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傭兵は命を散らす  作者: 和泉茉樹
第一部 彼の別れと再会
19/213

1-19 実験

      ◆


 薪でやろう、とルッコは言った。

 彼と初めて会った翌日で、崖の下へ降りていたが猛吹雪だった。

「この薪の数字とやらを変えて見せろ」

 投げ渡された薪を手にとって、じっと見ると数字が浮かび上がった。

「数字はいくつだ?」

「二です」

「オーケー。じゃあ、試しに三十にしてみろ」

 言われるがまま、俺は三十と念じて、数字も変化した。

 しかしそれだけだ。

「どうなった?」

 ルッコの問いかけに、少し答えにくかったけど、黙っているわけにもいかない。

「三十になりました」

「花は巨大化したんだろう? しかし薪は巨大化しない。すでに薪は死んでいる、ということかな」

 ルッコは少し考えた後、こっちへ来いと俺を連れて行ったのは、崖の下にある岩の前だった。崖一面に作られている遺構から崩落した岩らしい。

「その岩を薪で打ってみろ。軽くだ」

 頷いて、俺はちょんと棒で岩を打ってみた。

 本当にちょっとだけだ。

 しかし岩は三つに割れ、ついでに薪も砕け散った。

「なるほど。巨人の指を欠けさせたのも頷けるというものだ」

 一人で勝手に納得している学者は、次には俺に砕けた岩からできた石を取り上げると、俺に投げ渡してくる。

「その石の数字も三十か四十くらいにして、そこに落ちている大きめの石に投げつけてみろ。いや、放って当たるくらいでいい。軽くだぞ。やりすぎるなよ」

 変に念を押すじゃないか。

 とにかく俺は数字を念じて、一応、三十にした。そして石を下からすくうようにして投げ、大きめの石に衝突させた。

 軽い音を立てて小さな石と大きな石がぶつかり、それだけだ。大きな石はそのままだし、小さな石は雪に半分埋まっただけ。

「数字を変化させたんだな? 間違いなく?」

「ええ、変えました」

「じゃあ、もう一度、さっきの石を拾って、今度は投げずに、石同士を触れわせてみろ。いや、その前に石を拾った時、数字がどうなっているか、まずそれを教えろ」

 注文が多いなぁ。

 石を拾うと、数字は一だった。さっき三十にしたはずだが、戻っている。そのことを言うと、ルッコは黙って頷いただけだった。

 もう一度、念じることで数字を三十にして、石同士を触れ合わせてみた。ちょっと擦るという具合だ。

 するとどうだろう、大きな石が強烈な衝撃でも受けたように二つに割れた。

「数字はいくつにした? 三十か?」

 指示を出す相手が目の当たりにしている光景を当然とばかりに平然としているので、俺の方が困惑しそうだ。

「三十ですが」

「一〇〇くらいにしてもらおうか。二〇〇でも構わんが。いや、思い切って二〇〇にしよう」

 俺は黙って念じることで、小石の数字を二〇〇にしようとした。しかしどうしても数字が一五〇を超えない。

「二〇〇までいきません」

「本気で念じろ」

「念じていますよ」

 数字は一五〇をわずかに超えるか、わずかに下回る幅で変動している。

「なら構わん。それでそこの石に触れろ。触れるだけでいい」

 言われるがままに、指差された石に俺は小石を触れさせた。

 すると、触れた方の石が粉々に砕けたが、同時に、俺の手の中の小石も砕けるというより、一瞬で砂に変わって、指の間から零れ落ちてしまった。

「おおよそは、こんなものだろう」

 ルッコは雪の上に散らばっている石を仔細に眺めてから、一度、肩を震わせた。

「寒くてかなわん。暖かいところで話をしよう」

 吹雪の中にいるのだ、それは寒いだろう。ルッコは僧服の上に幾重にも上着を着ている。そうしていると僧侶とか学者というよりは、隠者である。

 遺構の中に戻り、例のリビングでしばらくルッコは暖炉の前に立っていた。椅子が引き寄せられて、彼の外套が乾かされている。俺の外套も別の椅子にあった。この外套はルッコが今朝方、着るように、と寄越したものだ。

