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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第一部 彼の別れと再会
40/213

1-40 疲弊


     ◆


 ルッツェの基地へ荷馬車が四台まとめて入ってきた、と食堂に駆け込んできた男が叫んだ。それで食事の最中だった傭兵たちが、料理をそのままにしたり、口にかき込んだり、皿を手にして外へ飛び出していく。

 俺も席を立ったが、出遅れた。

 深夜にオー老師が目覚めて、明け方まで稽古をしていたのだ。老師は太陽の光があたりを照らし出したところで、例の如く酒のせいでまた眠り込んでいた。

 俺はオー老師を宿へ運び、疲れ切っている上に、今にも意識を刈り取りそうな眠気にどうにか抗いながらぼんやりと食事をしていたのだ。

 ジュンとイリューのことを考えて、俺は食堂を出た。

 傭兵たちが声を掛け合い、抱きしめあったり、場合によっては涙を流してもいる。

 そんな男や女の間を抜けていくと、向かいから進んでくる二人が認識できた。

 長身の女性と、それよりも長身の亜人。

 ジュンとイリューだった。

「ジュンさん! イリューさん!」

 思わず叫んで、駆け出していた。しかしイリューは不機嫌の化身で、ジュンも表情を険しいものから変えようとしない。俺の足も自然と緩くなり、抱きつきそうな勢いだったのが、二人の前でピタリと止まった。

「不愉快な戦場から帰ったら、今度は不愉快な小僧が待っているのだから、たまらんな」

 そんなことを言って、イリューは離れて行ってしまった。何かあったのかもしれないが、今、下手に関わると彼の刀が向かってきそうな気がした。

 そういう剥き出しの刃物のような気配である。

 ジュンは「久しぶりに会ったわね」と言って、食堂の方へ向かうようだ。俺は少し後ろをついていった。

 無言に耐えきれない、と俺が観念する前に、ジュンがため息を吐いた。それが呼び水になって、思わず質問していた。

「何かあったんですか? もしかして、魔物に押し切られたんですか?」

 ピタリと足を止めたジュンが振り返る。顔をしかめて、首を横に振る。

「戦場では勝った。勝ったし、押し返した。塹壕を二つ、回復した」

 つまり、大勝利じゃないか。

 なんでそこまで不機嫌なのか、例の如く、俺が疑問を表情に見せたからだろう、ジュンがもう一回、ため息を吐く。

「神鉄騎士団が乱入してきたのよ。よその戦場との兼ね合いらしいけど、とにかく、横槍よ」

「神鉄騎士団が?」

 俺にはよく理解できなかった。

 ジュンが説明したが、手短に、というよりは、雑に、という感じだった。

 とにかく、ジュンやイリューたち、傭兵の連合部隊が戦っている戦場の隣が、神鉄騎士団の受け持っている戦場で、神鉄騎士団は自分が相手にしている魔物の群れを制圧するために迂回したらしい。

 迂回した結果、ジュンたちの持ち場に割り込み、そこから自分たちの目当ての魔物に突撃していったようだ。

「縄張りってもんを知らないのよ、あの拝金主義者ども」

 それがジュンの本音のようだった。

 それからも愚痴は続く。

 塹壕を回復したはいいものの、魔物はひっきりなしに押し寄せ、それを跳ね返したところで塹壕で休めるかといえば、そこは人間と魔物の死体が無数に転がり、とても休める場所ではない。

 全体としては戦闘を継続しながら、塹壕を片付け、生臭い中で休息を取り、兵の疲労が限界に達する前に前線の部隊と入れ替わることになる。必死に戦ったところで、休息を取るのは腐臭の渦の中に戻るということで、気分がいいものではない。

「腐乱死体の中で一週間は過ごしたわね。今までに経験した戦場の中でも珍しいほど、最悪な環境だった」

 吐き捨てた時には、ジュンも俺も食堂に入っていて、席で向かい合っていた。

 さすがに話の内容を思い出したか、ジュンは用意した食事になかなか手をつけようとしない。

「どうも嫌な感じだわ」

 観念したようにゆっくりと粥をすすってから、ジュンがそう言ったので、俺は彼女の顔を確認した。真面目な表情で、匙で粥の入った器をかき回している。

「戦場がですか?」

「違う。神鉄騎士団がこっちにも手を伸ばしてきそうってこと」

「仕事がなくなる、ということですか?」

 そうなるかもね、とジュンが笑みを見せ、粥を口へ運ぶ。

 何かを思案しながら彼女がゆっくりと粥を食べるのを、俺は見ていた。

 見つめられていることも気付かない様子で、じっと黙った後、ジュンが口を開く。

「神鉄騎士団がこっちも受け持つのはいいけど、どうも紫紺騎士団と連携するみたいね。せっかく傭兵連合として足並みが揃ってきたのに、最終的な戦果は全部、神鉄騎士団と紫紺騎士団で山分けになるならやってられないわ。ルスター王国も騎士の国だから義理堅いようで、なかなか軽薄なこと」

 どう答えることもできない俺の前で、ジュンは粥を喉に流し込み、続けてグラスを煽って水を飲み干した。

 そうしてやっと落ち着いたのか、俺の姿を見て、少し目を見開く。

「ちょっと見ない間に、生傷が増えたわね」

 思わず俺は苦笑いしていた。

 オー老師は容赦なく俺を切りつけてくるので、細かな切り傷が身体中にある。それこそ顔や首筋、手などにも赤い線として痕跡があるのだ。

 生きた岩が体になければ、もっとひどい姿だっただろう。

 服も次々とボロボロになってしまうので、二日で新しいものに変えていた。服も傭兵という立場で手に入るけれど、さすがに戦場に近い拠点だけあって粗末なものしかない。ただ、何も着るものがないよりはマシだ。

「オー老師に、剣術を教わっています」

「ああ、そうだったわね。老師はどこに?」

「宿泊所の、俺の部屋にいます」

 やっぱり飲む? と誰に聞こえないようにしたのか分からないけど、ジュンが声をひそめる。

 俺は黙って頷いたが、ジュンはもう何度目か分からないため息を漏らした。ジュンもオー老師の指導を受けたはずだけど、これはどうも、だいぶ苦労したようだ。

 俺も苦労しているから、強く共感できる。

 席を立ちながら「私は少し休む。そうね、三日は休む」と言って、ジュンはそのまま食堂を出て行った。ついていこうかと思った、というか、俺も宿泊所に戻るつもりだったから、自然とついて行く格好になりそうだったけれど、やめた。

 イリューもだが、ジュンも一人になりたいという雰囲気だった。

 戦場では共に戦う仲間がいて、助けたり助けられたりもあるだろうけど、結局、兵士だろうと傭兵だろうと、一人の人間ということなんだと思う。苦悩、疲労、心身の疲弊の中には、一人で折り合いをつけ、癒す、癒えるのを待つ以外に、ただ抱え込むしかないものもあるのかもしれない。

 俺は少しの間、席に留まって、それから一人で宿へ戻った。

 部屋に入ると、寝台では何も知らずにオー老師が眠っていた。いびきが一定の間隔で鳴る。

 俺は床に敷かれている布団に横になり、しばらくさっきまでのジュンの様子と、ほとんどすれ違っただけのイリューの様子を、思い返していた。

 いびきの途中で、オー老師が呑気に寝言を言ったようだけど、聞き取ることはできなかった。



(続く)

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