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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
194/213

5-23 対面


      ◆ 



 サーナーは荷物の確認をし、俺は形としてそれに同行した。

 完全におまけだが、形としてはフォウの代理だし、フォウ自身からもサーナーの仕事を見ておくように今朝方、釘を刺された。

 俺も傭兵生活の中で剣の見立てくらいはできるようになっている。

 倉庫の前に並べられている荷箱の中をサーナーが検めるのにくっついていくと、箱の中に並んでいる剣は、質素な作りに見える。

 一本を手に取り、サーナーが鞘から抜いた。

 じっと俺もそこに視線を注ぐ。

 なるほど、相応の切れ味と頑丈さはありそうだ。

「この剣には不思議な特徴があるんです」

 剣を光にかざしたまま、サーナーが言った。

「比較的楽に研げるんです。こうして今はよく切れるように見えますが、すぐに刃は鈍ります。鈍りますが、少し研ぐと切れるようになる。もっとも、魔物との戦闘で切れ味を求めるものも一流ならともかく、平凡な使い手の中には少ないですが」

 それは紛れも無い事実だった。

 魔物との戦闘においての剣は、刃物として機能するのは最初だけで、魔物の血で切れ味が落ち、ついでに刃が潰れていくため、最終的には鈍器のようにして使って魔物を殴り倒すことになる。

 そういう意味では、サーナーがいう剣の特性は、一長一短だ。

 神官戦士が高い技量を持つわけでもない、とサーナーは教えてくれているのかもしれない。

 神官戦士も潰れた剣を使うことが多い、と。

 ご苦労様、とサーナーが荷物を運んできた人夫の頭に銭の入った袋を渡した。頭はすぐに銭を数え始めた。サーナーはそれを見守っている。

 俺はといえば、今は箱に戻されている剣を眺めて、思考していた。

 精霊教会は信徒隊を前面に押し出して、犠牲も厭わずに魔物を倒しているという。信徒隊ですらそんな有様となると、上位の兵隊である神官戦士団もその実力は低下しているのか。

 ありえないことではない。

 魔物との戦争はあまりにも長く続きすぎた。文明や文化が後退、衰退するほどではないが、間違いなく人間は疲弊している。

 形の上では今、ルスター王国では魔物を押し返しているが、兵力が限界に達しつつあるだろう。

 精霊教会がその危機と全く無縁ということはない。

 ただ、虎の子の神官戦士団に今、目の前にある剣を使わせるか。

 別の視点から見て、武器として欲しているのではなく、経済活動として欲している、ということはあるだろうか。

 そう、ここにある剣は、つまり、別の形になる?

 例えば、鋳直されるとか?

 馬鹿馬鹿しい想像だった。無駄以外の何物でもない。

 サーナーがこちらへやってきて、部下に指示を出して荷箱三つを荷車に乗せるように指示した。

「何を考えていましたか、リツさん」

「いや、想像していた武器と違う、と思ってね。もっと、その、いい剣が来ると思っていた。あなたの荷にケチをつけるわけじゃないけど」

「私の目から見ても、この剣は上質ではありません。ただ、組織として装備を統一することで、士気を高めることはできる。この剣を受け取ったものは、神官戦士になった、と思うでしょう。そして神官戦士らしく戦おうとする」

「商人が精神論とは、ちょっと怖いな」

 にっこりと笑って何も答えず、サーナーは「行きましょう」と俺を促しただけだった。

 二人で背後に荷車を連れて、通りを行く。大きな拠点でもあっという間に精霊教会の仮の建物にたどり着いた。

 例の如く、警備の男たちが立っていて、俺とサーナーも止められた。

 こちらは私の護衛です、とサーナーが素早く言う。

「それと、商売人の代理でもあります」

 サーナーがそう言っているうちに、腕章の男が数人、荷箱の中を少し検め、俺とサーナーの前にいる男の方に頷いている。

 入れ、と短い声。

 敷地に入り、サーナーは慣れた様子で荷車を横手にある庭のようなところに入れた。庭と言っても、ただの空き地で、地面の様子から剣術の稽古くらいはここでするようだった。

 井戸があるのが見えたが、滑車のようなものがないので、枯れ井戸だろう。

 すぐに建物から白い外套の男が出てくる。サーナーが頭を下げるので、俺も頭を下げる。

「サーナーか。武器は揃ったな?」

「こちらに」

 サーナーが頭を上げる気配に、俺も少し頭を動かし、相手の顔を見た。

 知らない男だ。

「ハディ助祭がお確かめになりますか?」

 そうサーナーが口にしたので、男がハディという助祭だとわかった。

「いや、お前を信用している」

「実はこのものが、ルティア司祭に商売についてのお話をしたいと」

 俺は少し深く、頭を下げた。

 ハディの視線を感じる。

「見ない顔だな。傭兵のように見えるが、商人なのか?」

「私の護衛も兼ねてここにおりますが、別の商人の部下として商いについて学んでいます。精霊教会の兵站の運用について、ご教授いただければ」

 沈黙。

 俺は頭を下げたままで、サーナーの様子、ハディの様子はわからない。

 待つ。待つしかない。

「良いだろう。上がってこい」

 その言葉に俺はぐっとさらに頭を下げてから、姿勢を元に戻した。

 サーナーとともにハディの後についていく。

 建物は部分的に二階建てで、階段を上がった。二階にルティアがいるということ。

 扉の前でハディがドアを控えめに叩いて、声をかけると返事があった。

 俺は自然と呼吸を整えた。

 部屋に入る。奥に机があり、その向こうに椅子に腰掛けた男。

 白い服を着ている。具足は身につけてない。視線を走らせる。壁に剣が二本、かけられている。他に武器はない。

 ハディが俺とサーナーを紹介し、その時には俺たちは机の前に進み出て、頭を下げている。

 いつでも動けるように、体の力を抜いた。

「商人に鞍替えしたのか、きみは」

 説明を終えたハディが横に下がったところで、いきなり白い服の男、ルティアが言った。

 動揺したのはハディだけで、俺は顔を上げてまっすぐにルティアを見ている。サーナーも平然としていた。

「一度しか、お会いしてないはずですが」

 こちらからそう切り返してみたが、ルティアは悠然と笑っている。

 前に会った時よりも、どこか禍々しいものが感じられた。

 神と精霊ではなく、悪魔に全てを捧げているような男だ。

「一度会えば、忘れはしない。私の拳の直撃を食らって、なぜか生き延びた不思議な男だったこともある」

「あれは床で足が滑ったから、助かりました」

 不愉快なことに、ルティアが言っていることは事実だった。

 何年も前だが、あの拳打は致命傷だった。

 俺以外なら。

 生きた岩の加護で、生き延びたのだ。

「それで、本当に傭兵から商人に鞍替えしたのかな、リツくん」

「まさか」

 俺がそう答えると、一瞬でハディが腰の剣を抜く姿勢をとり、全く同時にそれをルティアが身振りで制止していた。

 空気が冷え込み、重くなる。

「では、何をしに来た?」

「人を探しています。ユナ、という傭兵です」

 ルティアの表情を見る。

 さっきと変わらない薄ら笑い。

 心が読めない。

 しかし今しかない。

 俺は直線で質問をぶつけることにした。

「あなたを襲ったはずだ」

 沈黙。

 時間の流れがわからなくなるほど、全てが動かない。

 俺はただ、観察した。

 些細なものも見逃さないように。




(続く)

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