表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第一部 彼の別れと再会
30/213

1-30 戦場の二人と一匹


     ◆


 研ぎ師がいる場所は、家でも小屋でもなく、野ざらしの工場だった。

 周囲に男や女たちが大勢いて、殆ど装備に統一感がないので傭兵なんだろう。

 その人だかりはいくつもの輪が連なっているようで、一つの輪の中心にそれぞれ研ぎ師がいるらしい。

 ヴァンと俺はジュンに連れられて、輪の一つに入っていった。

 ごめんね、とか、すみません、とか言いながら人の壁を抜けるジュンについていくと、いくつもの砥石に囲まれた老人が、長い刀を研いでいるところだった。

 動きはピタリと等間隔で繰り返され、全くブレることがない。

 老人は髪の毛は真っ白で、顔もシワだらけだ。そして汗まみれだった。

「どれくらい?」

 こそっとジュンが声をかけたのは、その老人の研ぎ師の前であぐらを書いて腕を組んでいる男だ。

 最初から目立つ男だった。

 肌が抜けるように白いし、耳の先が高く伸びている。耳長族と呼ばれる亜人だった。

 何よりものすごい上背があるのは、座っていてもわかる。具足は最低限で、肩から腕まで肌が露出していたけれど、筋骨隆々というよりは必要な筋肉が必要なだけ鍛えられている、という印象だった。

 その亜人の男の灰色の瞳が、ジュンのほうを見る。

「あと三十分だろう」

 硬質の鋼を思わせる声に、ジュンが頷く。

「この子はリツ。仲間にすることになった」

 やっと亜人の男がこちらを見た。

「リツ・グザです。よろしくお願いします」

 頭を下げると、亜人はボソッと「魔物にもそうやって挨拶するのだろうな」と言った。顔を上げた時、彼はもう俺の方は見ていなくて、研ぎ師に集中している。

「俺には何も言わないのかい、イリュー」

 ヴァンの言葉に、「死んでいないのだな」と亜人はそっけない。

 しかし彼がイリューなのか。見るからに剣術か何かを使いそうだし、超一流の戦士かもしれないけど、人格のほどが疑わしい。

 しかしヴァンは気にした様子もないし、ジュンも平然としていた。

「とりあえずは、リツはジュンとイリューで面倒を見てくれ。使えないとわかったら、フォウのところへでも回すよ」

「無駄なことだ」

 イリューが視線を合わせずに言う。

「どうせ魔物を前にして失禁するか、失神するだろう。そして踏み潰されて、ひき肉になる」

「いくら賭ける?」

 素早くヴァンがそういうのに、イリューの口元に不敵な笑みが浮かぶ。

「賭けるも何も、私が勝つと決まっている。それでは賭けにならん。しかしヴァン、お前が持っている刀匠コウヅキの打った短剣を私がまだ諦めていないのを忘れるな」

「お前が賭けに勝てば差し出すが?」

「だから、賭けにならないと言っている」

 ヴァンが肩を竦める。あまり強く押す気もないらしい。

 しかし刀匠コウヅキといえば東方のユランガ王国で有名な刀匠だったはずだ。超一流の職人で、その名は引き継がれているんじゃないかったか。

 そんな有名な職人の打った短剣をヴァンが持っているのか?

 自然と沈黙がやってきて、三十分ほどで研ぎ師が動きを止めた。

 刀を拭い、素早く柄と鍔をつけた。

 驚いたのは、その鍔が明らかに普通のそれではなく芸術品のような美しさを持っているからだった。薔薇の意匠だが精緻が上に精緻である。

 思わず見とれているうちに、立ち上がっていたイリューが刀を光にかざす。

「よかろう」

 そんな不遜なことを言って、イリューが懐から銭をを取り出し、さっと研ぎ師に渡した。十万イェンの金貨が十枚も差し出されたので、俺もまた絶句してしまった。

 研ぐだけで一〇〇万イェン?

「仕事はあるのか、ヴァン」

 鞘に刀を戻したイリューが歩み寄ってくる。頭一つどころか、俺の頭の先は彼の肩にも届かない。ヴァンは俺よりも背が高いけど、イリューと比べると低い。ジュンとヴァンはほぼ同じ高さで、これはジュンが女性にしては長身なのだ。

「とにかく、紫紺騎士団との契約は続行だ。傭兵連合部隊として動いてくれ」

「指揮官がクズだ。魔物が切ったと見せかけて斬り殺したいほどにな」

 イリューのその遠慮のない言葉に、「やめなさい」とジュンが素早く注意する。不満げな顔でイリューは一応、黙った。

「とにかく、この戦線で戦う以上、周りに合わせてくれ。人類を守り隊は少数精鋭だから、自分たちだけで戦場を支配はできない」

「少数精鋭も何も、私と、そこそこ使う女の二人と、使えるかもわからないど素人が一匹だ」

 容赦ないイリューの言葉に、ヴァンもジュンも失笑している。それにイリューは顔をしかめていた。笑い事ではない、という主張だろう。

 その日、四人で食事をして、ヴァンは明日の朝にもよそへ行くと話していた。何でも、人類を守り隊における顧問と話をするらしい。

 本気で俺はここに置き去りらしい。

 不安しかなかったけれど、不安を口にすると軟弱者と見られそうで、黙っていた。

 翌朝、本当にヴァンはどこかへ去って行った。

「それじゃあ、リツくん、戦場へ行ってみましょうか」

 ジュンがあっさりとそう言った。そばにはイリューの姿はない。彼はヴァンを見送りさえしなかった。

 俺はフォウが手配してくれた刀を腰に差していて、具足は平凡なそれだった。

 一方のジュンは明らかに特注の具足で身を包み、腰には細身の剣を一振り、下げている。

「戦場って、どこですか?」

 そう確認すると、「ここから南に二十キロかな」と返事があった。

 二十キロといえば、徒歩でも一日はかからない。

「前線への兵員を補充する馬車があるから、すぐ着くよ。行きましょうか」

 気軽な調子でそう言うジュンに、俺は何も言えずにぐっと意識して唾を飲んでから頷いた。

 荷馬車は何台も待機しているけれど、それよりも周囲には傭兵らしいものが大勢いる。それが次々と馬車でどこかへ向かっていく。

 代わりにやってくる荷馬車もいる。そこからは明らかに血と臓物の匂いがした。胸が悪くなるような匂いだけど、周りにいるものは誰も気にしていない。

 荷馬車から怪我人が下されていく。中には意識がなく、もしかしたら死んでいるものもいそうだった。

「さ、行こうか」

 中身を外に出した荷馬車に傭兵に混ざって俺はジュンに続いて飛び乗った。

 馬がいななく声が遠くで聞こえた気がした。




(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