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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
206/213

5-35 霊魂の向かう先


       ◆



 バットンに近づいたところで、北から南へ走る街道で荷車の隊と遭遇した。騎馬隊も同行していて、騎馬隊の総数は一〇〇騎ほどか。荷車自体は二十輌だった。

 俺たちは最初こそ騎馬隊に警戒されたが、運良く指揮している傭兵が顔見知りだった。

「なんだ、リツとイリューか」

 三十代後半の男で、名前はガルッダ。彼はしかし、前線での戦闘から身を引いて後方に下がったはずだ。てっきり、どこかで武術か戦術の教官でもしていると思っていた。

「なんだ、ガルッダはもう引退したと思っていたよ」

 お互いに馬を寄せる。俺の正直な言葉にガルッダがニヤッと笑い、仕事はしなくちゃな、と言った。

「仕事って、用心棒か何かか?」

 俺の目にも騎馬隊の男たちは明らかに緊張していて、表情にも余裕はないように見えた。戦場に立ち続けた傭兵のそれでもないし、それどころか仕事に慣れているようでもない。

 兵士でも傭兵でもない、用心棒という表現が妥当だろう。

 俺の言葉に舌打ちしてから、「教官だよ」と言ってから、彼は声を張り上げて将校のような位置らしい部下に指示を飛ばし、荷車が動き出した。揃って騎馬隊も進んでいく。最後尾を俺とイリュー、ガルッダが並んで進みながら話は続いた。

「荷車を輸送する業者に雇われてな、武術と馬術を教えて、ついでに体力作りもして、こうして輸送部隊を作っている」

「人夫と護衛を両方、自分で用意する業者なんていたのか」

「金持ちの遊びみたいなもんだ。戦場のことを何も知らずに、銭を稼ぐことだけを考えている。それでも活動する場所は安全といえば安全で、ここにいる奴らが魔物の群れに揉まれたり、終わりことない戦いを繰り広げたり、そういうことはないだろう。死なない仕事っていうのは、それはそれでいいものだぞ」

 そう言っているガルッダは、しかしとてもこの仕事を歓迎しているようでもなかった。

 それよりもどこか、戦場に立ちたいと思っている気配が感じられた。

「あんたは、怪我だったかな。廃業したのは」

 俺の確認に、ガルッダが睨みつけてくるが、それが無意味と悟ったのだろう、大きな肩が持ち上げられる。

「そうだよ、腹をやられた。よく生きていると思うよ。今も傷は時折、痛んでな、かなわんよ。ついでに体力も元通りにはならない。ままならないとはこのことだ」

「あんたの腕前は凄かったけどな」

「お前みたいな若造に褒められてたんじゃ、本当におしまいだ」

 俺が黙ったので、違いない、とイリューが嘲笑する。まあ、その通りだ。俺は生き延びているだけで、まだ無名だ。

 そのまま荷車隊は数日をかけてバットンに入った。

 ガルッダからは色々な話を聞いたが、神鉄騎士団は本当にルスター王国から一人残らず撤退し、精霊教会は神鉄騎士団を神の威光に逆らう「悪の権化」と呼び、これを徹底的に叩き潰すべき、と主張しているという。

 ただ傭兵たちは目立った動きをせずに静観し、ルスター王国はすでに領内にいない相手を追撃できず、神鉄騎士団はウェッザ王国の領内で仕事をしているというのが現状のようだった。

 精霊教会の威光は結局のところ、回復しなかったのだ。そして神鉄騎士団への信頼は、揺らいだものの崩壊はしなかった。

 それが現状が続くという保守的な安堵を生むが、一方で、決定的な破綻がいずれ起きるのではないか、という不安があるのも事実だと俺には見えた。

 ガルッダはルスター王国南部の新教会領の構想に否定的で、しかしどうしようもないと受け入れているようなことを、ここへ至るまでの毎夜毎夜、繰り返してこぼしていた。

 時には、精霊教会の狂信者どもの私有地、などと表現していて、これには笑うしかなかった。

 それを言ったら、戦場は傭兵の庭、遊び場のようなものではないか。

 とにかく、バットンにたどり着いたのだが、思わぬ情報が入った。

 精霊教会のルッツェ教区の幹部だったルティアが捕縛された、というのだ。

 最初はただのそういう噂で、誰かと勘違いしているのではないか、と俺は思った。

 長い旅を経て、季節はすでに夏が終わろうとしている。あのルッツェでの焼き討ちから数ヶ月が過ぎている。ルティアはとっくに精霊教会に秘密裏に保護されているだろうと、俺は思っていたのだ。

 だからルティアが捕縛される理由がすぐには浮かばない。

 バットンで俺とイリューは物資を補給し、東へ向かった。ルティアに関する情報の真偽を確かめる訳ではなく、ジュンが書状を残していて、バットンで読んだ書状にはオー老師が亡くなったと書かれていた。日付はこの時より二週間は前である。

 俺とイリューがいつ、どこに戻ってくるかわからないので、いくつかの町や拠点に同様の書状を送っておいた、とも書かれていた。

「やはりあの老人が死ぬとは、信じられぬ」

 バットンを出て数日後の夜、珍しくよく晴れて、高い位置に月が輝いていた。その光の下で、俺は食事をしていて、イリューは食べ物には手をつけずに、真っ直ぐに立って月を見上げていた。

「かっこつけてないで食事にしろよ」

「月が綺麗な夜には、死者の魂が月に向かって飛翔するという伝承が、亜人にはある」

「それで?」

「いや、それだけだ。くだらん幻想だが、しかし、死者がただ土に帰るだけではなく、霊魂なるものが天に昇るという発想は、救いかもしれぬ」

 よくわからない理屈だった。

 ユナの魂が仮に月に向かったとして、俺は救われる気になれないだろう。

 彼女の魂は、今も戦場にある気がした。兵士や傭兵たちを見守っているのではないか、と。

 そうか。腑に落ちた。

 俺はその彼女の霊魂の存在を探すために、また戦場へ戻ったのか。

 しばらく二人ともが黙っていたが、イリューは優雅な動作で座り込むと食事を始めた。あとはいつも通りの夜だ。しかし俺はなかなか寝付けず、月を見据えたまま横になっていた。

 ルッツェに到達し、俺はイサッラまでに必要な水と食料を手に入れるために商店を回り、イリューは亜人たちに用があると亜人の住む地区の方へ消えた。

 ルッツェでは以前は傭兵なら無料で食料や武具、武器を手に入れられた。しかし南にスラータができたことで、今では有料だ。それもあって商店が増え、競争は激しくなっている。

 食料を手に入れた店の店主が何度も利用している誼みでだろう、ルティアに関する話を教えてくれた。

「例の司祭はね、ボロ切れを着て、畑の作物を盗もうとしているところを農夫に捕まったんだってさ」

 最初、何のことかわからなかった。

 あのルティアが盗みで捕まる?

「本当にそれ、例の司祭だったのか?」

「顔を知っているものが見たけど、間違いないらしい。何ヶ月も行方不明で、私なんててっきり死んだと思っていたけど、不思議なこともあるもんだねぇ。だいぶ飢えていたようで、三人がかりとはいえ、もう、昔の威厳はなかったとか」

 へぇ、と答えるしかできず、食料を受け取って俺は店を出た。

 イリューが戻ってくるのを馬のそばで待ちがながら、ちょっと考えてみた。 

 しかしやはり、信じられなかった。

 あの男の身に何が起きたんだ?



(続く)

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