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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第五部 影を追いかけて
191/213

5-20 謎

       ◆


 

 ルッツェに着いて、個人経営の宿に部屋を取った。

 あまり傭兵たちに探られたくないだろうとジュンが提案したのだけど、そこはさすがにルッツェなので、知り合いに会わないわけにはいかない。

「くだらん詮索は人間同士でやれ」

 ここまでついてきたイリューはそんな言葉を残して、亜人が住む地区の方へ行ってしまった。

「まぁ、あの男は斬り合いで少し役に立つだけで、話し合いでは大して役には立たないから」

 ジュンがまだイリューの背中に声が届く距離で、わざと大きな声で言ったが、亜人は反応せずに去った。

 思わずといったようにジュンが肩をすくめて、「行きましょう」と先に立って歩き出した。

 精霊教会がルッツェに持つ建物は二つ。

 一つはルッツェが作られた時からあるという古い建築物で、今では純粋に教会になっている。ここにも司祭がいるが、この司祭は宗教儀式専門で、荒事は請け負わない。

 俺とジュンが向かうのはもう一方の建物で、ルッツェ教区の神官戦士や信徒隊を統括する施設となっている。正式な名称よりも、精霊教会の本部、と雑な表現をされる。

 実際、本部という表現はしっくりくる。この戦場と目と鼻の先の拠点において、精霊教会は宗教的な救済を請け負うより、戦力としての神官戦士と信徒を取りまとめる役目の方が重要なのだ。

 言ってみればここでは、精霊教会ですら傭兵の側面を見せる。

 本部の建物が見えてきて、さすがに俺も眉をひそめざるをえなかった。

 建物の一部が、なるほど、崩壊している。

 とても人間の力で壊れたとは思えない、盛大な破壊の痕跡だった。建物が半壊している。

 それでもすでに建築業者が作業をしており、周囲にばらまかれただろう構造物だったものはなくなり、それが不自然にも感じた。破壊と再生という相反するものの狭間、という違和感だろう。

 建物の前には精霊教会の信徒だろう男が立っていて、腕章をつけている。目つきは剣呑で、まさしく見張っているという感じだ。

 ジュンがさりげなく近づき、「何があったのかしらね」と声をかける。

 男はまだ厳しい目つきだったが、ジュンが女性だからか、ついでに言えばちょっとした魅力を発散したからか、男の口が動いた。

「何者かが破壊工作を行ったようです」

「破壊工作というと、建物を壊した、ということ?」

「そういう話です。用がないのなら、どうぞ、お引き取りください」

 俺は建物を眺めていた視線をジュンに戻す。彼女がどうするかと思うと、いきなり紙切れに携行していたペンでさらさらっと何かを書き、それを男に手渡しながら何事か耳元で囁いた。

 それだけのことに、男の表情が激変し、真っ赤に染まる。そして恥ずかしそうに、受け取った紙を懐にしまった。

 またね、とジュンが歩き出す。俺はそれについて行った。

「さっきは何を渡したのか、非常に気になる」

「私が泊まる宿と、その部屋の番号」

「まさか、色気で口を割らせるつもりかよ?」

「場合によってはね」

 さすがにそれはやりすぎだ。あっていいことではない。いや、ジュンの自由なんだけど、しかし、うーん、何か不快だ。

「それよりリツは何かに気づいた?」

 口調を変えて、真面目にジュンが問いかけてくる。

「建物は内側にではなく、外側に向けて壊れていた。建物の中、二階の部屋の一つで、内側から爆発した、って感じに見えた」

「それがユナさんのイレイズのファクトだという証拠は?」

「残念ながら、何もない」

 でしょうね、とジュンが応じる。

「とりあえず、棺桶屋を訪ねましょう」

「棺桶屋で、精霊教会に棺桶をいくつ売ったかを聞き出すか。悪くないと思う」

 しかし棺桶屋では、思わぬ返答が待っていた。

 思わぬというより、俺の予想や想像とは違う答え、か。

 棺桶屋は、精霊教会には特別、急ぎで棺桶を注文されていない、というのだ。

 そこを離れて、歩きながら俺とジュンは状況を整理した。

 ジュンが喋り始める。

「内側からの破壊があったということは、戦闘があった、ということ。まさか警備がされていなかった、というわけはないから、侵入者は警備していたものを無力化した。でも棺桶の動きを見る限り、仮に精霊教会が大量の棺桶を在庫として抱えているなら別だけど、突然の死者は出ていない。襲撃者の死体はともかく、仲間の死体を棺に入れないわけはないけど、うーん、どういうこと?」

「殺さずに無力化した、という線なんじゃ? 負傷して、精霊教会の内部で治療が行われれば、やっぱり外部には何も変化がないように見える」

「医者の出入り、薬の商人から追いたいところだけど、あれだけ建物が壊れているんじゃ、怪我人が出ても不自然ではないし、つまり医者も薬も出入りは全く自然にしか見えない。襲撃があったという事実と、この自然な推測の相性が悪いわね」

