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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第一部 彼の別れと再会
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1-4 洗礼と「ファクト」


      ◆



 洗礼はレオンソード騎士家の屋敷の広間で行われた。

 領内に住む十五歳の少年少女が集まるわけだけど、大半は顔を知っているし、話をした奴も多い。

 と言っても、大概は俺に冷たい目を向けている。

 畑仕事ばかりしている小作人で、塾に通うこともないし、遊びに出ることも少なかった。

 そしてユナのお気に入りという立場は、少年にせよ少女にせよ、気に食わないのだ。

 どうしてユナが俺を気に入ったかはわからないけれど、俺の方でも進んでユナを突き放そうとしていないのだから、半分は自業自得だ。

 何はともあれ、洗礼である。

 壇上には精霊教会の司祭が一人、立っている。年寄りで、まぶたが垂れ下がって目が開いているのかいないのか、それもわからない。

 その老人の前に誂えられた台に、砂が敷かれた浅い箱が置かれている。

 俺たちは一人ずつ、そこに手を当てることになっている。

 すると砂が一人でに動いて、ファクトを教えてくれるらしい。

 儀式は特に形式ばったようでもなく、淡々と始まった。

 一人目が進み出て、砂に手を当て、司祭が何か言うけれど、聞こえない。

 その少年は肩を落として広間を出て行った。大したファクトではなかったのだろう。

 ファクトは無数に存在するけれど、唯一無二ではない。

 中でも多いとされるのは、ファスト、ストロング、ヒーリング、の三つで、これらはただノーマル・ファクトと呼ばれる。

 人よりわずかに機敏に動ける、人よりわずかに力が出る、人よりわずかに治癒力がある、そういう感じだ。

 次々と子供たちが段に上がる。

 少女の一人の時に司祭が急に「ウォーリアー!」と声を発した。

 全員の視線が向いた先で、その少女は肩をすぼめながら段を降り、部屋を出て行った。

 平凡ではないファクトが出現すると、こうして司祭が声を発するのだ。

 あの女の子は、きっと別のファクトが良かっただろう。ウォーリアーといえば、兵士や傭兵には求められるけど、あの子は兵士にも傭兵にもなる様子ではない。

 儀式はさらに続く。

 ついにユナの番が来た。彼女は特に気後れするでもなく、まっすぐに立って静かに歩いて進み出た。

 そう、今日の彼女はいつもとは違う、高価そうな服装をしている。レオンソード騎士家の娘である、ということなのかもしれないけど、それよりもユナはこの瞬間に相応の気構えで望んでいるのだ。

 思わず、彼女の願望通りのファクトが舞い降りるように、俺は心の中で願った。

 壇上に上がったユナが手を箱の中に置いた。

 司祭が顔を上げる。

「ランサー」

 かすかに聞こえたその言葉に、俺はどう考えるべきか、迷った。

 ランサーのファクトは、それほど特殊ではない。それに、剣士のファクトであるセイバーではないのは、やや彼女が積んだ訓練とはずれている。

 残っているものが見ている前で、しかしユナは台の上を動かなかった。

 司祭が視線を下げ、そして上げる。

「イレイズ!」

 その大きな声に、俺は絶句していた。

 一人に二つのファクト、つまりユナは、ダブル・ファクトと呼ばれる特殊な存在なのだ。

 しかもイレイズというファクトは、そう多いものではないはずだ。実際、司祭も声を大きくしている。

 ユナは頭を下げて、壇上を降りた。俺の横を抜ける時、彼女は唇をへの字にして、しかしどこか嬉しそうに肩をすくめる、という器用なことをした。

 少しして俺の番になった。

 壇上へ上がると自然と緊張した。

 もし凄いファクトが出たらどうしよう。そうじゃなければ、全く使えないファクトが出たらどうしよう。自分が幸運を望むのと、不運を意識するのとの、その二つの間で揺れ動くのを感じながら、段の上に立った。

 司祭は意外に体が小さい。

 俺は思い切って砂に手を置いた。

 砂が一人でに動き始め、文字を形作るけど、精霊文字と呼ばれる古代語なので何が書かれているかは俺には読めない。

 砂はぴたりと動きを止めて、何かの文字列を作り上げた。

 司祭が何か言いかけ、口をつぐみ、じっと砂の文字を見ている。

 沈黙。

 なんで何も言わないんだろう。

「これは」

 司祭がやっと、俺にだけ聞こえる声で言った。

「リライト、というファクトだ」

 リライト……?

 俺もさすがにファクトの全てに通じているわけがないし、それどころか知らないファクトが大半だ。

 リライト、というのは、珍しいのだろうけど、しかし、司祭が大声を出さないとなると、平凡なものなのか?

「控えの間へ行きなさい」

 そう司祭に言われて、さすがに混乱した。

「えっと、何か問題がありますか?」

「洗礼辞典で確認するだけだよ」

 なるほど、司祭も忘れているファクトということか。

 ありがとうございます、と頭を下げて、一度、広間を出ると、使用人に司祭から控えの間へ行くように言われたと話をした。

 使用人は俺とユナの関係を知っているのだろう、露骨に不満げだったが、ちゃんと控え室へ案内してくれた。

 だいぶ待ったところで、さっきの司祭が戻ってきた。

「名前は?」

 荷物を漁りながら、老人が確認してくる。

「リツ・グザ、と言います」

「仕事は?」

「農民で、小作人です」

 そうか、という声と同時に老人が分厚い洗礼辞典を引っ張り出した。

 司祭がテーブルに置いて辞典の上に手を掲げると、一人でにページがめくれ始める。

 滅多に見ることのない、古の時代に魔術と呼ばれた能力をこの老人は持っているのだ。

 ページが高速でめくられ、最後の一ページになり、勢いよく本が閉じた。

 むぅ、と司祭は唸り、こちらを見た。

 やっぱり目が糸のようになっているので、どういう感情かは見えない。

「リツ、きみのファクトは、洗礼辞典にはないものだ。オートクチュール・ファクトだ」

 オートクチュール・ファクト。

 世界中で生まれ続けるファクトの中でも、他に類のない特別なもの、洗礼辞典にも記されていないファクトのことだ。

 喜ぶことどころか、はしゃぐこともできなかった。

 自分が何か、間違ったことをしたような気分になった。

「その、俺のリライトっていうファクトは、どういうファクトですか?」

「知らんな」

 意地悪ではないのは雰囲気でわかる。

「きみのファクトは、きみだけのものだ。だからきみしか理解できないし、その能力はきみしか高められない。ゆっくり考えなさい。これだけは言えるが、ファクトを行使する時は安全を確保して試すことだ」

 安全を確保して、という物騒な言葉に、俺はちょっと気を飲まれていた。

 とにかくこうして、俺はリライトという奇妙なファクトを獲得したのだった。



(続く)

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