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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
196/213

5-25 信頼

      ◆



 宿の向かいにある食堂で待ち構えていたジュンは、俺を一目見てうまくいかなかったとわかったようだ。

「そんな顔していると、誰も話を聞きたいと思えないわよ」

 表に出された卓にジュンがいるのは見えていたけど、いきなりそんな声を向けられ、俺は無意識に手で顔を撫でていた。

「何かが張り付いているわけじゃない、その目よ。殺気で光っているみたい」

 そうか、と応じながら、俺は椅子に腰掛けた。目ざとく見つけた店員が近づいてきたが、足を止める。どうやら俺はものすごい悪人の顔をしているようだ。

 代わりにジュンが注文し、店員はホッとした顔で逃げるように店に戻っていった。

「で、何があったの? まさかルティアを殺してはいないでしょうね」

「奴の仕事机を二つには切ったよ」

「机を切るだけでよかった。もし人を切っていたら、私の立場は難しい。あなたを犯罪者として差し出さないといけない」

 今のところ、ルスター王国の警察が戦場に近い場所では力を発揮できないため、王国に任命された傭兵が警察権を与えられている。傭兵警察などと呼ばれる存在だ。

 今回は傭兵警察の手を煩わせずに済みそうだ。

 俺はジュンに、自分が見聞きしたことを話した。

「ユナさんは間違いなく、ここへ来たのね。そして精霊教会を襲撃し、どうなったのかしら」

「一番いいのは、神鉄騎士団が保護して、今も匿っていることだ。でもルッツェには神鉄騎士団のものは少数しか見えない。もちろん、ユナを保護して離脱した可能性もあるけど」

「でもあなたはそうは思っていない」

「ユナはルティアに勝てなかったと思う。ルティアの口ぶりがそう感じさせる。あの瞳を見る限り、ユナは簡単には死なせてもらえない」

 最悪な可能性の一歩手前ね。そう言ってから、ジュンは「そうとも言えないか」と言葉を付け足した。

 最悪の可能性はユナが死んでいることで、その一歩手前となると、何らかの残虐な方法でたった今、この時も死んだ方がマシのような責め苦を受け続けている、という想像ができる。

 しかもそれは、ユナの命がいつ終わっても構わない、という性質のものだ。

 ユナがどこにいるのか、それを聞き出せなかった自分が、ひどく間抜けに思えた。

 机など切らずに、ハディを斬り殺し、ルティアの両手足を切り落としてでも、事実を聞き出すべきだった。

「しかし、不思議なこともあるわね」

 ジュンがお茶の入った器を揺らしながら、思案を言葉にする。

「ルティアは例の地獄を生き延びたのは事実だけど、精霊教会への傭兵の報復は、それこそみな殺しだった。どうやった生き延びたのかしら。どこかの段階で包囲を突破できたのか、それとも死体に紛れていたのか」

「何かのファクトを使うんだろう。ファイターのファクトを持っているから、ダブルファクトってことだ」

「すっきりしないわね。まぁ、そのことは後で考えましょう。フミナ隊の裏切りを利用して、神鉄騎士団を弱体化させる理由はわかるけど、もう一つはなんだと思う?」

「精霊教会へ、他にも寝返った傭兵がいるのかもしれない」

 一度、器を口元へ運び、ジュンが首をかしげる。

「そういう噂は聞かないし、大手はみんな、精霊教会と距離を置いている。何かしらね、気になるけど、全くわからない」

「奴は新教会領のことを自慢げに話していたよ。それに関することじゃないか?」

「神鉄騎士団を刺激して、でもどんな利益が彼らにある?」

 わからない、と応じた俺のところへ、やっと注文したお茶が来た。店員は腰が引けていたが、ちゃんと卓まで来た。俺の表情も落ち着いたようだ。

「それよりも、フォウの真意が知りたい。ルティアによる揺さぶりかもしれないけど、ルッツェを中心とした秩序を、もう一度、乱したいものがいるのかもしれない」

「中心とした秩序って、精霊教会による秩序、ってこと? そんなもの、精霊教会を良しとしない連中は大勢いるわよ。もっと絞れないの?」

「商人かもしれない。ここらの物資の買い付けの大半を精霊教会が占めていると、精霊教会と取引の実績がなかったり距離があるものは商売ができない。フォウはどうだろう。どう思う?」

