表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第一部 彼の別れと再会
22/213

1-22 懐かしさ

      ◆



 俺はどう声をかけるか迷った末に、「お久しぶりです」と言っていた。

 もう長い間、会っていない。そもそも顔を合わせていた期間も短い。俺のことなど忘れていて当然だ。

 男はゆっくりと俺の前に立ち、防寒のために口元を追っていた布を下げた。髭が伸びているけど、やはり彼だった。

「どこで会ったかな?」

「五年ほど前に、お会いしました。リウ・ウェラさん」

 リウは頭にかぶっていた帽子も脱いだ。目元が隠れていては、しっかり俺を見るのに支障があったのだろう。

 口元も頭も露わになると、やっぱり彼はリウだった。

「五年前? どこで?」

「レオンソード騎士領で、剣を教えていただきました。俺は、リツ・グザです」

「レオンソード騎士領……」

 そう声を漏らした後、パッと笑顔が広がった。

「あの時の子どもか! なんだ、そう言われてみれば、面影がある。大きくなったな!」

 急に間合いを詰められ、いきなり抱き締められた。

 何か懐かしい気持ちがしたのは、何故だろう。彼が俺を抱きしめたことはなかったはずなのに。

 ぐっと力を込めてから、彼は俺を放した。

「ここにいるってことは、鷹の賢者を頼ってきたのか?」

「ええ、まあ。リウさんも、ルッコさんに用事ですか?」

「古い知り合いだ。前にお前に会った時も、ここへ来る途中だった」

 どちらからともなく崖にある遺構に向かい、リウは足を進めながら「名前は変えたんだ」と言った。

「今は、ヴァン・ウェラと名乗っているよ。まぁ、あまり意味はない」

 階段を上がり、穴の中へ入っていく。中へ入る前にヴァンは素早く外套を脱ぎ、払った。

 勝手知ったる様子でヴァンはリビングへ行き、そこではいつも通りにルッコは本を読んでいた。その顔が上がり、「ああ、あんたか」と全く驚きもせずに声をかけた。

「久しぶりだな、鷹の賢者」

「まだ死んでいないらしいな、リウ」

「今はヴァンと名乗っているよ。それだけ色々あったってことさ」

「ヴァンね。仲間はまだ生きているのだろう?」

 空いている椅子にヴァンが腰かけた時、ぼんやりと二人を見ていた俺にルッコがチラッと視線を向けた。お茶を用意しろ、ということだともう何も言われなくてもわかる。

 気を取り直して、俺は急いでお茶を用意した。

 気を利かせたつもりで、貯蔵庫にある酒の中からボトルを一つだけ、用意しておく。ここには様々な酒があるけれど、特に寒い日にはルッコはよく無色透明の酒を、湯煎して飲むことをしているのだ。

 今日はそこまで寒くは無いけれど、それは俺の感覚だし、ヴァンは長い旅を経ているのだから熱燗の方がいいだろう。

 とりあえずはお茶を用意して、リビングへ戻った。紅茶を入れたカップを差し出す。ヴァンは特に何も注文をつけずに「ありがとう」とカップを受け取った。

「なんでリツはここにいるんだ?」

 お茶を一口、飲んでからヴァンが訊ねてきた。

「ファクトだよ」

 俺が答える前に、ルッコが答えた。

「実に愉快なファクトだ。洗礼辞典には載っていない。古い記録を当たるとそれっぽいものがある。だから私が自ら、記録を作るためにこの少年をそばに置いている」

 ちょっとだけ驚いたのは、ルッコはあまり俺に興味を持っていないようで、本当にただの助手、というか、家政婦みたいな役割でそばに置いていると思っていたからだ。しかも、冬が過ぎるまで仕方なくそばに置いている、という姿勢だと思っていた。

 ヴァンが興味深そうにこちらを見る。

「なんていうファクトだ?」

「リライトです」

「何ができる」

 説明に困る質問だった。

 これといって、何かができるわけじゃなくて、打撃力などを向上させるだけで、しかも限界がある。正確に言えば、向上には限界がないに等しいけど、対象には必ず限界がある。

「割った薪を見ればいい」

 俺が答えに窮しているのを助けるようでもないけど、ルッコがそういった。

「リツ、あとで実際に割るところを見せてやれ」

 ならそうしよう、とヴァンはあっさりと引き下がった。

 俺も自分の席についてお茶を飲みながら、二人の話を聞いていた。

 ヴァンは大陸の中部を移動し続けているらしく、話は主に大陸中部の中央を治めているウェッザ王国の話だった。

 ウェッザ王国は極端に財政が不安定になっているようだ。

 その理由は魔物との戦場を抱えているため、兵士を抱える必要があるが、それでは戦力を賄いきれずに傭兵を雇うことになっている。傭兵を雇えば、その報酬を払わないといけない。銭か、物資である。しかしそれがないがために、領土の一部を傭兵たちに割譲することになる。

 一度、それを始めてしまうと、傭兵たちの食い物にされる。ウェッザ王国としても、傭兵を雇わずにはいられず、結果、さらに領土の中に傭兵領とでも呼ぶべき土地が増える。

 この土地からの税収はほとんど全て傭兵に行く取り決めのようで、国が富むわけではない。

 さらに有力な傭兵団は、ウェッザ王国を見限っており、兵力は貸しても、決して拠点をそこに置かない。そうなってしまうと、傭兵になりたいものはウェッザ王国ではない国に流出し、また、ウェッザ王国の王国軍に入ることに魅力がなくなってしまう。傭兵となった方が、余程実入りがいいのだ。こうなると王国軍自体が人材不足になる。軍が弱体化すればまた傭兵が必要になり、領土が切り取られ、そして人が不足し、国庫は先細りになる。

「最悪の展開の一歩手前だな」

 ヴァンがそう言うと、ルッコは何度か頷いた。

「そもそもからして魔物との戦争が百年は続いているのに、人間の国家が一つに団結できないのが問題だ。この問題を解決すれば、魔物をあるいは封じ込められたかもしれない。しかし人間はそうはしなかった。団結という言葉は、どこかへ消えた」

「俺としては仕事があっていいが、ウェッザ王国はどうするのかな」

 仕事があって良い?

 俺は思わずヴァンの顔を見ていた。その視線に気づいたのだろう、彼がこちらを見る。

「俺の仕事が気になるか?」

 頷く俺とほぼ同時に「やめておけ」とルッコが口を挟んだ。

 ヴァンは肩をすくめて、また別の話題を始めた。

 それは北方にある三つの国の連合体に関する話だった。それはそれで興味深いので、俺は時折、二人のカップにお茶を注ぎ直しながら、じっと耳を傾けていた。



(続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