 どこから手に入れているのか、寒さをだいぶ遮ってくれたので高級品かもしれない。そこそこに古びているけれど。

「リライトというファクトは」

 ルッコが立ったまま話し始めた。

「おそらく、手で触れることが絶対だ。手で触れ、念じ、数字を変えることで、その触れている物体の何かしらが強化される。もしかしたら、数字を変える時に、大きくすることを念じるのではなく小さくすることを念じることで、弱体化できるかもしれない」

 一息にそう言われて、理解するのに時間が必要だった。

 しかし、分からなくはない。

 巨人のフォルゴラの指にダメージを負わせた時、俺はあの短剣の数字を、二〇〇〇近くまで引き上げた。だから短剣は、ただの短剣ではない、異常な打撃力を発揮したのだ。

 ただ、短剣は砕けて消えた。

 さっきもそうだ。小石は指の中で粉々になってしまった。

「数字を上げすぎると、そのもの自体が壊れるようですけど」

 俺の方からそう言ってみると、ルッコは頷いた。

「それぞれのものに、限界のようなものがあるのだろう。お前の能力は、物体に限度を超える力を与えることができ、その常識外れの力も発揮されるが、限度を超えているから対象の物体は崩壊する。結局、物体の限界の底上げするわけではないんだろうな」

 そこまで言ってから、ルッコは人の悪い笑みを見せた。

「人間にそれを作用させると、どうなるか、非常に気になる」

「や、やめてくださいよ。人間が石が砕けるみたいに消えちゃったら困ります」

 当たり前だ、とルッコは、しかし言葉と裏腹に憮然と頷いた。学者として興味の対象なんだろうが、実験対象にされる方はたまったものではない。

 あとは実践していくしかあるまい、とルッコが乾いたらしい自分の外套を椅子から外し、こちらへ投げてくる。受け取ってみると、乾いているはずがずっしりと重い。

「衣装部屋に戻しておけ。貴重品だぞ、丁寧にな」

「はぁ」

「お前みたいに人間を超えた存在でなければ、雪の中で吹雪に飲まれるのは耐え難い」

 何を言っているのだろう。

 そんな大げさなほど、寒くもなかったはずだけど。

 衣装部屋はすでに教えてもらっているので、俺はそこへ外套を戻し、リビングへ戻ったけれどルッコは小さな丸テーブルに向かって、何かを書き付けていた。俺は自分の外套を回収し、与えられた部屋にそれを持って行った。

 もう一度、リビングへ戻ると「お茶を用意しろ」とルッコはそっけない。まだペンはノートの上を走っていた。

 暖炉の上にくぼみがあり、そこでは常にやかんがかかっている。昨夜から、暇を見つけて水を補充するようにルッコから指示を受けていた。

 外に長くいたせいで、お湯は少ないが、お茶を淹れるくらいはある。

 小さなポットに茶葉を入れ、お湯を注ぎ、素早く調理場へ行ってやかんに水を戻した。それからやかんを元の暖炉の上へ戻し、ポットからカップでお茶を注ぐ。紅茶なので、綺麗な透き通った赤い色をしている。

「砂糖だけでいい。少しだけ酒を入れろ」

 どうやって把握したのか、こちらに背中を向けているルッコから指示が来た。

「砂糖はスプーン何杯ですか?」

「一杯。酒は赤い奴を目分量でいい」

 やれやれ、この人物は何にしても注文したがる癖があるようだ。

 この部屋にはお茶を入れる道具が揃っていて、ついでに壁際の棚にいくつもの瓶が並んでいる。ほとんどすべてが酒のようだ。大酒飲みという雰囲気ではないけれど、こんなに寒いのだから、酒が欲しくなる気持ちは分からなくはない。

 酒を選ぶのに手間取ったが、どうにか言われるがままにお茶を用意して、カップを運んだ。自分のカップにも紅茶を注いだが、砂糖も酒も入れなかった。

 俺が自分の椅子に腰掛けると、ルッコは手を動かしながら声を向けてくる。

「後で背中を見せろ」

「え? 何故ですか?」

「ファクトの次は、生きた岩、だ。生きた岩について、教えてやろう」

 そうか、その問題もあった。

 俺はカップの中の紅茶に息を吹きかけながら、しかし何も、前と変わらないんだけど、と思っていた。



(続く)

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