1-26 訪問者たち
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次々とハガ族のものたちがやってきて、荷物が遺構の下に積み上げられた。
彼らは休息の後、それらを遺構の中の備蓄のための部屋に運び込むようだ。
詳細を知りたかったけど、ルッコに指示されて、俺は彼らに茶や酒を給仕することになった。
ここ数ヶ月なかった喧騒、目まぐるしい喧騒の中に放り込まれた。
ハガ族のものたちはとにかく賑やかで、仕事が一段落したからだろう、生き生きとしている。
酒を飲むのも杯で飲むなどということはせず、瓶から直接に飲んでいた。茶を飲むものは、水も要求し、茶に水を入れて薄める、というより温くして一息に飲み干している。
食料は彼らは自前のものがあるようで、それぞれが何かしらを食べている。とにかく水分は俺が配らないといけない。
酒を飲むものも、度を越しはしないようだ。瓶で一口飲むと、その瓶は隣のものの手に渡っていく。しかし総勢で五十人ほどはいそうで、貯蔵庫にある酒は手当たり次第に持っていくしかなかった。
ヴァンがふらっとやってきて、「忙しそうだな」と新しい酒瓶の栓を抜いている俺に笑いかける。
ぐっと力を込めると、栓が勢い良く抜けた。ハガ族の若者に手渡す。
「何か俺に用事ですか?」
「この連中のリーダーと顔合わせだってさ。ついてきな、リツ」
酒をもう一本頼むぜ、という声を背中で聞いて、俺は一度、遺構に戻った。階段を上がり、ヴァンに断って貯蔵庫へ寄り道した。そこから新しい酒のボトルを手に取り、表へ出てから、崖を降りるのが面倒なので、下に声をかけた。
若者が二、三人、手を振り返した。
落とします! と声を発して、ボトルを落とした。ハガ族の男たちは全く動じることなく、即座に位置に着き、そのうちの一人が柔軟な動作でボトルを受け止める。周囲から歓声が上がる。
俺は待たせていたヴァンの元へ戻り、そこから二人でリビングに入った。
暖炉の火はここ数日、抑えめで、今日も炎は小さい。
その前で、ルッコとハガ族の青年が話をしていた。知らない顔だ。
俺に気付いたルッコがこちらを手で示す。
「リツというものだ。ちょっとした縁で、ここに置いていた」
すっくとハガ族の若者が立ち上がる。上背があり、細身だけれど動きには力強さがある。
「エン族のカナというものです」
澄んだ声に、俺はちょっと気圧されながら「リツです」と頭を下げる。
少し前に、とカナが不思議そうな顔になる。
「ウン族のシロというものが、面白い若者を拾ったが逃げられたと言っていました。有望で目をかけていたのに断られたと」
シロの名前には、正直、驚いた。その驚きから立ち直れないまま、俺は言い訳していた。
「一応、ここへルッコさんを訪ねるための旅だったので、その、ハガ族の一員となるわけにもいかなくて……」
しどろもどろな俺が可笑しいのだろう、ルッコが口元を手で隠している。
カナの表情も穏やかな笑みになった。
「別に責めているわけではありません。しかし、外から来たもので騎馬隊に加えられるものは珍しい。不思議な人ですね、リツさんは」
「いえ、そんなことはありません。そんなかしこまった口調も、しないでください。俺はただの小僧で、無力で、未熟です」
「そういう認識を持てるところが、やや普通ではないですね。今時の若者は、みんな、自分が英雄になれると考えるところがある」
俺は俺自身のことより、幼馴染のことを真っ先に考えた。
彼女も、自分は英雄になれると考えていたようだった。
そして実際、行動した。
無謀で、無茶で、それで、どうなったのか。
俺が黙り込んでしまったからだろう、ルッコが一度、咳払いをして「カナ、リツをお前の部隊に同行させてもらえるか」と言った。
いつの間にか俯かせていた顔を上げ、ルッコを見ると、真面目な表情をしている。
そうか、俺はここを出て行く時が来たのか。
「エン族の一員にはならないのですよね、リツさんは」
そのカナの問いかけに、俺は黙って頷いた。
しかし、俺が行くべき場所はない。
いや、一つだけ、あるか。
「俺は、ヴァンさんについていこうと思っています」
言いながらヴァンの方を見ると、彼は退屈そうに耳のあたりを指で掻いているところで、俺の言葉によって全員の視線が集中したのにキョトンとしていた。話を聞いていなかったのかもしれない。
「苦労すると思うがね、私は」
それがルッコの評価で、カナは無言。カナはヴァンのことをよく知らないのだろう。
「俺のところへ本当に来るのか、リツ?」
はい、と頷いて見せると、間違いなく苦労するよ、とヴァンはルッコの言葉を繰り返すようなことを言った。
「とにかく、おまえたちの出立は明日だな。天気も崩れないだろう。地上にほど近いいつもの広間が、空いている。寝具は持ち歩いているもので我慢してくれ。食料はどうする?」
僕のことはもう決まったようで、ルッコがカナと一晩の過ごし方について話している。食料はいつも通りに自前で済むが、水だけは補給したい、とカナは言った。
「まあ、十日も雪の山を歩いたのだ、もっと面倒を見るべきだといつも思うよ」
その本当に気遣っているルッコの言葉にカナは微笑み、僕たちにも理由はありますから、と返していた。
ルッコと繋ぎをつけておくということか、それとも、もっと別の何かがあるのかは俺にはわからなかった。
仲間の様子を見てきます、とカナが一礼して部屋を出て行った。
「ヴァン、お前の傭兵隊の話はリツにしたか?」
そうルッコに水を向けられて、これからだな、とヴァンは答えた。
「今、ここで話してやれ。エン族は明日の朝には出立だ」
しかしすぐに話すのはは無理だった。エン族のものに水を手配しないといけない。そのうちに二時間は過ぎていた。昼前に彼らが到着して、俺はまだ昼食を食べていない。ルッコとヴァンは食べたのだろうか。
リビングへ戻ってそのことを言おうとすると、あまりに表情にヴァンの話への興味が出すぎていたのだろう、「話が先でいい」とルッコが言って身振りで空いている席を示した。
俺がそこへ座ると、書棚の前に立っていたヴァンもやってきて、そばの椅子に腰掛けた。
「話せ」
そうルッコに促され、ヴァンは困ったように顎を撫で始めた。
しかし、さすがに観念したのか、話し始めた。
(続く)




