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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
204/213

5-33 見たことのある光景

       ◆



 レオンソード騎士家の屋敷を出て麓へ降り、イリューがこちらをからかうように見た。

 さっきの怒りはもう忘れたらしい。

「お前の生家はどこだ」

 生家?

「まあ、そばだけど、今はどうなっているか知らない」

「廃墟になっているのも、また趣がある」

 あるかよ。

 そんなやり取りをしたが、なぜか俺が案内することになってしまった。

 畑の間を抜けていく。昼食どきになり、農夫たちが畦などに座り込み、食事をしていた。

 誰も俺を俺と気づかない。こちらは気付くこともある。しかしどれだけ視線を合わせても、彼らには理解できなかったようだ。

 俺は五年で変わりすぎた、か。

 俺が生まれ育った建物はすぐに見えた。思わず足を止めたのは、手入れがされ、人の気配がしたからだ。

「お前の親はいないはずだが」

 さすがに気まずいのだろう、イリューが小声で言う。

「いないよ。たぶん、誰かが借り受けたかして、使っているんだろう」

 そんな話をした直度、建物の戸が勢いよく開き、まだ十歳にもなっていない子どもが飛び出してきた。女の子で、ひとつに結ばれた金髪が揺れる。その光景が俺の胸に痛みを走らせた。

 女の子は木の棒を振り回している。

 そう、俺はこの光景を見たことがある。

 十年以上前だ。

 まるで何か、同じ演目が目の前で繰り返されているようだった。

 俺が目の当たりにしているのは、再演ではない。

 あの子にはあの子の未来がある。俺やユナに、それぞれの未来があったように。

 光と影に分かたれるとしても。生者と死者として引き裂かれるとしても。

 女の子が俺たち気付き、じっと見つめてくる。

「行こう」

 俺は生家に背中を向けた。イリューも自然とついてくる。

 どちらも喋らないまま、歩き続け、レオンソード騎士領の宿場の一つにたどり着いた時、日が暮れかかっていた。

 宿の一階が食堂になっていて、食事にしたが、そこで懐かしい料理が出てくることも俺を喜ばせず、逆に切なくさせた。

「このまま戦場へ戻るか?」

 おおよそ食事が終わったところで、イリューが確認するだけという口調で言った。

「それでも良いけど」

 視線を相棒から外したのは、ただの迷いだったが、ふと目に付いた男がいた。

 四人組で、雰囲気が違う。

 ハガ族だ。

「ちょっと気になっていることがある」

 俺がそう言うとイリューは思わぬ返答だったのだろう、少し眉をひそめる。

「お前の思い出を辿る旅ではない」

「ハガ族の知り合いがいるんだ」

 いよいよイリューが理解できないという顔になる。

「昔、ハガ族の中で、ウン族と呼ばれる部族に拾ってもらったことがある。シロという男が頭領のようだった」

「ハガ族は人間の中でも異質な存在だったはずだが?」

「気になるからちょっと会いたいだけだ」

 人間はわからぬ、という一言で、しかしイリューは受け入れた。

 翌朝、食事の時に四人組とまた顔を合わせたので、俺は彼らに声をかけた。意外だったのだろう、最初は敵意むき出しで、次には怪訝そうに四人ともが俺を見た。

 シロを知っているか、という一点だけを俺は訊ねた。

「シロ殿とどのような関係だ、お前が」

 四人ともが腰に短剣を差している。そのうちに二人は、実に巧妙に剣に手を伸ばしているが、それでも見え見えだ。他の二人は露骨に剣の柄に手を置いている。

「昔、世話になった。五年ほど前」

「シロ殿との関係を聞いているのだ」

「騎馬隊に誘われた」

 四人のうちの三人が鼻で笑った。そして二人が短剣を抜いて立ちあがった。他に食事をしていたものが、声を上げて距離をとる。食器が床に転がる音、椅子が倒れる音、机が押しのけられる音が重なる。

