1-29 合流
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フォウと別れて一週間後、俺とヴァンはルッツェの街に着いた。
堀も塀もない、ただの集落だけれど、人の密度はすごい。そしてほとんど全員が武装していた。ガチャガチャと武器や具足が触れ合う音が迫ってくるほど折り重なる。
ゆっくりとヴァンは通りを進んでいき、幾つかの安宿に顔を出し、そのうちの一つで「その人ならうちで面倒見ていますよ」と中年の男が応じた。その男は具足をつけていないが、どことなく普通の宿の番頭という感じではない。
二人追加できるかな、とヴァンが言うのに、男は一も二もなく頷くと「一人一泊三〇〇イェンね」と答えた。ヴァンがすぐに支払いをする。
銭を受け取った男が部屋番号を言うのに、礼を言ってヴァンが建物に入った。
平屋というより、柱を立てて壁を巡らせ、中を小部屋に区切っているようなものだ。隣の部屋の会話など筒抜けだというメッセージを積極的に伝えたいと思うよりないほど、頼りなく薄い壁だ。
教えてもらった扉の一つを叩くが、返事はない。
次にもう一部屋、ドアを叩く。すぐに返事はないが、繰り返す叩くと「誰よ!」と甲高い声が聞こえ、足音の後、扉が開いた。
薄着の女がそこにいて、ヴァンを睨みつけ、次にその顔に驚きが広がる。
「ヴァン? いつ戻ってきたの」
歓迎している、喜んでいるようだけど、女性は顔をしかめている。
「たった今だ。といっても、新人を案内しただけだよ」
女性の視線がすっと俺のほうを向き、「この少年が何か、面白いファクトを持っているってこと?」とヴァンに確認した。ファクトの内容はその人間への評価の基準の一つなので、何も不思議な質問ではない。
面白いけどな、とヴァンは答えている。
「使い勝手が悪い。ただ、剣術には見るべきものがある」
「そういう言い方をするということは、別にセイバーのファクトとかではないのね? またこういう興味本位の拾い物をして預けられる私の身にもなってくださいよ」
「そこそこは使えるはずだよ。あとはお前とイリューで鍛え上げてくれ」
「あなたはまた旅に出るのね?」
そういうことだ。ヴァンが力強く言うと、女性はため息をつき、俺のほうに向き直った。
薄着に見えたけど、下着らしい。ちょっと目をそらそうとしたけど、女性の大きな瞳は真っ直ぐに俺を見据えていて、逃げられる雰囲気でもない。
「私はジュン・ラップビート。あなたは?」
「リツ・グザです」
「よろしく、リツくん」
手を握り合い、ヴァンが「じゃ、後は任せる」とジュンの腕を叩いた。
「食事くらいしましょうよ、ヴァン。イリューもそろそろ帰ってくるわ」
「あいつは何をしているんだ?」
「刀を研ぎに行っている。なんでも少しは腕のある研ぎ師がいるっていうんでね」
待ってて、とジュンは部屋の中に消え、扉も閉められた。
「あれが現場指揮官だよ。そしてこれからはお前の指導役になる」
話の感じだと、もう一人、イリューという名前の人物がいるらしい。
しかし現場指揮官が女性とは、驚きだ。戦場においては男女の別なく戦うけれど、指揮官クラスになれる女性は相応のファクトの持ち主でも多くないはずだ。
少しすると扉が開いて、今度こそ俺は驚いた。
シンプルだが、いかにも高級品という服を着てジュンが出てきたのだ。そして腰には剣を下げている。その剣もとても並みの品ではない、独特の気品のあるものだった。
その気品は、汚れていないという気品ではなく、汚れることがないという気品に見える。
三人で宿を出て、食堂へ行ったが、この食堂も建物自体はいい加減だ。
思うに、この辺りはあまりに戦場に近すぎて、もしもの時、建物などは魔物に押しつぶされるだろうから最低限の作りで問題ない、という姿勢なのかもしれない。
食堂でテーブルを囲み、料理が出てくる。
「戦場はどうなっている?」
ヴァンが料理が来る前に確認すると、いけませんね、とジュンが答える。
「ルスター王国軍は腰抜けです。今、この辺りは神鉄傭兵団が支えている感じです」
「投入している数は?」
「一個中隊規模です。三〇〇人ですかね」
三〇〇? それだけなのか?
疑問があったけど、俺が意見したり質問できるわけもなく、黙って二人を見守った。
「神鉄傭兵団の三〇〇となると、働きはおおよそ一〇〇〇か。ルスター王国軍は?」
「紫紺騎士団が全軍で当たっています。およそ三〇〇〇」
「今回は魔物も相当な数らしい」
「数の上ではトントンで、しかし最後の粘りで負けています。ただ、状況としては、紫紺騎士団がわざと後退しているという見方もできます。魔物を誘い込んで、縦深陣の中で包囲殲滅する、ということです。うまくいくかは知りませんけど」
縦深陣、ということは、今、魔物は三方向から包囲されそうになっているのか。
「しかし後ろに四つの防衛線なんだろう? フォウがそう言っていたよ」
「それでもすぐに挽回できる、というのが紫紺騎士団の決断です。あとはこちらはそれに任せるしかありません」
「報酬はもらっているかい?」
「ルスター王国はそういうところでは義理堅い。きっちりと支払います。過不足なく。ウェッザ王国はすぐに土地の話をしてきますからね。土地なんかもらっても困ります」
違いない、とヴァンは笑っている。
料理が運ばれてきて、話は先へ進んだ。
食事の間にジュンが言うには、今の所、人類を守り隊からはこの場には二人がいて、他の傭兵との混合部隊で戦っているらしい。
死者がかなり出ていくつかの傭兵隊が後退し、どうやらそれもあってルスター王国軍は魔物を引きずり込む作戦を決行したようだ、ともジュンは言った。
戦闘の話が一段落すると、
「とにかくリツはお前とイリューでそれなりに使えるようにしてくれ」
「スカミがいればいいんですけど、今、実家に戻っていますから、仕方ありません」
「もしどこかで死ぬようなら、それで構わないよ。まぁ、片腕がなくなるくらいで済むなら、回収して欲しいかな」
俺の片腕がなくなる……。冗談でも、ぞっとしない話だ。
食欲がなくなるじゃないか……。
食事が済むと、食堂を出て「研ぎ師のところへ行くか」とヴァンがジュンに案内させた。
通りを行くと、ジュンに声をかけるものが大勢いる。
どこか信頼している雰囲気で、ジュンは戦場では大きな働きをしたんだろう。
こういう尊敬のされ方をされる人物は、俺としても頼りになる。
俺もいつか、そうなれるだろうか。
周囲にいる、屈強で、どこか攻撃的な人々に、好かれるような人間に。
(続く)