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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
197/213

5-26 考え尽くして

       ◆



 三日と経たずに、幾つかの動きがあった。

 サーナーが訪ねてきて、フォウへの書状をジュンに預けた。フォウはすでにルッツェを離れていて、サーナーとの必要な話し合いも終わっているようだ。

 そのサーナーが、神鉄騎士団が隊をまとめている、と教えてくれた。

 隊をまとめているというのは、一箇所に戦力を集中しているということだけれど、実際にはルスター王国南部に展開する兵力、およそ一〇〇〇がイサッラに集結しているということになる。

 この一〇〇〇は間違いなく精兵で、それだけの戦力が各戦場から離れたとなると、他の傭兵団や傭兵隊、ルスター王国軍は混乱しただろう。

 戦場に休みなどないし、常に戦い続け、戦線を維持しなければ惨めな敗北しかない。

「イサッラに何かがある、というわけではないでしょう?」

 堂々とジュンが確認するのに、何もありませんね、とサーナーは応じていた。

「あなたは神鉄騎士団と繋がっていたようだけど、やっぱりイサッラへ行くのかしら」

「私はどこへでも行きます。神鉄騎士団だけが商売相手ではありませんし、ルスター王国の南部も、他の地域も、有望な土地です」

「ウェッザ王国とは違って?」

「あそこにはあそこの商売がありますよ。ジュンさんもご存知でしょうが、商人の戦場は傭兵の戦場より、はるかに広いのです」

 そうでしょうね、とジュンは苦笑していた。

 そんな話をしてサーナーが去って行った後、イリューがどこからか戻ってきて「紺碧騎士団を見かけた奴がいる」と教えてくれた。これは非常に珍しいことだ。

「見かけたって、ルッツェでか?」

「いや、イサッラに兵力を集中するつもりらしい。まぁ、連中は今まで、たいして表には出なかったが」

 その話を聞いて俺とジュンは視線を交わすことになった。

 またイサッラだった。

 イサッラにはやっぱり何かがあるのか。それとも偶然が重なっているだけか。

 イリューがその話を聞いてきたのは、やはり亜人の戦士で、ロォイという傭兵が戦場から後方へ一時的に下がる時、鉢合わせたという。普段、ロォイはスラータの辺りで仕事をしているともイリューは説明した。

 紺碧騎士団の野営地でそのロォイという人物が休息を取った、そんな確度の高い情報だとイリューは表現した。

 本当の紺碧騎士団だろうか。しかし傭兵の目は誤魔化せないだろう。

 それなら集結や移動は紺碧騎士団による欺瞞なのか。しかし欺瞞する意味が分からない。

 欺瞞なら、イサッラに目を向けさせておく理由が必要だ。その理由とはなんだろう。

「神鉄騎士団の連中はもうルッツェにはいないようだし、探りを入れる方法がない」

 ジュンが事実を確認するように言うので、俺も続ける。

「紺碧騎士団とは顔を知っている間柄だが、そもそも連中がどこにいるか、分からないからやはり探れない」

 イリューは黙って、水の入った器を傾けていた。

「私がイサッラへ行きましょう」

 ジュンが椅子から立ち上がりながら言った。

「オーのことも気になるし、渡りに船だわ。何か分かれば、すぐに伝える」

 部屋は俺の部屋だったので、ジュンは足早に自分の部屋へ引き上げて行った。

「リツ、一つ、確認しておく」

 イリューは窓際に寄りかかり、こちらを冷ややかな目で見ていた。顔が整っていることもあり、どこか冷酷な気配が漂っていた。そしてそれはきっと勘違いではない。

「ユナが死んでいたら、どうするつもりだ?」

 死んでいたら。

 それを考えないことはない。

 考えに考えて、考え尽くして、一つしか結論はなかった。

「故郷へ連れて行く」

 わずかに亜人の目元が震えた。

「お前とあの娘が育ったという、ルスター王国の騎士領の一つにか?」

「そうしてやることが、悼むことになるだろう、と俺は思う。おかしいかな」

「間の抜けた話だ。傭兵が故郷へ戻ることを、どれだけ望むか、想像できないわけもあるまい。お前はそれを望むか? あの娘が望んだと思うか?」

「でも、他に帰る場所はない。だろ?」

 つまらぬ、と亜人が器の中身を飲み干した。

 イリューは言葉とは裏腹に、何かを理解したんだろう。

 俺も詳しくは知らないが、亜人は故郷を何よりも大事にする。そもそも亜人は本来、彼らの故郷であり彼らだけが生きる場所に閉じこもり、独自の文化を発展させ、人間と融和を目指すものは少数派と聞いている。

 そんな亜人の中でイリューは外へ出て、戦い、日々を送っている。

 彼が故郷のことを忘れるわけがない。亜人は故郷を忘れないのだから。

 故郷を離れたからこそ、イリューの中では故郷はより一層、特別になったはずだ。

 俺が言ったことを、きっとイリューは理解できた。

 少し待っていると、ジュンが戻ってきたが、もう旅装になっていた。

「あなたたちは仲良くここにいなさい。できるだけ、精霊教会から目を離さないように」

「人間同士のいがみ合いなど、私の知ったことではない」

 イリューが即座に応じるが、ジュンは一言、「リツを助けてやって」と言っただけで、強情な亜人を黙らせた。

「私はここへ連絡を入れるようにする。とりあえず、神鉄騎士団と紺碧騎士団には注意を向けておくけど、あなたたちの方でも何か分かれば、イサッラに伝えて。いつもの食堂でいいから」

 ルスター王国南部では、食堂や雑貨屋が書簡の中継ぎをしていて、同時にそこで書簡を留めておくこともできる。

「ケンカしないで、仲良くやるのよ」

 俺たちは子どもかよ……。

「刀を抜いて斬りあったりしないように」

 ……異常者じゃないんだぞ。

 颯爽とジュンは部屋を出て行き、俺とイリューは無言のまま視線を交わし、どちらからともなく窓の外を見た。

 すでに春は終わろうとして、日差しが強くなってきている。

 空気にも熱気が感じられた。

 ジュンがルッツェを離れて二日後、精霊教会が動き出し、最初は噂として、次に正式な告知として、精霊教会とルスター王国の共同統治地域として、ルッツェ、スラータ、バットンを結ぶ三角形の一帯が再定義された。

 共同統治などというが、実際には新教会領ということだ。

 バットンの南にタターラという拠点が確立されれば、三角形の領土は四角形になるのは間違いない。

「人間どもは土地に執着しすぎる」

 それが俺の相棒たる亜人の感想だった。

 俺はそんな皮肉を無視して、ルッツェにいる傭兵たちと情報を交換し、どうしてイサッラがそれに含まれないのか、ということを調べることに集中した。

 しかし明確な答えはないまま、時間だけが過ぎた。

 ジュンがイサッラから書簡を送ってきた。彼女がルッツェを離れて十日ほどが過ぎている。

 書簡では、神鉄騎士団はイサッラの外に野営し、物資を集めているという。戦闘態勢ではなく、さらにどこかへ移動するようだが今は物資の都合を待っているらしい。

 紺碧騎士団に関しては所在不明で、物資の流れから所在を探る、続報を待て、となっていた。

 俺は書状をイリューにも見せたが、「何もわからぬ、ということか」と素っ気なかった。

 情報はこれから集まるだろうと、俺はタカをくくっていたところがあった。

 だからまさにその書簡が届いた日の深夜、その事態が起こった時、驚きを通り越して絶句することになる。

 静かな夜、俺は寝台で眠っていたところを、激しい音と地面の揺れに跳ね起きることになった。



(続く)

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