い女性とは違う店員、体格のいい男性がやってきて、「三〇〇〇イェン」といったので、思わず私は彼の顔を見ていた。

 三〇〇〇イェン? 普通に考えれば一〇〇〇イェンでもお釣りがくる料理のはずだ。

「払えないのか? なら警察に突き出すが」

 男性の言葉で私は全てを察した。

 私が一人なのをいいことに、法外な支払いを強制しようとしているのだ。私が警察と関わりたくないと思っていることさえ、見透かされている。

「警察を呼んだら、あなたが困るんじゃないですか?」

 そう応じて見たが、「なぜだ?」と男性は平然としている。

「だって、三倍の料金をふっかけるなんて、間違ってます」

「それは店の自由だろう。料金は店が決める。お前はもう料理を食ったんだから、銭を払わなくちゃな」

 理屈が通じる相手じゃない。

 これ以上の面倒ごとを避ける気持ちに私はなった。それが敗北だとしても、敗北のない人生なんてない、とも思った。

 私は三〇〇〇イェンを支払い、店を出ることができた。

 これで財布はだいぶ軽くなってしまった。早く仕事を見つけた方がいいだろう。

 事前に調べた様子では、ミテアの町には、藤の傭兵隊、という中規模の傭兵隊の支部がある。そこで新しいメンバーを随時、募集しているはずだ。

 私は荷物を背負い直し、ちょっとだけ腰の剣に触れた。

 子どもの私にはちょっと長いけど、剣術の稽古はリツとひたすら繰り返してきた。

 負けるわけがない。

 負けるわけにはいかない。

 私は一度、深呼吸してから、藤の傭兵隊の支部を探し始めた。



(続く)

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