 まあ、と言ってから、ジュンはまだ首を傾げていた。

「結局、商売だって戦争みたいなものよ。他人を出し抜いて、騙して、欺いて、そうやって銭を稼ぐんだから。甘いことは言えないし、正直なことも言えない。だからフォウが仮に人間同士の衝突や、人間たちの混乱を望んでいるとしても、彼はそれを表に出していいと判断しない限り、隠し通すでしょう。あなたが質問しても、私が聞いてもね。オーと酒を飲んでいる時でも、言うことはない。そういうことよ」

 言葉にはしないが、それでもフォウは信用できる、とジュンが考えているのは伝わってきた。

 急に空腹を感じた。もう昼をだいぶ過ぎている。俺は店員を呼んで、適当な料理を注文した。安いパンとスープ。あまり量は食べる気になれなかった。

 ジュンもお茶を注文し、こちらはすぐにやってきた。

 二人ともが沈黙し、ただそれぞれの中の思考に集中していた。

「なんだ、あの小娘は死んだのか」

 気配には気づいていたが無視していたのだが、亜人はそんな冗談を言いながら空いている椅子に腰掛けた。乱暴な動作に椅子が軋む。

「お前は時々、俺と斬り合いがしたいのかと思わざるをえないことを言うよな」

 俺がそう応じると、亜人は笑みを見せる。

「お前のような素人に毛の生えた剣術で私を切れるものか。そのような返事が出来るあたり、まだ何もわからないらしいな」

「おかげさまで、俺はまだ答えにたどり着いていない」

「掘り起こさない方がいいこともある」

 亜人のすらりとした手が掲げられ、店員が反応する。イリューは淡々と料理を頼んだが、ゆうに三人前はある。

 店員を見送ってから、イリューがこちらを見る。やっと奴が珍しく長い髪を一つにまとめているのに気付いた。

「亜人たちはいい。争いなどせず、剣術に打ち込む。稽古と実戦の繰り返しによる練磨は、人間など及ばない高みに私たちを導いてくれる」

「しかし亜人は人間といがみ合う。人間と同類だろう」

 バチッとイリューの目元で火花が散ったように錯覚する、烈火の眼光が俺を貫く。

「女一人にいつまでもかかずらう小僧が、大きな口を叩くものだ」

 俺が反射的に立ち上がった一瞬、イリューが刀を抜き、居合が走る。

 俺の手元で剣の鍔がイリューの重い一撃を弾いた。

 二人が転げるように間合いを取り、刀を構え合う。

「やめなさい! この馬鹿ども!」

 裂帛のジュンの怒声に、動き出そうとした俺たちが停止する。

 周囲にいる兵士や傭兵が何事かとこちらを見るが、それよりもイリューの料理を運んでこようとしていた食堂の店員が転んで、料理をぶちまけていたのが印象に残る。

 すみません、と謝罪してジュンがその店員を立ち上がらせ、銭を多めに渡すと、俺の手を掴み、次にイリューの腕も掴み、無理やりに食堂から宿の方へ引きずった。

 俺もイリューも無言のまま歩き、宿の俺の部屋で、やっとジュンが二人を拘束していた手を放した。

「あなたたち、もういい大人なんだから、往来で喧嘩なんてしないでよ。するとしても殴り合いにしなさい。剣は抜かないこと」

 ……殴り合いならいいのか?

 というか、俺はもういい大人と表現されたはずだが、言われていることは幼児に向けられるような言葉だった。

 ふざけたことを、とイリューが言いかけたところを電光石火でジュンがすねを蹴りつけた。

 亜人は平然とした表情を作っているが、汗がこめかみに浮いている。

「とにかく、しばらくは大人しくしていなさい」

 何年も前の気持ちが蘇り、ジュンを信頼する気持ちを思い出した。

 ジュンを信頼して全てがうまくいくわけではないが、今は自分自身を信じるだけではなく、信じることができる他人が必要だった。

 またイリューが何か言おうとしたが、一度、開きかけた口を閉じ、次にはその口元に不満が現れていた。

「私は飯を食べていない。飯を食いに行ってくる」

 お一人でどうぞ、とジュンが見送り、その大きな背中が消えてから、やっと俺に彼女が首を振ってみせた。

 とにかく、俺も落ち着こう。

 何かまだ、できることがあるはずだ。

 冷静に、慎重になる必要がありそうだった。




(続く)

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