 俺は刀を抜いていないし、イリューは席に座ったまま平然と食事をしていた。

 助ける気はないようだが、まぁ、この四人にいいようにされる俺ではない。

「本当のことだよ。合わせてくれ。どこにいるのか、教えてくれてもいい」

「お前みたいな若造が」

 そう言いながら一人が短剣を突き出してきて、きっと脅しだっただろうが、俺はその手を掴んだ次には投げ飛ばしていた。背中から床に落ちた一人は気を失っている。

 他の三人のうち二人は、何が起こったか分からないようだった。

 一人だけが動じていない。

 てめえ! みたいな怒鳴り声とともに二人が同時に突っ込んできて、しかしクタクタと崩れ落ちた。俺が二人の脾を打ったためで、素人相手には使える技だ。

 一人だけ残った男はまだ椅子に座っていて、堂々と卓に肘をついていた。

「あんたが相当に使うのはわかった。もしかしたら、本当にシロ殿と知り合いで、騎馬隊に誘われたかもしれない。しかし、あの方にお会いしてどうする?」

 どうする、か。

 そこは大して、考えていなかった。

「たまたま近くまで来たから、会えるかな、という程度だよ。別に会えないなら、それで構わない」

「そんないい加減な動機で、三人を倒した?」

「あなた方の血の気が多いから、だと思うけど」

 男は鼻を鳴らし、「一時間後にここを出る。ついて来たければ来い」と言った。

「馬がないんだけど」

 正直に打ち明けると、男は息を吐き、「なんとかする」とだけ言った。

 一時間後、宿の表に出ると、四人組が待っていたが、馬は四頭しかいない。

「あんたたちで一頭ずつ、使ってくれ。こちらは一頭に二人乗る。いいな?」

 もちろん、と応じて俺は馬の様子を見た。

 それほど質は悪くない。体躯も小さくはなく、体力は十分にありそうだ。

 イリューは今朝からほとんど無言である。どうして自分がハガ族などに会いに行くのか、と思っていそうだが、一方で興味もあるのだろう。

 少数民族で、亜人とはまた違うが、人間とも少し違う存在であるハガ族。

 例の一人だけ力量の違う男での先導で俺たちは宿場を出た。

 まさか途中で人をさらいもしないだろうと思っていたが、道中、やや不安になった。

 しかし馬四頭で六人が移動しながら人をさらうのも無理だったのか、一路西へ走った。

 少しずつ西にある大山脈が近づいてくる。

 山裾の広い平原に出て、やがてハガ族の住む移動が可能な幕舎のようなものが見えてきた。

 そこにたどり着くより早く、どこからともなく騎馬隊が現れ、俺たち六人を取り囲んだ。

「シロ殿への客人だ! 通せ!」

 俺たちを連れてきた男の言葉に、騎馬隊は遠巻きに動き、しかしすぐには通すようでもなかった。

「ここでも刀を抜くとなると、自分が道化のようにしか思えぬ」

 俺にだけ聞こえるようにイリューが呟く。おおよそはそよぐ風にかき消されただろう。

 しばらく、騎馬隊に牽制されていると、幕舎の方から一頭の馬がやってきた。

「私に客らしいな」

 低い声でそう言った男が進み出て、俺の前に来る。

 俺が目を丸くするのと同時に、彼も驚いた表情になった。

「懐かしい、というより、すっかり忘れていたよ。名前は……、すまん、忘れた」

「リツです」

 名乗ってから、どういうべきか、迷った。

「以前は、その、お世話になりました」

 俺の表現がずれていたせいだろう、表情に厳しさが宿るシロが一点、相好を崩す。

「お前をさらって奴隷にしようとしたのが、世話と言えるかな」

 どう答えることもできずにいると、「来いよ」とシロが馬首を返した。身振りで騎馬隊を下がらせる。

 どうやら、話くらいはできそうだ。



(続く)

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