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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第一部 彼の別れと再会
23/213

1-23 技と力

      ◆


 しばらく話を聞いているうちに、ルッコに昼食の用意を頼まれた。

「お酒を出しますか」

「夜でいい」

 そっけない返事をして、またルッコはヴァンと話し始めた。

 俺は昼食を手早く作り、リビングに運ぶ。この遺構ではここが最も使い勝手がいいのだ。書物を読むにも、書き物をするにも、話をするにも、食事をするにも。

 少しだけ品数を増やしたけれどルッコはそれには触れず、何やらヴァンと中部三国のことを話していた。

 ルスター王国、ウェッザ王国、そして中部東方にあるユランガ王国、この三つが中部三国である。

 俺はルスター王国の、ほんの一部しか知らない。

 ヴァンは全てを旅しているようだし、ルッコもどうやらそれぞれの国に行ったことがあるのか、かなり詳細な情報を知っているようだ。

 食事が終わると、「休憩しよう」とヴァンが席を立った。ルッコは無言で頷き、椅子にもたれて暖炉の方に視線をやった。その横顔には何か、目まぐるしい思考の気配のようなものがあった。

 ヴァンが俺に「薪割りを見せてくれ」と言った。

 そうして俺はヴァンと一緒に外へ出た。ゆっくりと階段を下りていく時、遠くを見晴らすといつになく見晴らしが良かった。晴れているし、太陽も眩しい。風も穏やかだった。

 地面にはそれでも風で吹き寄せられた雪が柔らかく積もっている。

 崖の地面のすぐそばにある空間が、俺が薪を割る場所だった。まだ丸太には余裕があり、そこから短い輪切りにしたものがいくつも転がっている。

「この鉈か」

 俺が丸太をセットしている間に、鉈を手に取ったヴァンが軽く素振りしている。不自然なほど自然な動きなのが、俺に感動すら与えた。

 やっぱりヴァンは並の剣士ではないのだ、と確信に近いものがあった。

「やって見せてくれ」

 鉈の柄を差し出されて手に取ると、さっきまではヴァンが軽々と操っていたのに、とても俺にはそうはできない。

 鉈をしっかり持って、数字を意識した。

 五から十五へ。ピタリと十五に数字が上がる。

 俺は軽く鉈を丸太に当てた。

 高い音が鳴り、丸太が二つに割れる。立ち位置を変えて、何度も鉈を軽く当てて、丸太は十等分された。

 恐る恐るヴァンの方を見るが、首を傾げられた。

「今のがお前のファクトか? よく分からないけど、ストロングみたいなものか?」

「鉈の威力を底上げしているんです。だから、やろうと思えば、この鉈で岩も割れます」

「へぇ。じゃあなんで薪を割っている」

 それは細かな調整の訓練で、と言おうとしたけど、ヴァンがいきなり腰の剣を抜いた。

 細身の刃で、寒気がするような光の反射をしている。

 俺の横を抜け、彼は丸太の輪切りの一つを足で器用に縦にすると、見てろ、と刃を丸太に当てた。

 動いた。

 いや、わずかにヴァンは手元の角度を変えたくらいだった。

 しかしそれで、丸太は二つに割れた。

「剣の切れ味じゃないよ」

 さっと鞘に剣が戻り、こちらに手が向けられる。鉈を貸せ、ということか。

 手渡すと、二つに割れた丸太の一つに、さっきと同じようにヴァンはわずかに鉈を当てた。

 そしてもう一回、やはり手元をわずかに動かして、それだけで半分の丸太がまた半分になった。

「もう一回、見せておこう」

 鉈が食い込んだ時、俺はじっと様子を観察した。

 手首が動くだけだ。鉈を振りかぶるわけではなく、打ちつけるわけでもなく、ちょっとした動きだけで木を割るとは、見たこともない技だ。

「つまりだ、リツ」

 力を込めてヴァンが薪に鉈を突き立て、さっと手を離してこちらを見た。

 鉈は薪と一緒に自立している。バランスが取れるように食い込ませたのか。

 いや、今はそれは別にいいのかもしれない。

 ヴァンが申し訳なさそうに笑っている。

「お前のファクトは珍しいらしいけど、使い道は平凡だ、ってことかな。少なくとも、薪を軽く割るために使うようなファクトじゃないし、それに習熟しても大きな意味はないってことだな」

「そうですか」

 他にどう言いようもない俺に、ヴァンが「しかし」とすぐに言う。

「威力がどれだけあるかは気になる。ちょっとこの薪で、最大出力でやってみろ」

 足元の薪が蹴り上げられ、それを掴んだヴァンが投げ渡してくる。反射的に受け取って、俺はまだ割られていない丸太の前に立った。

 薪の数字は三。念じて、試しに一〇〇を意識する。数字は一〇〇になる。なら二〇〇と意識すると、一二〇以上は上がらない。

 呼吸を整えて、俺は薪を丸太に打ちつけた。

 落雷のような音がして、丸太がバラバラに砕け散る。当然、薪も半分は同時に粉砕していて、俺の手に残ったものもすぐに粉々に砕けて手の中から落ちた。

 へえ、と初めてヴァンが感嘆の声を漏らした。まちがいなく、感嘆だ。

「武器が崩壊してしまうのはマイナスだが、それは使い捨てを用意しておけばいいか。こいつは意外に使えるかもしれないな。攻城戦の時になると、非常に有意義だろう」

 口元を撫でながら、ヴァンはこちらに近寄って丸太があった場所をじっと見ている。もう丸太は原型をとどめていない。本当にバラバラだ。

「数字が見えると言ったよな。今のは数字でいくつだ?」

「一二〇ってものです」

「ちゃんとした武器なら、もっといけるのか?」

 記憶を辿ると、例の巨人フォルゴラの指を破壊した時、短剣は二〇〇〇ほどになったはずだ。

「二〇〇〇くらいは経験があります」

「それで攻撃された方がどうなった」

 これはちょっと答えづらい。けど隠すことでもない、かな。

「巨人の指が少しだけ、欠けました。数値を上げた短剣は、折れて無くなってしまいました」

 初めてヴァンが目を見開いた。

「本当か?」

 頷くと、そいつはすごい、と思わずといったようにヴァンが呟いた。




(続く)

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