 通りに出て、目についた食堂で二人で卓を挟んで向かい合う。昼食どきには少し早く、卓はまだ無人のものが多い。

「ルティアが無事だとして、彼に話を聞ければ何かがわかるのでは」

 俺の提案にジュンが指で頬をなぞっている。

「ルティアとしては後ろ暗いところがないことを示すために、拒絶するわけもない。ないけど、彼が真相を教えてくれるわけもない」

「ただ、ちょっとした手がかりは手に入ると思うけど。実際の襲撃がどういう性質だったか、とか」

「私たちはユナさんを探しているのよ、リツ。襲撃の真相より、ユナさんの所在を考えるべきでしょう」

 それはまさにそうだった。

 しかし何故か、俺はまだユナが精霊教会に拘束されている気がするのだ。

 襲撃は失敗に終わった。

 ルティアは生き延び、きっとユナは捕らえられた。

 ルティアという男がどれだけ残虐かは知らないが、ただユナを独房に入れておく、などということで済ませるだろうか。精霊教会を襲撃した犯罪者として、単純に首をはねて終わりにするだろうか。

 嫌な予感がする。

 それもとてつもなく嫌な予感が。

 最近、こんなことばかりだ。ずっと不安がつきまとう。振り払えない。

 料理が運ばれてきて、俺は自分の中にある不安から少しだけ遠ざかることができた、ような気もした。でもすぐにまた近づいてくるのだ。

「私はあの坊やの筋から、ちょっと探ってみるわ。イリューもきっと今頃、亜人に稽古をつけてやりながら何かを聞き出しているでしょう」

 意外な言葉に、俺は料理を口へ運ぼうとしていた手を止めた。

 それにくすくすと笑いながら、あいつを信用してやりなさい、と片目を閉じて見せた。

 食事の後、俺は一人でルッツェの武具店を回り、精霊教会について確認してみた。建物が半壊したので、信徒隊はともかく、神官戦士は拠点を新しく用意したはずだった。

 馴染みの武具屋が気前よく教えてくれた。

 精霊教会は新しい建物を借り、そこをとりあえずの本部としているようだ。

 その住所の通りの場所へ行ってみると、先ほどの半壊した建物の見張りなどより何倍も厳重な、ガチガチの警備体制が見て取れた。

 俺はさりげなくその前を通り過ぎ、横目で伺ったが、ネズミの一匹も入れないような念の入りようだった。

 いきなり訪ねるのは、ちょっと無理か。話を聞くふりだけして追い返されて、二度目は話を聞いてさえもらえなくなる。三度目は実力で対処される。

 もし今、俺がいつものごとく背中に三本の剣を背負っていたら、もうそれだけでも危険人物として情報が共有されただろうけど、今の俺は腰に刀を一本、差しているだけだった。こういうちょっとした配慮っていう奴が意外に意味を持つらしい。

 ルッツェで酒や食料を調達する時に利用した食品店へ行くと、ルッツェの活気もあってか、やはり馴染みの店主はホクホクした顔をしていた。

「なんだかもう、信じられないほどの利益だなぁ。来年にはイサッラに支店を出せる」

 俺が話題を切り出す前に、店主の方からそんな話があった。

「ここで精霊教会の連中に物資を入れているかい?」

 店主は特に気にしたようでもなく、頷いて答えた。

「もちろん、お得意先だ。肉をうちで入れているよ。豚、牛、鶏。卵は毎日だな」

「つい最近、襲撃があったようだけど、何も変わらず?」

「いや、ちょっと量が増えたよ。考えてもみろよ、襲われた後、警備を増やさない奴がいるか?」

 礼を言って店を出る。

 精霊教会はまだ何かを警戒している。二度目の襲撃に備えているのか。それならユナは逃亡したことになる。そうでなければ、精霊教会は別の何者かの襲撃を想定している?

 謎だらけだった。

 宿へ戻ろうとすると、つい半日前に見た、腕章をつけた信徒隊の男が俺の前を歩いているのに気づいた。

 彼は軽い足取りで、俺が入ろうとする宿屋へ先に入っていく。

 ジュンの奴、どうするつもりだ。

 俺は意図的に少し時間をおいて宿に入った。当然、ジュンと部屋は別々である。もちろん、イリューも。

 自分の部屋に入っても落ち着かないが、仕方なく寝台に寝そべって待った。何を待つというでもないが、とにかく、待つよりない。ジュンは何かをするはずなのだ。いや、いやらしい意味ではなく。

 日が暮れかかった時、いきなり悲鳴が聞こえた。

 女の声ではなく、男の声。

 俺はそっと廊下に出てみたが、そこにいるのはジュンと、例の男、そしてイリューだった。

 はっきり言って、意味不明だった。

 例の腕章の男は顔面蒼白で、イリューに片腕で釣りげられているとなれば、尚更、理解できない事態だった。

 俺が困惑しているところへ、ジュンが笑みを一瞬だけ見せた。

 これだから、傭兵っていうのはなかなか信用しきれないんだよな。

 常に予想の斜め上をいく。



(続く)

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