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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第一部 彼の別れと再会
27/213

1-27 人類を守り隊……?


     ◆


 ヴァンは表情を改め、ちょっと嬉しさを覗かせて、言った。

「名前は、人類を守り隊」、という」

 ……なんだって?

 人類を守り隊?

 俺が絶句したからだろう、「名前は名前だ」とヴァンが言う。

「総勢で、まぁ、二十人だろう。どこかでくたばった奴もいるかもしれないが」

 あまりにもざっくりしているので、こちらが不安になる。

 傭兵隊というから、勇名が轟いている八大傭兵団のような規模ではないのは想像していたけど、二十人とは。

 少数精鋭、という割には少なすぎる。

 しかもヴァンが総数を把握していないというのは、どういうことだろう。

「俺は一応はリーダーだが、スカウトマンでもある。現場の指揮は別の奴がやっている。一癖も二癖もあるが、まぁ、優秀だ」

 そんな風にヴァンは話しているけど、俺は思わず挙手していた。

「リツくん、発言をどうぞ」

 おどけた様子のヴァンに、しかしさすがに笑う気にはなれなかった。

「その傭兵隊の、財務状況はどうなのですか?」

「食物の心配はいらん。給料も支払われる」

「えっと、例えば、どこか拠点があるのですか?」

「ほとんどないな」

 とんでもないことになったぞ、と思わずにはいられなかった。

 そんな俺のことを知ってか知らずか、ヴァンは飄々と話している。

「大抵はどこかしらの戦場のそばで、野営する。さっき言った通り現場指揮官は優秀だ。支援する仲間とも連絡を取り合って、ちゃんとやっている。そのはずだ」

 はず……。

 不安ばかり大きくなるのだけど、俺がおかしいのだろうか。

「あまり細かいことは気にするな。水に困ったらそばにいる奴に分けて貰えばいい。食料がなければ、やっぱり隣にいる奴に分けて貰えばいい。戦場なんてどこもそんなもんだ。全員が全員、生きるか死ぬかだし、生き残るには隣に誰かがいた方がいい。そいつが有能なら尚更な」

 わかるような、わからないような、難しい理屈だった。

 正しいような気もするし、どこか図々しい気もした。

 俺が何も言わないのを了承と受け取ったのか、ヴァンは勝手に頷いている。

「俺が最後に受け取った書状だと、都合がいいことに奴らはルスター王国の戦場地帯にいるらしい。例の如く、どこかの軍団と共同歩調だろう。まぁ、そのルスター王国軍も、どんな調子かは知らないがね。負けを重ねて後退しているか、場合によっては潰走しているかも」

 ……とんでもないことをさらっと言わないでほしい。

「ま、戦場なんてそんなものだ。特に今の戦争は、勝つことはない。ちょっと勝つか、ちょっと負けるか、その繰り返しだ。大負けしないのは、人間の底力だな」

 いずれ尽きる底力だ、とぼそっと付け加えたのはルッコだった。かもしれないな、とヴァンは笑っている。

 何か、俺は選択を間違ったんじゃないか?

「そういう不安定な職場だが、安全といえば安全だ」

「何故ですか?」

「俺が見込んだ奴しかいないし、だから、間違いがない」

 どういう理屈だろう、それは。

「会ってみればわかる。もちろん、今の話を聞いてやっぱりやめますという答えを聞いても、別に俺は気分を害されることはないし、惜しいが、我が労働環境の改善を議論しようかな、という感じだよ」

 答えに困る。というか、すでに抱き込みにかかっている気もしなくはない。

 俺は無意識に、助けを求めるようにルッコを見たが、彼は平然と暖炉の方を見ていた。顔でゆらゆらと影が揺れているけどこちらには無関心だった。

 こういう時、大人っていう奴は適切な助言とか、意見を言ってくれるものじゃないのか……?

 誰も何も言わなくなり、動きも止まった。

 外からエン族の男たちの歓声が聞こえる。

「決める時は今までもあっただろう」

 ルッコがどこか乾いた口調でそういった。

「常に何かを決めるのが、生きるということらしい。私も、今まで多くの決断をした。精霊教会に入ったことも、聖都を出ると決めたことも、この深き谷で生きると決めたことも、全てが決断だ。お前もそうだろう? リツ」

 暖炉の赤い光が、ルッコの瞳の上で揺らめく。

 深く、染み透るような視線に、俺はちょっと怯え、しかし励まされたような気もした。

 ルッコであろうと、決断には勇気か、あるいは思い切りが必要なのだろう。

 みんな未来のことはわからない。

 成功する確信はないし、失敗する予感ばかりあるものなんだろう。

 それでもどこかで決めないといけない。

 俺はレオンソード騎士領を出る時、シロの元を離れる時、やっぱり決断した。

 今もそういう決断の場面の一つなんだろう。

「行きますよ」

 自然と声が出ていた。

 自分でも意外に思うような、強い調子だった。

「俺は人類を守り隊に参加します」

 よかろう、とルッコは視線をまた暖炉の方へ向けた。

 ヴァンは嬉しそうに笑うと、よろしく頼む、とこちらに身を乗り出して手を差し伸べてきた。

 俺はその大きな掌を握った。

 まだ自分のことを子どもだと思っていたけど、ヴァンの手を握った俺の手は、思っているよりも大きな手だった。

 強く、手が握られ、俺も握り返す。

 もう一度、ヴァンが笑った。

 翌日、俺はルッコに別れを告げた。

 いつものリビングで、ルッコはいつも通りだった。

「何かあれば戻ってきたらいい、と言えるような場所じゃないな」

 そう言ったときのルッコの表情は、なんと表現すればいいのだろう。寂しげ、と表現するには険がありすぎ、冗談というには自虐的だった。

「ルッコさんのことは、忘れません」

「いつか、お前の父もそう言って私の前を離れていったよ。そして死んだ」

 どうやら俺に、死ぬな、と言いたいのを、別の言葉を使って表現しているようだ。

「精一杯、生きようと思います」

 そう答えるとき、ちょっとだけ俺の視界は滲んでいた。

 母と別れるときには涙を流さなかった自分が、どうしてこの隠棲している男にここまで感情を動かされるか、わからなかった。

 もしかしたら俺はレオンソード騎士領を出てから、やっと人間らしくなれたのかもしれない。

 ただ日々を送り、それに埋没する人形のような存在ではなくなったのだ。

 行け、とルッコが短く言ったので、俺は深く頭を下げて、リビングを出た。

 与えられていた部屋で防寒着を着込んで、崖の外へ出た。

 すでに支度をしているエン族の男たちがいて、カナの姿もあった。ヴァンもいる。

 カナが何かの笛のようなものを吹くと、角笛の野太い音が重なって響いた。

 そして男たちが動き出した。

 すでに暦では六月だが、この山奥では、まだ雪が周囲を覆っている。

 しかし気候は少し、暖かくなったようだ。

 俺とヴァンは、エン族の男たちの最後尾についた。

 しばらく歩くと、どうしても振り返りたい自分がいた。

 いたけれど、堪えて、俺は振り返らなかった。

 強い風が吹き、地吹雪が頬を打つ。顔を覆う布を少しだけ、持ち上げた。



(続く)

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