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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
212/213

5-41 許されるだろう?

      ◆



 あれから長い時間が過ぎた。

 リーカはジュンの元にたどり着き、教師の一人として剣術を教えているという。

 もう魔物の肉を食らったとは思えないほど、普通の傭兵の一人になった。戦場を離れた元傭兵、という表現の方が正しいか。

 口数こそ少ないが、時折、笑みを見せるという。

 それが花が咲くようだと、ジュンは俺に書状をよこした。

 俺とイリューの日々は変わらなかった。

 どこまでも続く戦場。

 いつまでも続く戦闘。

 魔物は引きも切らずに俺たちの前に現れ、俺たちは容赦なく、それを切り倒した。

 一体残らず。

 人間は戦線を維持するのが精一杯で、東西に延びる戦場は、どこへ行っても戦闘があった。

 それはとりもなおさず、傭兵が銭を稼ぐ場があり、生きるのに苦労しないということだ。

 ヴァンからも時折、使者が来た。ヴァンはまだ各地を巡り歩き、これはと思ったものに声をかけているらしい。

 フォウは商売を続け、拠点をいつの間にかウェッザ王国に移し、そのまま大陸の中央東部を治めるユランガ王国へ拠点をさらに移した。ユランガ王国は東部が海岸に接しており、北方の国と交易ができるという。

 この商人からの書状は大概、仕事についてしか書かれていないが、東の海の果てには何があるかわからない、と書いてきた時は、さすがに俺はイリューと笑みを浮かべあった。

 見果てぬ土地があるとすれば、そこではさぞかし盛大に商売できることだろう。

 俺とイリューが戦場にいる間に、数人の部下がついた。それは全て、ジュンが鍛え上げた若者たちで、意欲に燃え、腕に自信を持ち、何より希望を抱いていた。

 生き残った者もいれば、倒れた者もいる。

 雄叫びをあげて魔物を道連れにした奴もいれば、みっともなく逃げようとして後ろからやられる奴もいた。

 俺はふとすると悲しみに襲われ、隠れて涙したこともあった。

 イリューがどういう気持ちで彼らを見送ったかは、わからない。あの亜人が涙を流す場面は一度も見なかった。

 ただ、愛用の長刀を抜いて、それで亜人に伝わるという舞を踊ったことがある。

 美しい舞だった。

 しかしその時は、俺たちは大戦果を上げた後の盛大な祝いの場だったので、俺ですら舞が死者への鎮魂のためだとは思いもしなかった。

 みんな、イリューが余興の一つとして舞ったのだと、思っていた。

 誰もが笑みを浮かべていた。歓声をあげ、指笛を吹いた。俺たちが浮かれきっていることにはイリューは何も言わず、いつも通りの不機嫌顔で席に戻っただけだ。

 あの舞が鎮魂の舞だと俺がわかった時、あの宴席にいたものの大半は、この世を離れていたか、戦場を離れていた。

 俺とイリューが二人きりになった夜、イリューがあの舞を踊ったのだ。

 俺以外、誰も見ていなかった。

 舞を踊るイリューは美しく、その動作は優雅で、全てが浮世離れして見えた。

 舞を終えてから、死者のためだ、とイリューは唸るように言った。

 ユナのことを考える夜、彼女が何をなしたのかを、繰り返し検討した。

 俺を導いた。そしてリーカを置き去りにした。置き去りにされたのは俺も同じだ。

 どこまでいっても何の救いもなく、ユナのことを覚えているものは、いつかはいなくなるだろう。

 俺やリーカが語り継いだとしても、いずれは、誰もが忘れるのだ。

 かつて勇敢に戦ったコルトがいなくなったように。誰も彼の名前を口にせず、語り継ぐことが途切れたように。

 どこまでいっても俺たちは、忘れられる存在だった。

 本当の英雄なら、誰かが語り継ぐだろうか。

 俺が知っている英雄は、この時になってみると、ユナではなく、ヴァンでもなく、イリューでもなく、ジュンでもなかった。

 俺たちは傭兵で、英雄ではなかった。

 どこにでもいる戦士だった。

 接したものの全てを総ざらいしても、五年も過ぎれば語られなくなり、十年も過ぎれば誰もが忘れる。二十年で記録さえも消える。

 朝が来て、夜が来る。

 季節は巡る。

 戦場では雨が降り続けている。

 淀んだ空気を抜けて濁った水が降り注ぎ、魔物の血も、人の血も、等しく流し去っていく。

 救いなんて無い。

 誰もが救いを求めているのに。

 イリューは常に俺の隣にいた。

 亜人の長命はなるほど、確かに俺を救っただろう。

 俺がイリューを救ったかは、最後まで聞くことはなかった。

 長い長い時間が過ぎ去った時、俺は独りきりになり、傭兵をやめた。

 足は自然と西へ向き、俺は大山脈の奥、深き谷に踏み込んだ。

 彷徨い歩き、どこにもたどり着くことなく、俺は足を止めた。

 山脈は終わることなく、峻烈な峰々の間で、俺は動くことを終わりにすると決めた。

 ふと気づくと、巨人が俺のそばにいた。

(岩はこうして生きる)

 巨人の声が響く。

(人の生のなんと短いこと)

「それも」

 強い風が吹いた。砂が舞い上がり、吹き付けてくる。

 何も見えなくなる。

「それもそれほど、悪くはないさ」

(後悔しているか?)

 問いかけの意味は、きっと、生きた岩を植え付けられたことを後悔しているか、ということだっただろう。

 それよりも、俺は傭兵になったことを後悔しているか、そう問いかけらられた気がした。

 後悔しない。

 あの幼い時分に、俺は夢を見た。

 ユナが運んできた夢を、一緒に見たんだ。

 傭兵になる。

 英雄になる。

 叶ったこともあるし、叶わなかったこともある。

 でも今は、今も、少しも後悔していない。

 後悔もあれば、間違いもあった。

 でも結局、悪くはなかった。

「少し、眠るとしよう」

 俺が言うと、巨人がゆっくりと立ち上がり、地面が震えた。

 巨人が離れていき、轟々と風が渦巻き、俺の周りに砂がたまっていく。

 足は動かない。起き上がることもできずに、俺は目を閉じた。

 風は吹き続ける。

 時間の流れを象徴するように。

 俺は眠る。

 俺だって、死んだっていいだろう?

 みんなが去って行った。

 俺だって去ることが許されるはずだ。

 何もかもが中途半端でも。

 ユナ。

 俺に光を見せてくれた。

 俺は光を見た。

 今も、見えている。

 闇の中に一筋の光が見え、俺を照らす。

 その光は、ふっつりと消えた。

 闇。

 静寂。

 停止。

 霧散。




(第五部 了)


(完)

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