1-25 力の使い方
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吹雪は不思議と静まっている日が続き、その間、俺はヴァンの稽古を半日ほど受けることができた。
剣術もだけど、ヴァンが教えてくれたもので一番、有意義だったのは鉈の使い方だった。
少しのコツがあればうまくできる、とヴァンは言っていたけど、そこまで簡単じゃない。
俺の手に手を添えるようにして、ヴァンは構えや力の加え方を教えてくれた。
二日ほど、午前中はヴァンの前で、午後は自分だけで丸太を薪にしていったけれど、彼ほどうまくはできない。
ちょっと自分のファクトに慣れすぎたかな、というところが俺の実感だ。
一人の時、割り終わった薪をまとめている時や、料理の支度をしたりお茶を用意する時、何度も自分のファクトについて考えた。
俺もファクトにそこまで精通していないけど、俺のファクトは不自由だ。
極端な打撃力、破壊力を発揮できても、そうした途端に武器が崩壊してしまう。
ついでに自分の手で触れていないと意味がない。
攻城戦で使える、という趣旨のことをヴァンが言っていたのも、何度も検討した。
砦というものを間近に見たことがないけど、たぶん、弓とか銃とか、その手のものがズラリと構えられているのではないか。
その砦を落とすとすると、まず俺をその砦のそばに近づけないといけない。どうやって近づけるか、というのは大問題だ。大勢が盾を構えて進むのだろうか。犠牲が出るのではないか。
そうしてやっと砦に取り付いたところで、俺が持っている何らかの武器が、最大出力で砦の外壁なのかを破壊することができる。長い槍でも持てば、とも思うけど、得物の長さでは本当に少しの距離しか縮められない。
ここまでくると、俺のファクトはやっぱり不自由だ。
一対一の戦いなら、まだ何かできるのかもしれないけど、俺の中で人と一対一で命を取り合う、というのは現実味がなかった。
魔物と一対一にはなるかもしれない。それなら少しは抵抗もない、かもしれない。
それでも魔物が一対一を意図的に作るという話は聞いたことがなかった。出現した魔物は時によっては地面を埋めるほど多く、それが一斉に押し寄せてくるという。人間たちはそれに対して土塁を作ったり、塹壕を掘ったり、そうして抵抗するとのことだ。
都合のいいファクトというのが羨ましい気もする。
そんな気持ちは、あまり健全ではないし、後ろ向きすぎるのは確実だ。
「ルッコに聞いてみればいい。奴のファクトにな」
俺がファクトについてヴァンに確認すると、ヴァンはそういった。嬉しそうというよりは、笑うしかない、というような笑い方だった。
まだ俺はルッコのファクトが何なのか、聞いたことがなかった。
「何か、珍しいファクトですか?」
本人に聞きなよ、とヴァンは笑っていた。
その日、夕食の席で俺はルッコに訊ねてみた。
何かを責めるようにルッコがヴァンを見るが、ヴァンは平然として食事をしている。それでもルッコが睨みつけているのに、やっと彼は顔を上げて、恥ずかしくもあるまい、と落ち着いた口調で、ただちょっとだけ拗ねたように言う。
「私のファクトを知ってどうするね」
ルッコはヴァンを責めるのを諦めたようで、目つきの険しさは変えずにこちらを見た。そうされるとかなり威圧感がある。気持ちを整える必要がある。
「いえ、どうするというのではなく、好奇心です」
「好奇心か。若者の特権といえば聞こえはいいが、趣味が悪い」
そこまで隠したいのか。
「趣味の悪さは誰に学んだ?」
いきなりの声が背後からだったので、反射的に勢いよく振り返っていた。
そこには、ルッコが立っている。
え? 今、目の前にいるんじゃ……。
「まさかルン譲りとは言わないよな」
次の声は右側。前に向き直りかけた途中で、確かにそこにルッコが立っているのが見えた。
寸前まではいなかった。
いや、後ろにいたんじゃ……、いや、いや、その前に、目の前にいた。
前を向くと、椅子にルッコが座っている。右を見る。ルッコが立っている。背後を振り返ると、ルッコがいる。
全員が不機嫌そうな顔でこちらを見ている。
三つ子などという理屈じゃない。ファクトの話をしていたんだ。
すなわち、これがルッコのファクトなのだ。
椅子に座っているルッコがさっと手を振ると右側と背後のルッコが消えた。
忍笑いをしていたヴァンが、堪えきれないというように笑い出す。
「この学者様のファクトは、イリュージョンというものだよ。戦場ではさぞかし役立ちそうだが、戦場に立つことは一度もなくて、ひたすら勉強だよ」
「そういうな。これでも学者にも役立つファクトだ」
不機嫌そうに干し肉の塊を煮たものを切り分けながら、不服そのものでルッコが補足した。
「幻は方々へ送り込める。そしてそこで見聞きしたことを、自分の意識で感じ取れる。つまり私は、三つの幻を生み出せば、同時に四冊の本を読めるのだ」
「思考が混乱しないのは不思議だよ」
「そこがファクトというものだ」
実はルッコはすごいのではないか、と改めて感じる俺だった。
知識量もだけど、もしやろうと思えば、彼は相応の戦士にもなれるのではないか。
どんな生き方をするかは人それぞれだし、何かに貢献するもしないもそれぞれの自由だから、その点に関して俺はどうこうという意見を持たない。
はっきりしていることは、ルッコは尊敬できる優れた人間だということだ。
この山奥に隠棲しているとはいえ、偉大なのではないか。
さすがに、鷹の賢者と呼ばれるだけはある。
「お前のファクトについては話したか?」
ヴァンはルッコにそう問いかけられたが、いずれな、とやり返している。二人の大人は同時にグラスの中のぶどう酒を飲み干し、お互いに酌をし合っている。何かの合意か、何かのせめぎ合いがありそうだ。
そんな具合で、ヴァンの指導を受けた遺構での日々は六日ほどで、そこへハガ族の中の一つの部族から、物資が届いた。
届いたというより、隊列を組んで彼らはやってきた。
(続く)




